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消費者物価2%の負担増

~どのくらいの賃上げでカバーできそうか~

熊野 英生

要旨

総務省の消費者物価は、3月に前年比0.8%まで上昇率が高まり、4月はいよいよ2%が視野に入った。しかし、政府は物価上昇の負担増の方を気にしている。財政出動に頼った物価対策だけでは、物価2%の負担増を緩和することは難しい。政府は、ベースアップ率を高めると同時に、日銀に円安是正を求める必要がある。また、日銀との間での2%目標を掲げた共同声明を書き換える必要がある。

目次

目標2%は目前

3月の消費者物価が発表された。総合(除く生鮮食品)の前年比は0.8%まで高まってきた(含む生鮮食品では前年比1.2%)。季節調整済の前月比でみると、2月+0.4%、3月+0.4%になっている。もしも、このまま4月が同じ+0.4%で伸びると、前年比では2.0%に達する計算になる。4月は、通信費の要因で前年比が跳ね上がる予想である(図表)。いよいよ日銀が目指していた2%の物価目標に手が届く。

しかし、政府はこの物価上昇を必ずしも歓迎していない。26日にも、物価対策を発表する予定だ。現状で分かっているのは、ガソリン・灯油などへの補助を25円から35円に増やす対応である。政府は、7月に参議院選挙を控えているので、家計の痛みに敏感なのである。しかし、この程度の物価対策では、全体の痛みをなくすことは到底できない。物価上昇の範囲は広い。また、1回だけの値上がりではなく、しばらく続いていく継続的なものだ。

消費者物価の伸び率
消費者物価の伸び率

2%の生活コスト増とは

そこで、物価の痛みについて少し定量的な分析をしてみた。まず、ガソリン・灯油に35円の幅の支援を行うと、年間消費量は559.6リットルなので、約2万円(19,586円)の補助になりそうだ。これまでの25円の補助よりも、1.4倍の支援になる。

ところが、消費者物価が2%の上昇率になれば、それでは負担増を賄い切れない。総合指数(除く帰属家賃)が2.0%で上昇したと考えて、1世帯当たりの家計負担を計算すると、年間換算+8.2万円増(+81,810円<2人以上世帯>)になる。今後、25円分の補助が35円になって、約6千円の追加補助になることが見込まれるが、+8.2円万分の7%程度しか負担を減らすことはできない。財政支援ではどうしても限界があるのだ。

円安対策こそが物価対策

2022年3月上旬から4月中旬にかけて円安は急伸した。ドル円レートは、3月平均118.7ドル/円で、4月平均(1~22日)は125.4円だ。その変化率を計算すると、5.6%になる。3月の輸入物価は、前年比33.4%だったから、そこからさらに上昇するだろう。

輸入品の構成比は、財の1/4であり、さらに消費者物価の構成比の半分が財であるから、全体の1/8になる。前年比33.4%の1/8に相当する+4.2%のコストプッシュ圧力が時間をかけて価格転嫁されて、消費者物価を押し上げていくだろう。

裏返しに言えば、過度な円安が後退すれば、消費者物価に対する輸入物価の上昇は緩和される理屈になる。仮に、日銀が長期金利を0.25%を上限にするオペレーションを手控えて、0.50%まで許容することになれば、円安は多少修正されて、物価安定に貢献する。

共同声明がネックになる

日銀は、政府との間には2%を物価安定目標とする共同声明がある。日銀はその目標を共有しているので、円安が進むことを厭わずに指値オペを打って、積極的な資金供給を行う。

政府は、この共同声明を再確認し、日銀との間で2%目標が生きているのかどうかを確認した方がよい。もしも、2%を安定的に達成したいということであれば、日銀は指値オペを打ち続けて、円安加速を促すことが正当化される。しかし、2%を追求する過程で、「もうこれ以上の物価上昇は困る」ということならば、2%目標は修正することを日銀にも伝えた方がよい。政府が、4月29日に物価対策を打ち出すときには、是非、その点をクリアーにしてほしいものだ。

海外では、FRBが政策金利を5月4日に+0.50%引き上げる構えを鮮明にしている。このまま日銀が指値オペを打ち続けると、日米長期金利差がさらに拡大して、円安が加速してしまうことになる。

賃金上昇の目処

望ましい物価上昇になるためには、賃金上昇が追い付いてくる必要がある。連合の集計では、4月14日発表時点でベースアップ率は0.62%に止まっている。おそらく、2022年度の消費者物価上昇率はそのベースアップ率を大きく上回ることになるだろう。

そこで、少し詳細にどのくらいの賃金上昇になれば、物価上昇率2%とバランスが取れるのかを考えてみた。総務省「家計調査」の勤労者世帯の消費支出と可処分所得の関係からみると、消費支出100に対して可処分所得は159の大きさである。仮に、消費者物価2%の上昇で消費支出が102になったときは、可処分所得は1.26%増えて161になれば、バランスは取れる。消費支出の+2の増加に対して、可処分所得も+2の増加になるからだ。つまり、賃上げ率は1.26%を確保すればよいことがわかる。しかし、現在のベースアップ率は、0.62%とまだかなり低い。物価2%には対応できていないことがわかる。

政府が日銀との共同声明で考慮すべきは、日本のベースアップ率が高まりにくい中で、物価目標だけ2%にしても、国民の不満が強まることをどう考えるかだ。今、2%という目標自体が高すぎることがわかってきたので、見直すべき時期が来ていることを示唆している。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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