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2025.05.28
日本経済
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人的資本経営時代に期待される労働組合の役割
~全ての労使協議の大前提は幅広い組合員の結集~
加藤 大典
- 目次
1. 2年連続5%台の賃上げ実現における「労使コミュニケーション」の重要性
日本労働組合総連合会(以下、連合)は、2025年5月28日、2025春闘の4月末までの取組状況を「中間まとめ」として取りまとめた。今後7月17日に最終の「まとめ」を行い、次の2026春闘の方針策定の議論などに結びつけていく予定である。
「中間まとめ」では、企業の持続的成長と日本全体の生産性向上につながる「人への投資」の重要性について、中長期的視点で粘り強く交渉した結果、「新たなステージの定着に向け前進した」と評価している。また、賃上げ実現の主な要因を、マクロ視点で4つ挙げるとともに(資料1)、春闘を客観的に評価する第三者委員会を設置するとしている。

筆者は、連合が「春闘における外部環境である経済情勢を踏まえ、連合に結集する労働組合(注1)が社会への働きかけも含め運動を展開し、その後押しを受けて、個別の労働組合が企業との間で積み重ねてきた労使のコミュニケーションを通じて賃上げを実現した」と整理しているものと理解している。
2. 正社員以外に門戸が狭い労働組合の一方で、精力的に意見集約する経営側
「物価の高止まり」、「人手不足」といった経済情勢や、「賃上げと適正な価格転嫁の必要性の社会的機運の醸成」といった社会情勢は共通でも、経営状況や従業員の賃金、福利厚生、エンゲージメント高く働けているかどうかといったことは、各企業で異なる。したがって、個別企業における労働条件や労働環境などの適切な最終決定は、労使が対等な立場で誠実かつ建設的にコミュニケーションできるかどうかにかかっている。
憲法28条は労働者に「団結権」や「団体交渉権」を保障している(注2)が、社会全体で見ると、雇用者数が漸増する一方で労働組合員数は漸減し、2024年6月30日時点で、労働組合員数は991万2千人、推定組織率は16.1%となっている(資料2)。労働組合全体として、雇用者の声を十分に集められているとは言い難く、労使コミュニケーションの前提が危うくなっており、組合員の増加は喫緊の課題である。

この点に関して、厚生労働省の2023年の調査によると、事業所に正社員(注3)以外の労働者がいる労働組合において、「組合加入資格がない」割合は、「パートタイム労働者」58.6%、「有期契約労働者」55.9%、「嘱託労働者」61.1%、「派遣労働者」92.4%となっている(資料3)。正社員以外に組合員の範囲を拡大しうる労働組合の半数以上が、正社員以外の労働者を、組合員の加入対象にすらしていない。
一方で経営側は、財務資本のオーナーである投資家との対話を重視するのと同様に、人的資本の主体である従業員との対話を重視してきている。対面での1on1ミーティングやタウンホールミーティングのほか、オンラインツールを活用したエンゲージメント調査を行うなど、従業員の声を聴く機会を増やし経営改善に活かしている。従来、労働組合が得意・強みとしていた従業員の声の集約を経営自らが精力的に取り組み、労働組合のお株を奪いつつある。

3. 労働組合の自己変革による人的資本経営の深化への貢献
「個々の従業員の本音を引き出し、集約して代弁する」という労働組合の本分からすれば、「人的資本経営」、すなわち人材の価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値向上につなげる経営の進展は、労働組合にとって存在意義を示す絶好の機会である。
従業員は、会社に直接は言いづらい労働条件や職場環境、業務上の改善点気付きなどについても、労働組合には人事評価への影響などを心配せずに本音を伝えることができる。つまり、労働組合は、さまざまな立場の組合員に丁寧に接すれば接するほど、労働組合だからこその、経営側では得にくい貴重な情報を集約することができ、春闘をはじめとした経営側とのさまざまな協議に活かすことができる。そのためには、労働組合として、組合員範囲の拡大、組合員数の増加、情報伝達や意見集約のためのオンラインツールの積極的活用など、組織や活動の在り方を変革させることが必要である。
一方で経営側にしてみれば、人的資本の主体であり、企業の実情をよく知る従業員の本音を集約できる労働組合であれば、人的資本経営を実践する上での社内の重要なステークホルダーに位置づけ、対話を望むだろう。そして、健全な労使コミュニケーションの実態を適切に情報開示し、投資家などの外部ステークホルダーからの評価向上にもつなげようとするのではなかろうか(注4)。
筆者は、産業別と企業別労働組合の専従役員であった。組合員の幸せの実現は、企業の発展と共にある。各労働組合には「人的資本経営における経営のパートナー」としての役割発揮を期待したい。
【注釈】
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本稿において労働組合とは、特に説明をしていない限り、企業別労働組合を指している。
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憲法28条は、団結権(労働者が雇う側と対等な立場で話し合うために労働組合を作る権利。また労働組合に加入できる権利)、団体交渉権(労働組合が雇う側と労働条件などを交渉し、文書などで約束を交わすことができる権利)以外に、団体行動権(労働条件改善のため、仕事をしないで団体で抗議する権利。いわゆるストライキ権)も認めている。団結権、団体交渉権、団体行動権の3つをまとめて労働三権という。 https://www.jtuc-rengo.or.jp/about_rengo/toall/right.html
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ここで正社員とは、事業所において正社員・正職員とする者をいう。
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2022年8月に、内閣官房が有価証券報告書や統合報告書、サステナビリティレポートなどを作成する際に活用されることを企図して、「人的資本可視化指針」を公表している。
https://www.cas.go.jp/jp/houdou/20220830jintekisihon.html
指針のP28には、開示事項の例として、7分野19項目のイメージが掲載されているが、労働慣行の一項目として「組合との関係」が挙げられている。

加藤 大典
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

