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2025.05.27
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大阪・関西万博UDガイドラインの軌跡と未来
~当事者の声から共生社会を創る~
後藤 博
- 目次
1.多文化・共生社会におけるUD・バリアフリーの重要性
バリアフリーとは、障害のある人やお年寄りはもちろんのこと、ベビーカーを利用する人、一時的に怪我をしている人、大きな荷物を持つ人など、生活のなかで何らかの不便さ(バリア)に直面する可能性のある、あらゆる人々のための障壁除去を目指す考え方である。この取り組みは、社会全体の利便性や安全性を高め、経済活動の活性化にも貢献する重要なテーマである。さらに、「どこでも、だれでも、自由に、使いやすく」というユニバーサルデザイン(以下UD)の理念も重要視されている。このUDの考え方も踏まえ、日本では「バリアフリー法(「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」)」により、旅客施設、車両、道路、駐車場、公園、建築物などを新たに設置・改修する際には「移動等円滑化基準」への適合が義務付けられ、既存の施設についても適合に向けた努力が求められている。
しかし、これまでのバリアフリー推進では、設備の整備といった物理的な対策は進んできたものの、実際に利用する方々の視点に立った「真の使いやすさ」や「本当に必要とされる機能」が、必ずしも十分に反映されてこなかったという課題も浮き彫りになっている。たとえば、国土交通省が実施したバリアフリーに関する調査(2024年3月)によれば、良かれと思って導入された設備が、かえって使いにくかったり、実際の利用場面にそぐわなかったりするケースが少なくないことが報告されている (注1)。こうした問題は、計画や設計の段階で、利用当事者の意見やニーズを十分に汲み取れていないことに起因すると考えられる。このことは、UDやバリアフリーを効果的に進めていくうえで、「当事者目線」がいかに不可欠であるかを改めて示唆している。
2.万博UDガイドライン策定における「当事者不在」からの転換
共生社会の実現に向けた国の取り組みが進むなか、2025年大阪・関西万博の「施設整備に関するユニバーサルデザインガイドライン」(以下、万博UDガイドライン)の策定プロセスは、UD推進における「当事者参画」の重要性を示す象徴的な出来事であった。
2021年9月に「2025年日本国際博覧会協会(以下、博覧会協会)」が公表した旧版の万博UDガイドラインは、当事者の意見を直接聴取せず、一部の学識経験者へのヒアリングのみで策定されたものであった(注2)。その内容は、既存のバリアフリー法や大阪府福祉のまちづくり条例の基準を踏襲する程度に留まり、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会で得られたUDやアクセシビリティに関する貴重な知見・基準(レガシー)が十分に活かされていなかったと指摘されている(注3)。
この状況を受け、大阪を中心とする関西圏の障害当事者団体からは、「寝耳に水である」「万博のテーマ『いのち輝く未来社会のデザイン』に逆行し、歴史を後退させるものだ」といった強い懸念と批判の声が上がった(注4)。これらの団体からの働きかけや、国のバリアフリー評価会議における議論などを踏まえ、博覧会協会はガイドライン策定プロセスでの当事者の意見反映が不十分であったことを認め、「深い反省」の意を示すとともに、多様な当事者を交えてガイドラインを抜本的に見直す方針を表明した。
この一連の経緯は、行政や事業者が一方的に基準を定めることの限界と、実際に利用する当事者の声に真摯に耳を傾けることの重要性を明確に示している。
3.当事者との「共創」によるガイドラインの進化と近年の状況を見据えた実践
博覧会協会の反省と方針転換に基づき、2021年12月、多様な障害当事者、国の関係府省、学識経験者などが参画する「2025年日本国際博覧会 ユニバーサルデザイン検討会」が設置された。この検討会では、延べ約1,800項目に及ぶ委員からの意見や要望が出され、「オリパラのレガシーを引き継ぎ、さらに発展させる」という共通認識のもと、万博UDガイドラインは改訂を遂げた。
2022年3月に公開された改訂版ガイドラインは、以下の点で顕著な進化が見られた(図表1)。

具体的な基準においても、当事者からの切実な声を受けて多くの改善が見られた(図表2)。たとえば、トイレの仕様におけるオストメイト対応の強化、休憩スペースの適切な設置、情報案内サインの視認性向上、アトラクションや展示における情報保障(手話通訳、字幕、点字資料など)の確保などである。
これらの改善は、単に行政や事業者が机上で検討するだけでは生まれ得なかった、実際に利用する当事者だからこそ気づく「生の声」が反映された結果である。

一方、耳慣れない言葉だが、カームダウン・クールダウンルームが会場内に設けられているのも特徴だ。これは感覚過敏等がある人のための落ち着ける空間の施設であり、要望を受けた箇所に設置されている。精神障害を持つ人々、特に感覚過敏の特性を併せ持つ人にとって、万博のような大規模で刺激の多い環境に設置されるカームダウン・クールダウンルームは、博覧会を継続して楽しむのに恩恵をもたらす。来場者のなかには、光、音、匂い、触覚、人ごみといった外部からの感覚刺激に対して非常に敏感であったり、逆に刺激を感じにくかったりする人が含まれる。特に自閉スペクトラム症(ASD)の人の多くは、感覚入力に対する過敏さや鈍感さ、あるいは環境の感覚的側面への得意な関心を持つことが診断特性の一つとして知られている。
厚生労働省の調査によると、2022年12月時点の障害児・者数は1164万6千人、2017年の前回調査に比べて24.3%増えたとする推計を発表している(図表3)。障害種別で見ると今回は精神障害者が56.6%増の614万8千人で最多となり、全体の約5割を占めた。つまり、目に見えない障害を抱える人が増え、身近になっていると考えられる。

手帳別の所持者をみると身体障害者手帳は5年前より減少した一方で、療育手帳と精神障害者保健福祉手帳は増加している。これについては、「知的障害や発達障害に対する認知度が上がり、手帳を取得する人が増えた」とする見方もある。
安全で快適に社会参加できる共生社会の実現が志向されるなか、大阪・関西万博のUDガイドラインの改訂プロセスは、「当事者の声を聞き、共に創る」というアプローチが、形式的な基準遵守を超え、真に利用しやすい環境、すなわちUDを実現するための効果的な方法であることを明確に実証したといえる。
4.課題を引き継ぎレガシーの形成へ
改訂版UDガイドラインは大きな前進であったが、「アクセシブルでインクルーシブな社会」の実現に向けては、課題が継続しているのが現状である。その取り組みにおいては、以下の原則が一貫される必要がある。
具体的には、①中核となる原則、②当事者参加の原則、③UDの7原則である。
まず①中核となる原則については、国際パラリンピック委員会(IPC)アクセシビリティガイドが基本原則として掲げる以下の3点が据えられている(図表4)。

次に②当事者参加の原則の「私たち抜きに私たちのことを決めないで!」である。
大阪・関西万博UDガイドラインの策定改定プロセスにおいて、極めて重要な位置を占めるのが障害当事者の積極的な参画である。ガイドラインには障害当事者の参画による評価と意見の反映のために、UDワークショップの積極的奨励という項目があり、国連の障害者権利条約の基本精神である「私たち抜きに私たちのことを決めないで!」(Nothing about us without us!)が明記されている。
さらに③のUD7原則である(図表5)。大阪・関西万博でも、UDガイドラインは①②の原則に加え国際的に広く認知されている③UD7原則を参照している(注5)。

大阪・関西万博のUDガイドラインがこれらの原則に言及していることは、その取り組みが国際的なUDの潮流と整合性を持ち、製品設計から建築都市空間サービスに至るまで、幅広い対象にUDの考え方を適用しようとする姿勢を示している。
重要なことは、万博でのこれらの経験、特に「当事者参画を通じて進化させたUD基準や、当事者との共創ノウハウ」を、一過性のものとせず、社会全体のUD・バリアフリー水準向上に繋げる「レガシー化」の実現である。
5.当事者と共に創る共生社会
UDガイドラインの改訂においては、国際パラリンピック委員会(IPC)の提唱する「公平・尊厳・機能性」の3原則を中核に据え、さらに「UD7原則」を適用した設計思想が基盤となっている。これらは単なる技術的要件ではなく、人間の尊厳や多様性の尊重といった哲学的価値に根ざしたものであり、まさにUDの本質に立ち返る試みであった。
レガシー化とは、万博を通じて得られたUDの知見、制度設計、当事者参画のノウハウを、一過性のプロジェクトに終わらせず、社会制度、都市計画、教育、サービス、企業活動などのあらゆる分野へ波及させることである。具体的には以下のような展開が求められる。
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万博で構築されたUD基準を、国のバリアフリー法や大阪府福祉のまちづくり条例に反映し、制度的に定着させること
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当事者との共創プロセスを、公共施設や都市インフラ整備の標準手法として確立し、他地域への横展開を図ること
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産官民連携によるUD研修や教育プログラムを通じ、すべての人々が「共生のまなざし」を身につけられるようにすること
これらの実現に向けては、市民、事業者、行政の三者による「共創のトライアングル」が鍵となる。市民の小さな気配りや意識の変容は、社会の寛容性と包摂性を育む土壌となる。事業者(企業)は、UDを経営の中心に据えることで、より革新的かつ多様な製品・サービスを生み出す力を得る。行政は、政策の立案・実施のすべての段階において当事者が関与できる制度設計を進め、社会全体に包摂の仕組みを広げる役割を担う。
インクルーシブな社会の実現は終着点ではなく、不断の見直しと進化を伴う「共創への道のり」である。大阪・関西万博の経験は、その確かな一歩となった。
UDの核心は、特定の属性を持つ人のための特別対応ではなく、「すべての人にとっての快適と安心を同時に追求する設計思想」である。
大阪・関西万博で示された当事者参画型のUDガイドラインは、その実現に向けた具体的かつ実効性のあるモデルとなった。今後、この知見を社会に活かしていくためには、万博の成果を「共生社会への羅針盤」と捉え、その本質を追求しつつ実践を未来へと受け継ぐ姿勢が求められる。
【注釈】
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国土交通省「当事者目線に立ったバリアフリー環境の課題等に関する最終取りまとめについて」より。「鉄道駅におけるホームドアの有無や無人駅・有人駅の別、トイレ内の設備、授乳室、駅構内の混雑状況等の施設情報についてホームページ等における情報提供のニーズがある」一方、「インターネット等における情報量の多さ、情報の断片的な掲載等による分かりにくさ、掲載されている画像の見づらさ、音声読み上げへの非対応等の状況」といった情報面や運用面に関する不便さの指摘が多く見られた。
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一般社団法人 日本福祉のまちづくり学会 当事者参画で変わった「大阪・関西万博UDガイドライン」『福祉のまちづくり研究』 第25巻第1号 2023年6月。
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2020年東京オリンピック・パラリンピックにおいては、大会組織委員会が多様な当事者の意見を聴取し、施設整備や運営に関するアクセシビリティ基準を策定・実施した経験がある。万博旧ガイドラインは、2020年東京オリンピック・パラリンピックの知見が十分に活かされていなかったという批判が認定NPO法人「DPI(障害者インターナショナル)日本会議」などからあった。
https://www.dpi-japan.org/blog/workinggroup/traffic/20211223-news/ -
DPI(障害者インターナショナル)日本会議 2.ビックイベントを契機とした各地の取り組み(1)2025大阪・関西万博への働きかけ
https://www.dpi-japan.org/blog/events/seisakuron15_bareerfree/ -
UDの概念は、米国のノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターのロナルド・メイス(Ronald Mace)により、1985年に提唱された。
【参考文献】
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国土交通省「当事者目線に立ったバリアフリー環境の課題等に関する最終取りまとめについて」2024年3月
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厚生労働省「令和4年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)等」
推計は5年に1回実施している「生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」の結果などから行った。 -
内閣府「バリアフリー・ユニバーサルデザインに関する調査研究」H17~R6年公表
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田中直人「2025大阪・関西万博を迎えて-未来社会をめざして-博覧会がめざす建築と社会のユニバーサルデザイン」一般社団法人 日本建築協会「建築と社会」2025年1月号P12-14
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公益社団法人2027年国際園芸博覧会協会「アクセシビリティに関する取組み」2027年3月19日(金)~ 2027年9月26日(日)【横浜・上瀬谷開催予定】
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内閣府「令和5年版障害者白書」(全体版)第5章 住みよい環境の基盤づくり第1節 2
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高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)
後藤 博
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

