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トランプ政権下における米アカデミアの多様性の危機

~ノーベル賞自然科学分野から米国の競争力の源泉を読み解く~

石附 賢実

目次

1. トランプ政権下でDEIの後退、米大学への留学生のビザ取り消しも頻発 

トランプ政権は、不法移民対策を最重要課題の一つに掲げ、移民政策の厳格化を急速に進めている。その余波は米国の大学に在籍する留学生にも及び、2025年5月の報道によれば、政権発足以降、全米で4,700人超の留学生のビザが取り消される事態となった(注1)。ビザ取り消しの理由については具体的な説明がなされないケースも多いとされ、学生や大学関係者の間に混乱と不安が広がっている。

こうした厳格化の背景には、ガザでのイスラエル軍事行動に対する大学での抗議活動の拡大(注2)や、社会的・政治的分断の深刻化がある。政権は、親パレスチナ・デモを認めている、あるいはDEI(多様性・公平性・包摂性)推進プログラムを実施している大学に対し、助成金の削減や免税資格の見直しなど前例のない圧力を強めている。特にハーバード大学など名門校に対して、政権の方針に従わない場合は連邦助成金の凍結を警告するなど、強硬な姿勢を崩していない(注3)。

大学側は留学生に対し米国外への渡航を控えるよう助言している(注4)。一部の大学では、ビザ取り消しに異議を申し立てた学生が授業に出席できるよう配慮がなされ、また政権側も一時的にビザを回復する方針を示すなど、大学と政府の間で激しい綱引きが続いている(注5)。DEI関連の研究や教育資金の削減も進行しており(注6)、米国の大学の多様性と学術的自由が危機に直面していることは否定できない。

2. 米国のアカデミアの競争力の源泉は多様性?ノーベル賞自然科学3賞から読み解く 

米国のアカデミアが世界的な競争力を維持し続けてきた要因は何か。とりわけ自然科学分野においては、世界中から優秀な研究者や学生が集まり、異なるバックグラウンドや視点が融合することで、独創的かつ先進的な研究成果が生み出されてきた。資料1に示した2015-2024年のノーベル賞自然科学3賞(物理学賞、化学賞、医学・生理学賞)の受賞者所属研究機関の国別シェアは米国が56.1%と圧倒的な存在感で、同国の出生地シェア34.2%を大きく上回る。これは、他国から優秀な研究者を引き付けている証左にほかならない。「多様性」は間違いなくキーワードだ。受賞者の米国研究機関所属者のうち、実に38.6%が米国外の生まれである。

近年の象徴的な事例として、2023年ノーベル医学・生理学賞を受賞したカタリン・カリコ博士の歩みが挙げられる。ハンガリー出身のカリコ博士は、母国で基礎研究を積んだ後、より自由で先進的な研究環境を求めてアメリカに移住し、mRNA技術の研究に従事した。その成果は、COVID-19の世界的流行時にmRNAワクチンとして結実し、パンデミックへの対応に大きな役割を果たした。カリコ博士の受賞は、米国のアカデミアが多様なバックグラウンドを持つ研究者を受け入れ、その才能を最大限に発揮できる環境を提供してきたことの象徴であり、多様性がイノベーションの原動力であることを世界に示した一例といえよう。

図表1
図表1

3. ノーベル賞研究機関所在地シェアは15-25年前の論文引用数シェアと強い相関

研究機関所在地シェア(2015-2024年、資料1)上位10か国について、そのシェアと2000-2002年の論文引用数(上位10%)シェア(資料3左)を散布図にプロットしたのが資料2である。両者の相関係数は0.995と極めて強い相関がある。米国1強につき相関係数は高めに出がちであるが、統計的外れ値として米国を除いても0.887と強い相関が認められる。なお、直近2020-2022年の論文引用数(上位10%)シェア(資料3右)との相関は相関係数0.319とかなり弱まる。つまり、研究が論文として世に出てノーベル賞に結びつくまで15-25年かかる場合が多いということになる。

資料3右の通り、直近2020-2022年の論文引用数(上位10%)シェアのトップは中国であり、そもそも15-25年後のノーベル賞の順位は様変わりしている可能性もある。現下の環境において米国のアカデミアが多様性を失うことは、その競争力をさらに削ぐことにもなりかねない。  

図表2
図表2

図表3
図表3

4. 日本の論文数シェアは低下傾向、人口減少下で優秀な研究者・学生の積極的受入れを

資料3の通り、日本の論文数シェアは低下傾向が続いている。近年は中国や米国が圧倒的な存在感を示す一方で、日本の国際的な研究プレゼンスは相対的に後退している。資料2の相関関係に鑑みれば、今後、自然科学分野におけるノーベル賞受賞はかなり厳しいものとなっていくであろう。

この背景には、人口減少等による若手研究者の減少や、近年底打ちしているとはいえ博士号取得者数が低迷していること、諸外国と比べて研究資金や研究者の時間の制約が大きいことなど、複数の要因が絡んでいると思われる。米国はこれまで、多様な価値観やバックグラウンドを持つ研究者・留学生を積極的に受け入れることで、アカデミアの競争力を維持してきた。ノーベル賞自然科学分野の受賞者における米国の研究機関の圧倒的なシェアは、出生地を問わず優秀な人材を引き付けてきたことを物語る。

しかし、先に見た通り、米国の大学ではトランプ政権下での移民政策の厳格化や社会的分断の影響を受けて留学生のビザ取り消しが相次ぐなど、包摂性や多様性の危機が顕在化している。日本は、米国のこれまでの成功例と現在の問題点の双方を教訓とし、今後の人口減少下でも国内外から優秀な研究者や学生を積極的に受け入れ、多様性と包摂性に富んだ研究環境を整備していくことが求められる。それが、日本全体の科学技術力・経済力の底上げに繋がるだろう。

以 上

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。