よりよい未来をつくる主権者になろう!(全3巻) よりよい未来をつくる主権者になろう!(全3巻)

シリーズα世代考(1)「アントレ教育はα世代にマッチするのか」

~課題解決に向けたチャレンジ精神を醸成するために~

西野 偉彦

目次

1.「将来は社長や起業家に」という新世代の登場

2025年3月、第一生命保険株式会社による第36回「大人になったらなりたいもの」調査の結果が公表された。この調査では「全国の小学生(3年生~6年生)、中学生、高校生」と「保護者(20代~60代)」の各3,000人が対象となっている。今回の結果にはいくつかの特徴がみられるが、なかでも興味深いのは「高校生男子」のランキングで「社長/起業家」が初めて上位にランクインしたことだ(注1)。今回の調査では、保護者にも「子どもの頃、大人になったらなりたかった職業」について聞いたが、どの世代においても、なりたかった職業の上位に「社長/起業家」は挙げられていない。つまり、従来の大人世代にはなかった視点が新たな子ども世代に芽生えつつあるということである。

本調査対象の「子ども」は、いわゆる「α(アルファ)世代」に含まれる。α世代とは、20代を中心とする「Z世代」の次、2010年以降に生まれた世代を指している。現在、α世代はまだ「未就学児~初等中等教育段階」であるため、その価値観や消費行動などは未知数であるものの、世界的にみると2025年には25億人規模にも達するとみられ、今後のグローバル経済に大きな影響を及ぼす可能性も指摘されている。日本においても、α世代をめぐる研究は発展途上であるがゆえに、さまざまな調査や事例などをもとにした考察が一層重要になるだろう。

こうした状況をふまえ、「シリーズα世代考」と題して多面的・多角的に「α世代」の可能性に迫っていく。第1回となる本稿では、起業家精神を育成する「アントレプレナーシップ教育」とα世代の特性に着目したい。

2.日本におけるアントレ教育の状況

近年、日本では「アントレプレナーシップ教育(アントレ教育)」が推進されている。アントレ教育とは、アントレプレナーシップを「急激な社会環境の変化を受容し、新たな価値を生み出していく精神」と捉え、「自ら社会課題を見つけ、課題解決に向かってチャレンジしたり、他者との協働により解決策を探求したりすることができる知識・能力・態度を身につける教育」のことを指す(注2)。日本では長らく、安定した職業への就職を前提とした教育が主流であり、アントレ教育が導入される機会は限られていた。しかし、近年の経済環境の変化や技術革新により、従来の雇用形態が大きく変化し、多様なキャリアを選択できる社会へと移行しつつある。このような背景のなかで、自ら課題を発見し、新しい価値を創造する力を育むアントレ教育の重要性が増している。

とはいえ、日本国内のアントレ教育の普及率は低いのが現状である。文部科学省の調査によると、日本の大学などでアントレ教育を提供している割合は2020年時点で27%だったが、2022年には33.2%に増加している(図表1)。増加傾向にあるものの依然として低い水準であり、日本においてアントレ教育を受ける学生の割合も全体の3%程度にとどまっている。小・中学校や高校ではアントレ教育の導入が十分に進んでおらず、大学に進学した後で初めて学ぶケースが多い。

図表
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一方、海外ではアントレ教育が体系的に導入され、幼少期から起業家精神を育む教育を実施する国も多い。起業家を取り巻くいくつかの指標をみても、日本は米国やカナダ、イギリスなどの諸外国に比べて相対的に遅れていることがわかる。特に在学段階でのアントレ教育の状況は54か国中44位となっており、際立って低い(図表2)。

図表
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3.海外におけるアントレ教育の事例

各国の社会・経済状況によって教育のアプローチは異なるものの、諸外国において共通するのは「実践型学習」の重視である。単なる座学ではなく実際にビジネスの場面などを体験しながら学ぶことで、児童・生徒の創造力や問題解決力を伸ばす仕組みが整えられている。

前述の指標の多くで上位を占めている米国では、アントレ教育が高校や大学で積極的に導入されており、多くの教育機関が起業家育成に特化したプログラムを提供している。たとえば、スタンフォード大学では、学生がメンターの指導を受けながらスタートアップを立ち上げるための支援を行っている。この活動を通じて、学生は投資家や起業家のサポートを受け、事業戦略やマーケティング、資金調達などのスキルを実践的に学ぶことができる(注3)。また、マサチューセッツ工科大学(MIT)には高校生向けの起業プログラムがあり、若い世代がビジネスの基本を学びながらスタートアップを立ち上げる機会を提供している。このように、米国では実践的なアントレ教育が幅広い年代に提供されており、教育機関と産業界が密接に連携している点が特徴的である。

「起業しやすい国」とも呼ばれているカナダでは、若者向けに起業教育プログラムを提供している組織がある。このプログラムでは、高校生が実際の企業を経営し、商品開発やマーケティング戦略を実践的に学ぶことができる。カナダのアントレ教育の特徴は、地域社会との連携を意識している点にある。生徒たちは企業に協力して社会課題の解決に取り組むことで、実際の経済活動を体験しつつ、地域に貢献する方法を探ることができる。このような取り組みは、日本においても地域密着型アントレ教育を検討する際の参考になるだろう。

イギリスでは、義務教育段階からアントレ教育が推進されており、少額投資からスモールビジネスの起業経験を通じて、金融リテラシーと起業家精神をともに身につけられるプログラムなどが提供されている(注4)。

4.α世代の特性にアントレ教育が合う可能性

α世代は、前述のとおり2010年以降に生まれた世代であり、「超・デジタルネイティブ」として育っている。総務省が2024年に公表した調査では、α世代に含まれる6~12歳の89.1%がインターネットを利用しており、前年より増加傾向にある(注5)。α世代は幼少期からスマートフォンやタブレットを使いこなし、インターネットを通じて膨大な情報を素早く処理できる可能性がある。さらに、彼らはSNSや動画コンテンツに慣れ親しんでいることから、短時間で効率的に情報を得ること、いわゆる「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視しているとみられる。こうした特性は、従来の座学型の教育よりも、実践的な学習を重視する教育のスタイルが適していると考えられる。アントレ教育では、知識を学ぶだけではなく、問題を発見し、それに対する解決策を考え出すプロセスが重視されるため、α世代の「自ら調べ、考える力」を伸ばす教育手法として適しているだろう。同時に、従来の一方的な講義形式よりも、ワークショップやディスカッションなどの主体的で対話的な教育手法の方が、α世代の学び方と合致しているとみられる。

次に、社会課題への関心の高さもα世代の特徴である。近年、学校教育では環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)について学ぶ機会が増えており、α世代の上の世代にあたるZ世代は社会課題に強い関心をもっていることが示されている(注6)。この特性は、α世代にも受け継がれているとみられ、国立教育政策研究所の「2024年度全国学力・学習状況調査」によると、「地域や社会をよくするために何かしてみたいか」の質問に対して肯定的な回答をした子どもは、小学生84%・中学生76%と非常に多くなっている(注7)。アントレ教育の目的は、単なるビジネススキルの習得ではなく、社会の課題を解決し、より良い未来を創造する力を養うことにある。そのため、α世代がもつ「社会に貢献したい」という価値観を活かし、環境問題や地域課題を解決するビジネスモデルの構築につなげることもできる。実際、海外では「ソーシャル・アントレプレナーシップ」として、社会課題を解決する起業家育成のカリキュラムが整備されている国もあり、日本でもこうした取組みを参考にすることで、α世代の意欲を一層喚起できるのではないか。

このように、α世代の特性とアントレ教育は様々な点でマッチする。情報処理能力や社会課題への関心を伸ばす教育を行うことで、課題解決型のイノベーターや起業家を目指すチャレンジ精神を醸成できる可能性がある。今後、小・中学校や高校からもアントレ教育をより充実させ、α世代の特性を活用できる学習環境を整えることが、新しい世代の成長において重要な鍵となるだろう。

5.日本でアントレ教育の環境を整備するために

それでは、今後アントレ教育を推進するうえで検討するべき課題と、それを解決するための対策はどのような内容が考えられるだろうか。

まず、最も大きな課題はアントレ教育の認知度と必要性の理解不足である。日本ではアントレ教育が単なる「起業家育成」と捉えられがちだが、アントレ教育は起業家だけでなく、問題解決能力や創造的思考を培うことができるため、様々な職業に応用可能なスキルを習得するものといえる。そのため、広く教育機関や保護者の間でアントレ教育の本質を理解し、カリキュラムに採用する機運を醸成することが不可欠である。そのためには、アントレ教育の成功事例の発信や、アントレ教育を受けた生徒の将来のキャリアへの好影響を示すデータを採取し公開することが重要である。

また、指導者や教育のリソースに関する課題もある。特に、学校現場でアントレ教育を専門的に指導できる教員が不足している。これは、アントレ教育が教員養成課程に十分に含まれていないことが要因の一つとなっている。これを解決するためには、教員研修のプログラムを整備し、アントレ教育の基本的な知識や指導法を学ぶ機会を提供することが求められる。また、企業やNPOなどの起業家を招いた特別講義を実施することで、実践的な視点から学べる環境を整えることも有効だろう。

さらに、カリキュラムへの組み込みも課題である。学校における学習内容は学習指導要領によって規定されているため、日本でアントレ教育を新たに導入することは容易ではない。特に、大学受験を意識したカリキュラムが重視される高校などでは、アントレ教育の優先度が低くなりがちである。そのため、アントレ教育を既存の教科と統合し、「探究学習」や「キャリア教育」の一環として導入することが求められる。たとえば、社会科の授業でビジネスモデルの作成を学んだり、数学の授業で財務管理を取り入れたり、総合的な探究の時間として地域課題の解決策を考案するなど、他教科や特別活動と連携することで、アントレ教育を導入するハードルを下げることができるだろう。

このように、小・中学校や高校でアントレ教育を推進するうえでは多くの課題があるが、具体的な解決策をもって課題を克服し、α世代の特性を活かす教育環境を整えることが急務である。アントレ教育を通じてα世代がもちうる創造力や問題解決能力を伸ばすことが、これからの教育の重要なテーマになるのではないだろうか。


西野 偉彦


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

西野 偉彦

にしの たけひこ

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 教育(子ども・若者の学校教育から社会人の学び直しまで)、Z世代やα世代の生活行動・価値観・社会参画

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