年金改革2025シリーズ 「オプション試算(2)」

~財政検証の理解に向けて その11 最終回~

小川 伊知郎

要旨
  • 本シリーズは、普段年金制度に関わっていない方々向けに、極めて基礎的なことから順次知識を深めて、財政検証を少しでもよく理解して頂くことをねらいとしています。最終回は前回に引き続き財政検証時のオプション試算を解説します。
  • 「財政検証」は社会保障審議会年金部会で審議されており、今回の結果は2024年7月3日に公表されました。
  • 今回の財政検証では5種類のオプション試算が実施されました。
  • 厚生年金保険部分と基礎年金部分のマクロ経済スライドの調整期間を一致させた場合、調整期間が短くなり、最終的な所得代替率が上昇します。
  • 在職老齢年金制度を廃止して就労していても満額の年金給付をした場合、厚生年金保険部分の所得代替率が0.5%低下します。
  • 現行65万円の標準報酬月額の上限を75万円、83万円、98万円に引き上げた場合、所得代替率がそれぞれ0.2%、0.4%、0.5%上昇します。
目次

1.本シリーズのねらい

2024年度は、5年に一度の公的年金制度のチェックである「財政検証」が実施される年であり、去る7月3日に結果が公表されたところです。本シリーズ「財政検証の理解に向けて」では、普段年金制度に関わっていない方々向けに、極めて基礎的なことから順次知識を深めて、財政検証を少しでもよく理解して頂くことをねらいとしています。詳しくは「その1 わが国の年金制度」をご覧ください(小川(2024)その1参照)。最終回は前回に引き続き財政検証時のオプション試算を解説します。また、一部厳密でないと感じる部分もあるかもしれませんが、わかりやすさを優先していますので、ご容赦願います。

図表
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2.オプション試算の具体的な内容

資料1は、2024年7月3日に開催された第16回社会保障審議会年金部会で公表された「財政検証結果の概要」の6ページ目です。今回の財政検証では5種類のオプション試算が実施されました。前回は1、2を見ましたので、今回は3以降を見ていきましょう。

(1)マクロ経済スライドの調整期間の一致

久しぶりにマクロ経済スライドという言葉が出てきました。お忘れの場合は「その4 財政検証の枠組み」をご覧ください(小川(2024)その4参照)。資料2は「その8 財政検証結果(1)」で確認した「財政検証結果の概要」の3ページ目です。示されている4つのケースのうち、例えば上から3番目の過去30年投影ケースを見ると、中央付近に50.4%(2057)とあり、さらにその下に比例24.9%(2026)、基礎25.5%(2057)とあります。これが何を示していたかを復習しておきましょう。

括弧の外のパーセント数字は、マクロ経済スライドによる給付水準減額調整後の所得代替率でした。資料上部にある通り2024年度で61.2%であったのが、このケースでは50.4%と、給付水準が2割弱下がります。このオプション試算で着目しているのは括弧内の数字の方で、これはマクロ経済スライドによる給付水準減額調整が終了する年度であり、このケースでは2057年度に終了します。その内訳をみると、比例即ち厚生年金保険部分が財政検証当時の2024年度から2年後の2026年に早々に調整が終了するのに対し、基礎年金部分はさらに30年以上調整が続きやっと2057年度に終了します。このいびつさは計算方法に依るもので、非常に簡単に言うと公的年金制度全体で調整期間を計算するのではなく、まず自営業者、学生などの国民年金のみの加入者について1階部分の調整期間を計算したのち、2階部分である厚生年金部分を計算する2段階方式としているためです。これを公的年金全体の1段階で計算することで、両者の終了年度は一致します。

図表
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(2)在職老齢年金制度

厚生年金保険部分は、就労している者のうち一定以上の賃金を得ている者について一部または全部の年金が支払われません。これを在職老齢年金制度といいます。かつては60歳台前半に対して「低賃金の在職者の生活を保障するために支給する仕組み」がありましたが、原則として65歳以上への定年延長または他の措置で、60歳台前半の就労機会の確保が義務付けられたことと、厚生年金保険の支給開始年齢の65歳への引上げが進捗する中、60歳台前半の支給停止も同一の基準に緩和されたことから、現在は「高賃金の在職者の年金を支給停止する仕組み」となっています。このことがいわゆる「働き控え」として就労を阻害する一要因となっているかどうかは、過去から議論の的となっているところですが、今回の財政検証では阻害しているとの見方が多く、これを撤廃した場合の影響が試算されました。撤廃すると年金支給額が増えますので、年金財政上はマイナスの影響となります。

(3)標準報酬月額の上限

会社員、公務員等の厚生年金は、給付額、保険料とも標準報酬に応じて計算されています。これは健康保険も同様で、健康保険の標準報酬月額の上限が50等級の139万円であるのに対し、厚生年金では32等級の65万円となっています。厚生年金では標準報酬月額は給付額にも影響するため、差が著しく大きくならないように上限が平均の2倍程度に抑えられています。他方、上限によって保険料も低く抑えられますので、これが高所得者優遇ではないかという見方があります。今回は、上限を引き上げた場合の影響が3パターン試算されました。引き上げによって年金支給額も保険料も増えますが、全体としては保険料増加の影響の方が大きく、年金財政上はプラスの影響となります。

3.オプション試算結果

(1)マクロ経済スライドの調整期間の一致

オプション試算では、財政検証の4つの前提条件のうち2、3番目の「成長型経済移行・継続ケース」「過去30年投影ケース」での結果が示されています。具体的には以下の通りです。

2024年度の所得代替率が61.2%であったのが、財政検証結果では例えば成長型経済移行・継続ケースで、2037年度までマクロ経済スライドによる年金額の減額調整を続けて、最終的な所得代替率は57.6%となりました。これが、オプション試算では2つのケースともに、マクロ経済スライドによる調整期間がかなり短くなり、最終的な所得代替率が上昇することが分かります。であれば、これをやらない理由は無いように思えますが、厚生年金保険部分の給付がある会社員、公務員等からすると、これは一部誤解に基づく内容も含まれているのですが、自分たちのための積立金が自営業者の国民年金部分に流用されているという印象があり、また調整期間終了までに一時的に現行制度より合計の給付額が減少する時期が生じる可能性があるため、そう単純に判断しづらいと見込まれます。

なお、このオプション試算は名称が分かりにくいこともあり、議論の取りまとめ段階では「基礎年金のマクロ経済スライドによる給付調整の早期終了」と言い換えられています。

(2)在職老齢年金制度

在職老齢年金制度を廃止して、就労していても満額の年金給付をした場合、2022年度末データで年間約4,500億円給付額が増加し、それにより厚生年金保険部分の所得代替率が将来0.5%低下することとなります。

試算では撤廃以外に、支給の一部停止を始める基準額を53万円以上に引き上げた複数のパターンによる給付額の増分と、所得代替率への影響も示されています。

(3)標準報酬月額の上限

現行65万円の標準報酬月額を75万円、83万円、98万円に引き上げた3つの場合の試算結果が示されました。これによる所得代替率への影響は、それぞれ0.2%、0.4%、0.5%のプラスです。これらのケースは、上限に該当する者の全体に対する比率を、現行の6.2%からそれぞれ4.0%、3.0%、2.0%に減少させるものです。

保険料ばかりがクローズアップされがちですが、見直し後の上限に10年間該当した場合の給付額の増加も併記されており、各ケースで終身に亘って年間6.1万円、11.0万円、20.1万円増加します。例えば標準報酬月額の上限が65→75万円に引き上げられて、10年間引き上げ後の保険料を支払った場合、自己負担の増分は総額「10万円×9.15%×12か月×10年=約132万円」である一方、65歳男子の平均余命は約19.5年で、給付額の増分は総額「6.1万円×19.52年=119万円」であり、自己負担保険料の増分の9割程度が給付に反映されます。65歳女子では同様に「6.1万円×24.38年=148万円」と保険料より1割以上多く給付されます。

4.おわりに

これまで約1年に亘って、財政検証を理解するために基礎的なところから見てきましたが、いかがでしたでしょうか。現2025年2月時点では、通常国会での法律改正の審議が進められており、ニュースで日々話題となっています。本シリーズをご覧いただく前に比べて、少しでも興味を持って頂き、理解が進めば嬉しく思います。最後に、少し内容が難しいかもしれませんが、国会での審議の土台となっている、社会保障審議会年金部会で去る2024年12月25日に公表された「議論の整理」(厚生労働省(2024)参照)と、その解説(小川(2025)参照)を紹介しておきます。

以 上

小川 伊知郎


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。