年金改革2025シリーズ 「財政検証結果(1)」

~財政検証の理解に向けて その8~

小川 伊知郎

要旨
  • 本シリーズは、普段年金制度に関わっていない方々向けに、極めて基礎的なことから順次知識を深めて、財政検証を少しでもよく理解して頂くことをねらいとしています。今回は財政検証結果を解説します。
  • 「財政検証」は社会保障審議会年金部会で審議されており、今回の結果は2024年7月3日に公表されました。
  • 経済の前提ケース①~③では、マクロ経済スライドによる給付水準減額調整終了後の所得代替率は57.6~50.4%と、いずれも50%を上回っています。
  • 同ケースの調整終了年度は2037~2057年度ですが、2階の厚生年金部分が調整不要或いは早期に調整が終了するのに対し、1階の基礎年金部分は調整が継続し、両者に大きな差が生じています。
  • ケース④では2059年度に国民年金部分の積立金が枯渇し、その時点の所得代替率は50.1%です。また、その後保険料と税金のみで制度を運営した場合の所得代替率は37~33%程度です。
目次

1.本シリーズのねらい

2024年度は、5年に一度の公的年金制度のチェックである「財政検証」が実施される年であり、去る7月3日に結果が公表されたところです。本シリーズ「財政検証の理解に向けて」では、普段年金制度に関わっていない方々向けに、極めて基礎的なことから順次知識を深めて、財政検証を少しでもよく理解して頂くことをねらいとしています。詳しくは「その1 わが国の年金制度」をご覧ください(小川(2024)その1参照)。今回は財政検証結果を解説します。また、一部厳密でないと感じる部分もあるかもしれませんが、わかりやすさを優先していますので、ご容赦願います。

図表
図表

2.財政検証結果

(1)資料の構成

この資料は、2024年7月3日に開催された第16回社会保障審議会年金部会で公表された「財政検証結果の概要」の3ページ目です。ここに結果がまとめられています。標題にあるとおり、マクロ経済スライドによる給付水準の減額調整がいつ終了するか、そしてその時点で所得代替率がどれくらいになるかが、この資料の最大のポイントです。標題の下には足下の所得代替率61.2%が再掲されています。所得代替率とは何だったかを再確認したい場合は「その5 財政検証でのチェックの仕方」をご覧ください(小川(2024)その5参照)。

ページの中ほど「将来の所得代替率」と書かれた青線囲みには、前回、前々回で説明した前提条件のうち労働力・経済の前提の一部が、両サイドに点線或いは実線囲みで再掲されています。もう一つの前提である人口は、ページ下部脚注1のとおりで、出生・死亡・入国超過とも全て3つのうち真ん中の中位推計です。戻って中央の太字のパーセントとその後ろの括弧書きが、それぞれマクロ経済スライドによる給付水準の減額調整が終了した時点での所得代替率と、その終了する年度です。そのすぐ左には4つの経済前提の各ケースが、右端に示された実質経済成長率が高い順に上から示されています。更にその左には、所得代替率の高さが図示されています。

(2)結果と考察

・①高成長実現ケース

このケースでは、マクロ経済スライドによる給付水準の減額調整が終了した時点での所得代替率は56.9%で、現時点の61.2%に対して9割強となっています。56.9%の内訳がその下で、2階部分の報酬比例の厚生年金が25.0%、1階部分の基礎年金が31.9%です。現時点と比較すると、厚生年金が不変なのに対して、基礎年金は9割弱に低下しています。これは括弧書きで示された調整終了年度にも表れていて、厚生年金が「調整終了」、即ち現時点から減額調整しないでいいのに対して、基礎年金は2039年度までの15年間に亘って減額調整が継続するため、年金額が本来の物価・賃金上昇に沿った増額に比べて低減しています。太字の合計の調整終了年度も、調整終了が遅い基礎年金の2039年度となっています。

ここで、何故厚生年金と基礎年金で調整終了年度が違うのだろうと思われるかもしれません。簡単に言うと両者を別々に計算することと、その計算順序に依るのですが、これについてはまた別の機会で説明します。

・②成長型経済移行・継続ケース

直ぐに気が付くのは所得代替率が57.6%、調整終了年度が2037年度と、実質経済成長率が高い①よりも良好な結果となっていることです。理由はページ最下段の脚注2のとおりで、ページ中ほどの右側に点線囲みで示されている経済の前提のうち「運用利回り(スプレッド<対賃金>)」が①<②となっていて、この影響が大きいためです。詳細は「その7 財政検証の前提(2)」の3.(5)エ)をご覧ください(小川(2024)その7参照)。また、脚注2のなお書きにあるよう、このような逆転は前々回10年前の2014年財政検証でも生じており、初めてではありません。

このケースでは基礎年金の所得代替率は32.6%と現時点のちょうど9割で、調整終了年度は①より2年早い2037年度です。

・③過去30年投影ケース

所得代替率が50.4%、調整終了年度は2057年度と①の約2.5倍の期間を要しています。所得代替率50.4%は、このケースであっても将来的に給付及び負担の在り方について検討する基準である50%を下回らないことを示しています。内訳を見ると、厚生年金は減額調整が必要であるものの2026年度までと短期間であり、所得代替率もごくわずかの低下にとどまっています。一方、基礎年金の所得代替率は25.5%と大きく低下し、現時点の約7割となっています。将来受け取る実際の金額は各スライド率によって変わりますが、2024年度の年金額でイメージしてみると、40年加入した満額受給の場合で月額68,000円ですから、この7割というと20,400円減の47,600円となり、影響の大きさがお分かり頂けると思います。

・④1人当たりゼロ成長ケース

このケースは見るからにこれまでの3ケースと異なり、数字が無く細かい字がたくさん並んでいます。このケースでは財政見通しの作成期間である概ね100年後を迎える前に所得代替率が50%を下回るため、法律上はその時点で「給付水準調整の終了その他の措置を講ずるとともに、給付及び負担の在り方について検討を行い、所要の措置を講ずる」こととなります。一つ目の・に記載のとおり、ここではこれらを講じないでマクロ経済スライドによる減額調整を継続した場合の結果が示されています。公的年金制度は世代間の仕送りともいえる賦課方式で運営されており、給付のための財源は保険料、税金、積立金です。このケースでは1階部分の国民年金は2059年度に積立金が枯渇するため、保険料と税金のみで運営する「完全な」賦課方式に移行し、その時点の所得代替率は50.1%です。積立金が無いため、仮に保険料と税金のみで更に制度の運営を継続した場合、所得代替率37~33%程度の給付となります。

次に、二つ目の・には、マクロ経済スライドによる給付水準の減額調整方法を変えた場合の結果が示されています。年金額は賃金や物価の上昇に応じて増えていきますが、現行の制度では上昇幅が小さく、マクロ経済スライドによって完全に減額調整すると年金額が下がってしまう場合には、同額までしか調整しないこととなっています。これを「名目下限措置」と呼んでいます。この措置についてより詳細に知りたい方は、厚生労働省の「マンガで読む公的年金制度」をご覧ください(厚生労働省参照)。2018年4月に施行された法律改正で、過去に調整しきれなかった分は、後年の賃金や物価の上昇幅が大きい時に当年度分にプラスして減額調整することとなったため、現時点では未調整分はありませんが、今後国民年金の積立金がゼロとなる2059年度迄には、再度未調整分が21.9%まで累積します。この名目下限措置によってマクロ経済スライドの調整期間が延びるため、以前から撤廃するべきだという意見もありましたので、仮に撤廃した場合の結果も示されており、所得代替率は45.3%と4.8ポイント低下するものの、1階部分の積立金が枯渇することなく2063年度には調整が終了します。

・脚注※

昨今議論されている最低賃金の1,500円への引き上げによる影響が付記されています。これによって基礎年金部分の所得代替率はケース①②では0.4ポイント、③では0.3ポイントそれぞれ上昇します。何故上昇するかは以下のとおりです。

厚生年金加入要件は、賃金が月8.8万円以上かつ勤務時間週20時間以上となっていますが、最低賃金が引き上げられると理論計算で「時給1,500円×20時間/週×4週/月=12万円/月>8.8万円」となって、週20時間以上働く人は厚生年金に加入することとなり、国民年金の加入者が減ります。公的年金制度は両制度の積立金からの拠出も運営の財源となっていますが、国民年金から厚生年金へ移った際にその者の積立金は移動させず、また国民年金の加入者数に応じて拠出するため総拠出額が減少することで国民年金の財政状況が改善し、その結果所得代替率が上昇します。

4.おわりに

今回は所得代替率、マクロ経済スライドの減額調整終了年度を確認しましたので、次回は前回との比較と年金額がどのように変化するかを見ましょう。

以 上

小川 伊知郎


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。