年金改革2025シリーズ 「財政検証の前提(2)」

~財政検証の理解に向けて その7~

小川 伊知郎

要旨
  • 本シリーズは、普段年金制度に関わっていない方々向けに、極めて基礎的なことから順次知識を深めて、財政検証を少しでもよく理解して頂くことをねらいとしています。今回は前回に引続き諸前提の残りを解説します。
  • 「財政検証」は社会保障審議会年金部会で審議されており、今回の結果は2024年7月3日に公表されました。
  • 「将来は不確実」なので複数の前提を設定し、結果についても「複数のケースを参照し幅広く解釈する必要がある」とされています。
  • 前提は「人口」「労働力」「経済」の3つに分けて策定され、いずれも厚生労働省や年金部会で定めたものではありません。但し、人口、労働力をそれぞれ公的機関が策定しているのに対し、経済は年金部会の下に設置された「年金財政における経済前提に関する専門委員会」が策定しています。
  • 経済の前提は必ず複数設定されています。今回は4ケースで各ケースに初めて名前が付けられました。
  • 全要素生産性(TFP)はシナリオの基軸となるもので、質的な成長要因のことです。内閣府が策定した中長期の試算他を踏まえて設定しています。
目次

1.本シリーズのねらい

2024年度は、5年に一度の公的年金制度のチェックである「財政検証」が実施される年であり、去る7月3日に結果が公表されたところです。本シリーズ「財政検証の理解に向けて」では、普段年金制度に関わっていない方々向けに、極めて基礎的なことから順次知識を深めて、財政検証を少しでもよく理解して頂くことをねらいとしています。今回は前回に引続き諸前提の残りを解説します。詳しくは「その1 わが国の年金制度」をご覧ください(小川(2024)その1参照)。また、一部厳密でないと感じる部分もあるかもしれませんが、わかりやすさを優先していますので、ご容赦願います。

2.前回のおさらい

前回(小川(2024)その6参照)は財政検証の3つの諸前提のうち「人口」「労働力」を確認しました。概要は次のとおりです。

(1)「将来は不確実」なので複数の前提を設定し、結果についても「複数のケースを参照し幅広く解釈する必要がある」とされています。

(2)前提は「人口」「労働力」「経済」の3つに分けて策定されています。

(3)前提は厚生労働省や年金部会で定めたものではなく、公的機関などが策定しています。人口は「国立社会保障・人口問題研究所」(以下、社人研)、労働力は「独立行政法人 労働政策研究・研修機構」(以下、JILPT)がそれぞれ策定しています。

(4)人口の前提では、前回に比べて合計特殊出生率は低下、平均寿命は伸長しました。また、新たに入国超過数が前提に加えられました。

(5)労働力の前提では、前回に比べて就業者数は増加、就業率は上昇率がアップ或いは低下率が抑制されています。

図表
図表

3.財政検証の諸前提(前回のつづき)

この資料は、2024年7月3日に開催された第16回社会保障審議会年金部会で公表された「財政検証結果」の2ページ目です。ここに前提の全てが集約されています。資料の構成は、まず左側の点線囲みに出典と項目が、右側の実線囲みの表に具体的な数値がそれぞれ記載されています。前提は「人口」「労働力」「経済」の3つに分けて示されており、今回はこのうち残りの経済の前提について内容を確認しましょう。

出典は人口、労働力、経済とも、厚生労働省や年金部会で定めたものではありません。但し、人口は社人研、労働力はJILPTとそれぞれ公的機関が策定しているのに対し、経済は年金部会の下に設置された「社会保障審議会年金部会『年金財政における経済前提に関する専門委員会』」(以下、専門委員会)が策定しています。

(1)専門委員会

メンバーは、年金部会が19名なのに対し専門委員会(厚生労働省(2024)参照)は9名で、トップには別々の大学教授が就いています。9名のうち大学教授が6名と多く、他はシンクタンク2名、年金数理人(詳しくは日本年金数理人会のウェブサイトを参照)1名で、うち年金部会の委員でもあるのは委員長を含む4名です。

今回の財政検証に併せた専門委員会は、2022年11月の第1回から数えて9回開催され、2024年4月に最終報告書(厚生労働省(2024)参照)が取りまとめられました。一方、年金部会は2022年10月が第1回なのでほぼ同時に始まっています。参考までに年金部会、専門委員会が5年ごとの財政検証とその後の法律改正の都度、第1回からリスタートしているのに対し、確定給付企業年金(=DB)、企業型確定拠出年金(=DC)、個人型確定拠出年金(=iDeCo)を審議する、兄弟部会ともいえる企業年金・個人年金部会は、通算した開催回数となっています。

(2)報告書

最終報告書「令和6年財政検証の経済前提について(検討結果の報告)」の項目は、1.報告の趣旨、2.財政検証に用いる経済前提の基本的な考え方、3.これまでの財政検証の経済前提、4.長期の経済前提に用いる経済モデルの建て方、5.長期の実質賃金上昇率及び実質運用利回りの設定、6.経済モデルにおけるシナリオの設定等、7.足下の経済前提の設定、8.経済変動を仮定するケースの設定等、9.具体的な経済前提の設定について、であり、前回2019年3月の報告書とは3~7の構成が異なっています。

(3)設定されているケース

経済の前提はこれまでも一つではなく必ず複数設定されています。今回は4ケースですが、初回2009年から順に3、8、6ケースとなっています。最初は3と少なかったのが2回目で8と大きく増え、その後2ずつ減少してきています。このところ偶数が続いているのは、奇数だと真ん中のケースをメインと想定していると誤って捉えられがちになることも影響しているのかもしれません。

各ケースに名前が付けられたのは今回が初めてです。①高成長実現ケース、②成長型経済移行・継続ケース、③過去30年投影ケース、④1人当たりゼロ成長ケースとなっていて、前回以前の数字のみの場合と比べるとメッセージ性が強くなっています。このうち④以外は最終報告書の①成長実現ケース、②長期安定ケース、③現状投影ケースから変わっていて、これだけでもだいぶ受け取る際のニュアンスが変わります。

次回以降、財政検証結果に触れますが、4ケース全てではなく②③を中心として説明されています。年金部会での公表時の事務局の説明では、②が「目指すべきケース」とのことでした。

次に右側に目を移すと、4ケースのすぐ右側に「○○ケースに接続」との記載があります。これは内閣府が策定している「中長期の経済財政に関する試算」(内閣府(2024)参照)での2つのシナリオに参考ケースを加えたものに準拠していることを表しています。

以上を踏まえて、項目ごとに中身を見ていきましょう。

(4)将来の経済状況の仮定

ア)労働力率

労働人口比率ともいい、15歳以上の人口のうち就業者と完全失業者の合計の比率のことで、要は働く意思のある人が全員働いた場合の比率です。3つのシナリオは、前回その6の4.(2)労働力の前提と同様に、JILPTが策定した「労働力需給の推計」(JILPT(2024)参照)を用いています。

イ)全要素生産性(TFP)上昇率

全要素生産性(以下、TFP=Total Factor Productivity)はシナリオの基軸となるもので、資本や労働といった量的な生産要素の増加以外の質的な成長要因のことです。技術進歩や生産などの効率化がTFPに該当します。例えば技術進歩が起きると、それ以前と同じ生産要素の投入量でより多くの生産を行うことができます。内閣府が策定して2024年1月開催の経済財政諮問会議で示した、中長期の経済財政に関する試算(以下、中長期試算 内閣府(2024)参照)を踏まえ、同様に内閣府が策定して同4月の経済財政諮問会議で示した、 2060 年度までのマクロ経済・財政・社会保障の試算(以下、長期推計 経済財政諮問会議(2024)参照)における仮定や近年の実績を参照し、2034年度以降の長期の仮定を次の通り設定しています。

a)①~③は長期推計の3つのシナリオに相当し、長期推計の仮定より設定

b)③④は直近 30 年間の分布も踏まえ、過去現状投影ケースは全体を下から数えて80%に当たる値、1人当たりゼロ成長ケースは最小値を設定

前回は0.3~1.3%の6ケースでした。今回は4ケースに減りましたが0.2~1.4%と範囲は大きくなっています。

(5)長期の経済前提

ア)物価上昇率

年金財政においては収入及び支出を等しく変化させるもので、財政的に中立であることも踏まえ、日本銀行の物価安定の目標の 2.0%、長期推計の各シナリオの推計値2.0%、0.8%、過去 30 年間の実績の平均値 0.4%を参考に設定しています。

具体的には、長期推計との整合性から①②は2.0%、③は 0.8%、④は過去 30 年間の実績の平均値の 0.4%としています。

前回は0.5~2.0%で、今回は下側が高くなりました。

イ)賃金上昇率(実質<対物価>)

年金額は物価スライドするため、物価上昇率を控除した実質上昇率で前提を定めており、この点は以降の前提の項目でも同様です。中長期試算の賃金上昇率からその年の1~12月の物価上昇率を控除して設定しています。中長期試算では、TFP上昇率が直近の景気循環の平均並みで将来にわたって推移する想定の「ベースラインケース」と、デフレ状況に入る前の期間の平均程度まで高まる想定の「成長実現ケース」が示されていて、具体的なTFP上昇率はそれぞれ0.5%、1.4%です。①は成長実現ケース、③④はベースラインケースを基に設定しています。②は①③の間ですが相当するケースが無いため、 (4)イ)の②のTFP上昇率に対応する値を基に両ケースのTFP上昇率を按分して設定しています。

前回は0.4~1.6%、今回は0.1~2.0%と、これも範囲が大きくなっています。

ウ)運用利回り(実質<対物価>)

年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF=Government Pension Investment Fund)は2006年4月に設立された、厚生労働大臣から寄託された年金積立金の管理・運用を行い、その収益を国庫に納付することにより、年金財政の安定に貢献する組織で、1961年11月に設立された年金福祉事業団に端を発しています。

財政検証の運用利回りはGPIFの設定が元になっています。GPIFの設定においては、運用実績は市場経済の影響を受け短期的に大きく変動することを踏まえ、10年移動平均の分布を活用しています。また、運用目標や基本ポートフォリオの設定に依存する一方、運用目標は財政検証の経済前提に基づき設定されていることも踏まえて保守的に設定されています。

具体的には、市場運用を開始した2001 年度第1四半期から、最新の2023 年度第3四半期までの実績の 10 年移動平均の分布から、特に③④は(4)イ)b)のTFP上昇率の設定を踏まえつつ、①②は全体を下から数えて70%に当たる値、③は同80%に当たる値、④は最小値で設定しています。

前回は0.8~3.0%、今回は1.4~3.4%と、全体的に上振れしています。

エ)運用利回り(スプレッド<対賃金>)

スプレッドとは開き或いは差のことで、ここでは賃金上昇率を上回る運用利回りを指し、ウ)とイ)の差で求められます。公的年金は収入、支出ともに長期的には賃金上昇率に従って変動する仕組みであり、年金財政に大きな影響を与えるものは収入・支出の中で賃金上昇に連動しない部分です。このため、年金財政にとっては運用利回りの名目値でなく、このスプレッドが重要です。①と②が逆転しているのは、両者の賃金上昇率の差が運用利回りの差より小さいためです。

前回は0.4~1.4%、今回は1.3~1.7%と、これも上振れしたものの範囲は大きく狭まっています。

(6)参考(推計結果)

参考とは、計算に直接用いていないものの(4)(5)から推計された数値です。労働力率、TFPなど、一般に耳馴染みの薄い数値も含まれているので、経済成長率という比較的わかりやすいものに置き換えると幾らくらいかを併記して、分かりやすくしています。

実質経済成長率は、前回は▲0.5~0.9%、今回は▲0.7~1.6%と、プラス方向マイナス方向ともに範囲は大きくなっています。

4.おわりに

これで準備は整いましたので、次回からはいよい今回の財政検証結果を順次見ていきましょう。

以 上

小川 伊知郎


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。