ニューロマーケティング

~消費者行動・感性を科学技術で理解する~

客員研究員 月田 諒弥

要旨
  • 従来、消費者行動を理解するには質問紙などを利用した手法やインタビューの定性分析がメインであった。
  • 一方で、科学技術の発展から人の視線や脳活動、脈拍など生体反応をとらえる小型センサが登場した。それにより、これら生体反応から顧客購買にかかる意思決定や行動を説明する「ニューロマーケティング」が登場してきた。
  • 視線を計測することにより、ユーザが購買行動する際に何処を見ているかがわかる。脳活動からインタビューや質問紙では拾い切れない無意識な反応や、身体行動に移る前の心理状態なども定量的に推定することができる。
  • 国内事例として大手広告代理店、化粧品会社、および日用品会社のニューロマーケティング事例を紹介する。
  • ニューロマーケティングで取り扱うデータはバイオメトリックな情報に近いため、データの匿名加工の必要性、データ取得および利用に関する同意の重要性を認識することが肝要である。
目次

1.マーケティングにおける消費者行動リサーチ手法の限界

今日、情報化社会の進展やIoT技術(Internet of things)の浸透により、あらゆるものがデータ化される時代が到来した。企業のマーケティング活動もそれに合わせて大きく変化を遂げている。

例えば、従来では消費者の行動を理解するのにもっぱら利用される手法は質問紙(アンケート)による調査やインタビューであったのに対して、今では販売時点情報管理(Point of Sales:POS)システムによるリアルタイムの購買行動分析、webサイトにおけるCookie情報(注1)による属性の推定、およびパーソナライズド広告の配信など消費者行動のデータドリブンな分析や施策の策定が行われている。また消費者同士の言語的コミュニケーションもSNSの台頭によりオープンな情報空間で行われるようになった。そのため流行に関するディスカッションから個別商品に対するレビューまで、ネット空間にありとあらゆる顧客理解に寄与する言語的情報が集積している。その情報に対しての自然言語処理をベースとした消費者行動分析も盛んにされている。

言語的な顧客理解がデータ利活用で進む一方、市場において競合との差別化を図る要素として非言語的な顧客理解の重要性が増している。一般的に顧客購買行動を説明するモデルとしてAIDMA(注2)モデルが存在する。これは顧客が商品やサービスを認知してから実際に購買に至るまでの行動段階をプロセス化したものである。

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注目すべきは、顧客購買行動は認知や感情のプロセスである注目や興味を経て行われるという点である。これらの認知や感情は顧客の内面的、非言語的なものであり、従来のリサーチ手法ではこれらの段階での行動原理を探るのは難しいとされてきた。

2.ニューロマーケティングとは

そのような中、認知科学や脳神経科学の知見を利用して顧客購買行動の内面的な部分に迫ろうとする分野が2000年代から発展してきた。これを「ニューロマーケティング」という。ニューロマーケティングは人の脳活動や眼球運動による視線、その他心拍などの生体データを用いて顧客の意思決定を探るという手法である。脳波や脳活動をとらえる脳活動イメージング機器、視線の動きをとらえるアイトラッカーなどの要素技術が技術発展に伴い小型化・高性能化したため、研究機関や企業などのマーケティングリサーチにも広く使われ始めた。資料2はニューロマーケティングに関するGoogleトレンドの推移である。2010年代後半から徐々に増加傾向が見て取れる。

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ニューロマーケティング手法の利点として「客観性の担保」と「無意識や内面の観測」の2点があげられる。

まず、「客観性の担保」を説明する。従来の顧客行動の調査において主流であったインタビュー手法やビジネス・エスノグラフィ(注3)手法ではどうしても聞き手側の主観性が入ってしまうことなど解決が難しい課題があった。一方、ニューロマーケティング手法では、コンテンツや商材を見ている時の顧客の脳や目の動きをデータとして計測することで、客観的かつ定量的にとらえることができる。

「無意識や内面の観測」については、元来インタビューなどの手法では自身が自覚している事柄しか基本的には言語化できない以上、インタビュー対象者の無意識や内面の情動を捉えることが難しかった。そういった機微な変化も脳波など、言語化される前のより直接的な反応を捉えることができるニューロマーケティングの諸手法であれば、可視化することができる。

例えば広告やランディングページ(検索エンジンから最初にユーザが遷移するページ)を見た際のユーザ反応をリサーチするケースを考える。

言語的なインタビューでは漠然とした感想を聴取するのみにとどまってしまう。しかしアイトラッキングを使用すれば消費者が広告のどこの箇所を最初に見るのか、どれくらいの時間見るのかなど見ている箇所とその滞留時間、あるいはどこを見ないのかを客観的にデータから把握することができる。

脳活動の働きを見れば、消費者が広告を見た際に何の機能に関連する脳部位が活動的になっているか明らかになることで、広告の意図通りの印象や情報提供を消費者に与えられているかがわかる。また、従来のインタビュー手法などと組み合わせることで言語・非言語両方の側面からユーザの行動・意思決定に迫ることも可能である。

応用として、ニューロマーケティング分析をすることで得られた示唆はデザイン施策などに生かすことができる。例えば広告の例で考えると、人の視覚特性に合わせて注目されやすい箇所に重要なメッセージを記載するデザインへ変更するなどである。これら人間の認知特性に沿ったデザインをすることを人間中心設計(Human Centered Design: HCD)ともいい、IT業界やメーカーなどでのユーザビリティ向上という文脈で注目されている。

3.ニューロマーケティングに用いられる要素技術など

ニューロマーケティングにおいて用いられる科学技術を概説する。大きく「脳活動を計測する技術」と「視線を計測する技術」が代表的に使われている。それぞれの役割は資料3に示すとおりである。

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(1) 脳活動の計測(fMRI, fNIRS, EGG)

脳活動を計測・可視化する技術として代表的なfMRI、fNIRS、EGGを取り上げる。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)は脳内の血流変化に基づいた神経活動を磁気共鳴画像法(MRI)にてとらえる手法である。脳の神経活動に付随した酸素代謝や糖代謝に伴う局所的な脳血流量の変化をとらえることで脳活動を計測する(注4)。ただし、病院などで使用されるMRIと同レベルの装置を用いるため、被験者に対する物理的な制約が大きく、学術的な研究では使われるが民間企業などのリサーチで使うには大きなハードルがある。

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そこで日本を中心に利用が進んできたのがfNIRS(機能的近赤外分光法)である。fNIRSは近赤外光の吸光特性を利用して頭皮外から光を照射することにより、脳内の血中酸素濃度を計ることで、脳活動をとらえる技術(注5)である。fMRIに比べ取得できる情報量が少なく、ノイズも交じりやすい課題があるものの小型かつ実環境でもデータ収集ができるため注目されてきた。資料5で示すようなウェアラブルな装置を頭部に装着し消費者の脳活動をとらえることができる。この技術によって、実験室だけではなく実空間での脳活動を利用したマーケティング行動研究が可能になった。

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最後に紹介するのはEGG(脳波測定)である。これまで見てきたfMRIやfNIRSは脳の血流変化をとらえることにより脳活動を計測してきた。一方、EGGは大脳皮質の脳神経における電位変化を捉えるため、より直接的な脳活動をとらえることができる。小型化が進んでおり、fNIRSよりもさらにウェアラブルなパッチ式の脳波計なども開発されている。欠点としては、眼球の開閉など純粋な脳活動以外の電位変化もデータとして混入してくるため分析が難しい点が挙げられる。

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これら脳活動を把握する技術を使用することで、脳のどの部位が活動的になっているか時間的あるいは空間的に把握することができる。脳の部位と人の意思決定や情動など思考の関係はある程度明らかになっている(資料7)。そのため、どの部位が活動的になっているかによって対象をどのように認知しているかを推察することができる。先に紹介した脳活動をとらえる3手法はそれぞれ利点・欠点があるため、マーケティングにおいて何を知りたいのか、どのようにリサーチするかによって使い分けが求められる。

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(2)アイトラッキング

(1)で説明した脳活動をモニタリングする諸手法は「対象物に対しどのように感じているか」を明らかにする科学技術であった。マーケティングリサーチをする際にもう一つ重要となるのが「具体的に対象の何を見て購買意思決定をしているか」である。ここでアイトラッキング(視線追跡)技術が使われる。アイトラッキングとは、眼球運動を計測することで人が何を見ているのか明らかにする技術である。主な計測手法として角膜反射法と呼ばれる手法が使われている。角膜上に光の反射点を表示させ、その画像をカメラで撮影する。その反射点の位置などの特徴をもとに眼球の姿勢を算出しどこを見ているのかを推定する(注10)。これらアイトラッキングはメガネ型の端末やモニターに備え付けるバー型の端末など、比較的小型な機器で実施することができる。

人の視線がどこに向いているかを特定できることで、例えば小売店の陳列棚に商品が並んでいる際の目立ち具合やwebサイトでのユーザ体験など、より実購買行動に近い状態での評価が可能になる。

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4.活用事例

消費者行動に関する学術的な研究分野ではすでにニューロマーケティング手法は浸透しつつある。例えば、商品棚を見た際の視線の推移から価格の確認など商品選択をする際の満足度を推定するという研究(注11)や、実際の店舗売り場でアイトラッキング実験を実施した例(注12)などが存在する。脳活動測定の分野ではコーラ飲料におけるブランド知覚の効果をfMRIによる実験をした著名な研究がある(注13)。

ここでは企業が主体的に実施をしている取り組み例として、日本の広告業界での事例、メーカー(化粧品、日用品)の事例を取り上げる。

(1)大手広告代理店のニューロマーケティング例

大手広告代理店A社では2009年にニューロマーケティングなどを専門とするリサーチ会社と資本提携のうえニューロマーケティングのプログラムを開始し、EEG調査やfMRI調査を取り入れた。調査事例としては中国にてカメラメーカーのテレビCMにEEGを適用し、テレビCM閲覧時の脳の活動部位を把握することで、広告対象のどこに対して共感しているか分析をしたものがある。カメラマンが被写体を狙う映像では空間を把握する頭頂葉、アスリートが走る映像では運動前野が活性するなどが判明し、具体的に消費者がCMにおける映像表現のどの箇所に共感しているか、定量的に捉えることがニューロマーケティング手法によって可能になった(注14)。

(2)化粧品、日用品メーカーの事例

化粧品の大手メーカーB社の研究所は美容液に対する愛着感情にかかわる感性情報の抽出を目的に、脳波測定や官能評価などを実施した。炭酸美容液における視触感的印象(色の変化や泡の固さなど)が愛着生成に重要である可能性が示された。これは従来の官能評価では気づけない潜在的な感性情報を脳波測定などニューロマーケティング手法によって抽出できる可能性を示唆している(注15)。

日用品の大手メーカーC社は2024年にニューロマーケティングにおけるマーケティング素材の新たな評価方法にたいして特許を取得している(注16)。この事例では、製品パッケージ開発に対しアイトラッキングと脳計測を用いて「視認」、「好感」、「伝達」の三要素を定量的に評価する手法を確立し、製品パッケージを用いた評価および改善もすでに実施されている。

5.今後の展望と留意点

ニューロマーケティングは今後も発展が見込まれる。具体的には、センサの小型化や情報端末の入力インターフェースとしての採用により爆発的な普及をする可能性がある。米大手テック企業のD社はすでにアイトラッキングを入力デバイスとして採択したコンピュータを市場投入している。脳波計測も同社が無線型イヤホンに搭載することを想定した特許を取得している(注17)。こうした身近なIT機器にセンサが搭載されれば、Cookieによるアクセス解析など既存webマーケティングと同様の手軽さでニューロマーケティングが実現する。

一方で留意すべきは利用者のプライバシーである。ニューロマーケティングは一般的に公にされていない消費者の内面や思考を推定するがゆえに、プライバシーの侵害に当たるケースがある。また視線データを取得する際に撮影される眼球画像などは虹彩など認証として使用されるものを含み、個人を特定できる情報にあたる。上記で紹介した当該企業は、ユーザの視線情報をデバイスの操作以外の他の用途には当該企業や他の企業と共有・利用しない(注18)としている。しかし、今後このようなマーケティングにおけるバイオメトリックデータの活用が浸透するためには、産学官が連携してデータ利用のルール整備やデータ利用の同意確認の徹底、バイオメトリックデータから個人が特定されないような加工技術の成立などの仕組みづくりが求められるであろう。

以 上

【注釈】

  1. ブラウザが動作しているコンピュータに永続的に記録・保管される制御情報。閲覧者の識別や属性に関する情報を含んでいる。特にサードパーティCookieは広告配信サービスなどでサイトを横断して閲覧者を追跡・同定し、個々人に最適な広告配信や情報提供をするために利用される。(参考:IT用語辞典 e-Words)

  2. 山本晶. (2009) 「Web マーケティング (< 特集> Web 技術, ビジネスモデルと AI).」 人工知能, 24(4), 486-493.

  3. ビジネス・エスノグラフィとはビジネス上の意思決定においてエスノグラフィー(フィールドワークおよび行動観察)的な手法を活用することを指す。 参考)田村大. (2009)「ビジネス・エスノグラフィ: 機会発見のための質的リサーチ.」 計測と制御 48.5: 399-404.

  4. 阿部 修士.(2021)「ヒト脳機能研究におけるfMRIの役割」, バイオメカニズム学会誌, 45 巻, 1 号, p. 21-29

  5. 井上芳浩. (2016) 「機能的近赤外分光法 (fNIRS) の医療応用.」 日本信頼性学会誌 信頼性 38.4 : 190-195.

  6. 島津製作所「脳機能イメージング : 分析計測機器(分析装置)

  7. JST「共同発表:医療機器と同じ計測精度を持つパッチ式脳波センサの開発に成功

  8. Plassmann, Hilke, Thomas Zoëga Ramsøy, and Milica Milosavljevic. (2012)「Branding the brain: A critical review and outlook.」 Journal of consumer psychology 22.1: 18-36.

  9. 参考文献欄:柴田智広,2013に記載

  10. トビー・テクノロジー株式会社「アイトラッキングの仕組みとは?入門編

  11. 若井拓哉, 中平勝子, and 北島宗雄. (2016)「視線計測による消費者の商品選択行動の満足度推定.」 第 78 回全国大会講演論文集 2016.1: 605-606.

  12. 金子雄太, 石橋健, and 矢田勝俊. (2018)「視線追跡データを用いた消費者の店舗内購買行動の分析.」 経営情報学会 全国研究発表大会要旨集 PACIS2018 主催記念特別全国研究発表大会. 一般社団法人 経営情報学会.

  13. McClure, Samuel M., et al. (2004)「Neural correlates of behavioral preference for culturally familiar drinks.」 Neuron 44.2: 379-387.

  14. 朝日新聞社メディア事業本部「脳活動や生理的メカニズムをもとに消費者心理を解明しビジネスに応用| 広告朝日

  15. 鳥山悟, 江口愛実, 門地里絵, 左達秀敏, & 原水聡史. (2022). 「ニューロマーケティングを用いた製剤開発への提案——スキンケア化粧品を題材とした事例の紹介——.」 エモーション・スタディーズ, 8(1), 14-22.

  16. prtimes 「アース製薬が、ニューロマーケティング※1におけるマーケティング素材の新たな評価法で特許を取得 お客様の本音を見える化するマーケティングリサーチ

  17. 日経クロステック(xTECH)「AppleがAirPodsを脳波計にする特許、ブレインテック拡大に期待

  18. 日経ビジネス電子版「Appleの新ゴーグル端末、3年前の特許からひもとく「目」の革新

【参考文献】

  • 青木幸弘. (2014)「消費者行動研究における最近の展開―新たな研究の方向性と可能性を考える―.」 流通研究 16.2: 3-17.
  • 阿久津聡. (2011)「顧客の暗黙知まで踏み込んだマーケティングに向けて.」 マーケティングジャーナル 30.3: 2-4.
  • 植田一博. (2016)「ニューロマーケティング─ 選択の認知脳科学.」 生活協同組合研究 480: 11-18.
  • 奥瀬喜之.(2021)「マーケティングにおけるアイトラッキング研究のレビューの試み.」 Diss. Senshu University
  • 熊倉広志. (2016)「ニューロマーケティングの現状, 課題そして展望.」 オペレーションズ・リサーチ 61.7: 421-428.
  • 柴田智広. (2013)「購買意思決定過程の測る化.」 電子情報通信学会誌 96.8: 632-637.
  • 竹村和久. (2016)「ニューロマーケティングと意思決定研究.」 オペレーションズ・リサーチ 61.7

客員研究員 月田 諒弥


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