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2024.09.05
年金・保険
社会保障制度
年金制度
年金改革2025シリーズ 「財政検証でのチェックの仕方」
~財政検証の理解に向けて その5~
小川 伊知郎
- 要旨
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- 本シリーズは、普段年金制度に関わっていない方々向けに、極めて基礎的なことから順次知識を深めて、財政検証を少しでもよく理解して頂くことをねらいとしています。
- 「財政検証」は社会保障審議会年金部会で審議されており、今回の結果は2024年7月3日に公表されました。
- 「現役時代の所得に対して、公的年金が代わりに給付できる割合」を所得代替率と呼んでおり、具体的には夫の片働き、妻が専業主婦の世帯で「就業している現役時代の平均的な手取り収入を100とした場合の、仕事をやめた後の夫婦2人の公的年金の比率を示したもの」で、2024年度では61.2%です。
- またこれが「モデル年金」と呼ばれていますが、我が国の働き方を代表しているのではなく、財政検証のチェックに用いている「指標」に過ぎません。
- 財政検証では「財政見通し」を作成して、将来の所得代替率を確認します。公的年金は給付建てのため、関係式「給付=保険料+運用益」の左辺が先に定まり、同時に右辺の保険料を固定してしまうと、マクロ経済スライド分だけ給付を抑えるしかなくなったので、所得代替率が50%を下回らないか5年に一度チェックします。
1.本シリーズのねらい
2024年度は、5年に一度の公的年金制度のチェックである「財政検証」が実施される年であり、去る7月3日に結果が公表されたところです。本シリーズ「財政検証の理解に向けて」では、普段年金制度に関わっていない方々向けに、極めて基礎的なことから順次知識を深めて、財政検証を少しでもよく理解して頂くことをねらいとしています。詳しくは「その1 わが国の年金制度」をご覧ください(小川(2024)その1参照)。また、一部厳密でないと感じる部分もあるかもしれませんが、わかりやすさを優先していますので、ご容赦願います。
2.公的年金制度のおさらい
前回その4では、財政検証の枠組みとその変更を確認しました。今回はいよいよ「財政検証では何をチェックしているか」を見ていきますが、その前に公的年金制度を簡単におさらいしておきましょう。
公的年金制度は1階部分の国民年金(基礎年金)、2階部分の厚生年金の2階建てで、いずれも給付建ての制度でした。骨子は以下のとおりです。
(1)給付
国民年金:2024年度では満額で月額68,000円
厚生年金:平均標準報酬額×5.481/1000×加入期間の月数
厚生年金はボーナスを反映するように変わった2003年4月以降の場合の算式です。標準報酬額の内訳は(2)保険料でも使用している、月例給与を上下限付きでグルーピングした標準報酬月額と、端数処理したボーナスに上限が設けられた標準賞与額です。
また国民年金、厚生年金とも物価や賃金に合わせてスライドします。具体的には「物価・賃金変動-年金額の増加を抑える調整」で変動し、このうち年金額の増加を抑える調整が「マクロ経済スライド」と呼ばれている部分です。
(2)保険料
国民年金:2024年度では月額16,980円
厚生年金:標準報酬月額、標準賞与額のそれぞれ18.3%
国民年金は自営業者・学生などの場合の額です。会社員・公務員などは2階部分の厚生年金と合算して支払いますので、国民年金部分を別途支払う必要はありません。厚生年金は事業主と折半なので、本人負担は9.15%です。
保険料は予め定められたとおり2004年から毎年引き上げられてきましたが、国民年金は2017年4月から、厚生年金は同9月から固定されています。なお、国民年金はその後も物価と実質賃金で毎年変動していますが、厚生年金は賃金に連動し、賃金は通常物価の影響を受けて変動するため、保険料率は不変です。
3.前回の宿題
公的年金制度をおさらいしたところで、前回宿題としていたことを確認しておきましょう。年金制度は給付建てか掛金建てのいずれかであり、公的年金制度は給付建てのため、関係式「給付=保険料+運用益」の左辺を先に定めて右辺の保険料を計算しているのに、同時に右辺の保険料も固定してしまうと、関係式をなりたたせることができなくなってしまうのではないか、という疑問でした。
公的年金制度は2.(1)のとおり給付を金額或いは算式で定義しているため、給付建てではありますが、物価にスライドするためこの点に限っては給付が確定していません。一方、2.(2)のとおり保険料は固定したため、この保険料の範囲で給付していかざるを得なくなっています。この点を頭において「財政検証では何をチェックしているか」を順次見ていきましょう。

4.所得代替率とは
この資料は、2024年7月3日に開催された第16回社会保障審議会年金部会で公表された「財政検証結果」の最初のページです。中段に財政検証では何をチェックしているかが示されています。その中で「次の財政検証までに所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合には、…」とありますので、チェックに使用されている「所得代替率」とは何かを先に確認しておきましょう。
所得代替率は最下段に算式で示されているとおり、就業している現役時代の平均的な手取り収入を100とした場合の、仕事をやめた後の夫婦2人の公的年金の比率を示したものです。2024年度では現役時代が37.0万円なのに対して、引退後は22.6万円のため、所得代替率は61.2%です。要するに「現役時代の所得に対して、公的年金が代わりに給付できる割合」を所得代替率と呼んでいます。
ここで幾つか注意点があります。まず現役時代の収入は「男性の片働き」であるという点です。一方、公的年金は「夫婦2人の基礎年金と夫の厚生年金」です。夫が40年間働き、妻は40年間専業主婦を想定しています。
またこの資料にはありませんが、やっかいなのはこれを「モデル年金」と呼んでいるところです。「モデル」の語感から、これが我が国の働き方を代表していると捉えられがちです。男性片働き世帯と共働き世帯の合計に占める男性片働き世帯の割合は、1980年には約65%と3分の2だったのが、この所得代替率の定義を検討していた21世紀初頭当時は約49%で、それでもぎりぎり拮抗していたため男性片働きをモデルと呼んだのでしょうが、2023年には約29%と3分の1を割り込み、この20年でモデルと呼ぶのは難しくなってきました。ネーミングの良し悪しはさておき、単にモデル年金と呼ばれているだけで、これを以下で示す財政検証でのチェックに用いている「指標に過ぎない」との理解が重要です。
5.財政検証でのチェックの仕方
改めて資料を見てみると、その4で触れた上段の点線囲みの「枠組み」をもとに、鉤形(かぎがた)の矢印の先の内容をチェックしますが、その際に上方の左向きの矢印のとおり「人口や経済の動向」を踏まえます。これが「財政検証の諸前提」ですが、この実際の内容は次回説明します。
二重枠線内の下線部のとおり、財政検証では「少なくとも5年ごとに、年金財政の健全性をチェック」します。具体的なチェックに際しては矢印の先に「次の財政検証までに所得代替率が50%を下回る場合には、…」とあるように、所得代替率の今後の推移がポイントです。このため、1つ目の○のとおり「財政見通し」を作成して、将来の所得代替率を確認します。公的年金は給付建てのため、関係式「給付=保険料+運用益」の左辺が先に定まり、同時に右辺の保険料を固定してしまうと、結局給付の物価スライド部分で「マクロ経済スライド分だけ給付を抑える」しかなくなりました。つまり完全な給付建てとはいえず、寧ろこの点では掛金建てとなったわけです。しかしながら、給付が将来どんどん少なくなっていくと、本来の公的年金の目的が達せられなくなってしまうため、所得代替率の下限50%のハードルを設けて5年に一度チェックします。通常、給付建ての年金制度の見直しにおいては、ある一時点での将来の収支バランスをもとに保険料を見直せば済むのですが、保険料を固定してしまったために、一時点だけでなくこのように将来に亘る財政見通しを作成してチェックする必要が出てきたわけです。
また、2つ目の○のとおり「マクロ経済スライドの開始・終了年度の見通し」も作成することとなっています。2004年以降の新しい枠組みの下で、マクロ経済スライドは現在も適用され続けていますが、将来のどこかの時点でこれを適用しなくても制度運営が可能となる時期が到来することもあり得ますので、それを財政見通しで併せてチェックするということです。また、一旦マクロ経済スライドの適用が終了しても、その先適用再開が必要となる場合もありますから、2回目以降の開始・終了年度も見ておく必要があります。
財政見通しは少なくとも5年ごとに作成しますが、次回財政検証までに所得代替率が50%を下回る結果となった場合は「給付水準調整の終了その他の措置を講ずるとともに、給付及び負担の在り方について検討を行い、所要の措置を講ずる」とされてます。これを分かりやすく言い換えると「50%を下回る場合はマクロ経済スライドを適用しない」「現行とは異なる新たな給付及び保険料・税などの定め方を検討・実施する」ということです。
6.おわりに
ここまでで財政検証の枠組みとチェックの仕方が理解できたと思いますので、次回からは2024年7月3日に公表された財政検証の実際の内容を、順次見ていきましょう。
【参考文献】
・小川伊知郎(2024)「年金改革2025シリーズ 『わが国の年金制度』~財政検証の理解に向けて その1 ~」
・小川伊知郎(2024)「年金改革2025シリーズ 『財政検証の枠組み』~財政検証の理解に向けて その4 ~」
小川 伊知郎
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。