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2024.08.05
ライフデザイン
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金融経済教育で「お金を投資し稼ぐ高校生」が活躍する時代へ
~学校現場の実践事例を参考に~
西野 偉彦
1.高まる金融経済教育の社会的要請
2024年4月、「金融経済教育推進機構」(Japan Financial Literacy and Education Corporation、以下J-FLEC)が認可法人として設立された。J-FLECは「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」にもとづき、金融広報中央委員会(事務局:日本銀行)、全国銀行協会、日本証券業協会を発起人としている(注1)。設立の目的として、「適切な金融サービスの利用等に資する金融又は経済に関する知識を習得し、これを活用する能力の育成を図るための教授及び指導(金融経済教育)を推進すること」を掲げている(注2)。
近年、金融経済教育の必要性と課題認識が社会的に高まっている。金融広報中央委員会が2022年に実施した「金融リテラシー調査」によると、「金融教育を行うべきと思う」と答えた人の割合は71.8%に上った(図表1)。この背景として、同年4月より施行された「成人年齢引き下げ」が挙げられる。これは、未成年者契約取消権が適用できなくなることで、18歳や19歳による契約トラブルが増加するとして、消費者教育の観点からも金融経済リテラシーの重要性がクローズアップされたことに起因する。
一方で、実際に金融教育を受けたことがある人は7.1%に過ぎず、逆に75.7%が「学校等では金融教育を受けた経験がない」と答えており(図表2)、金融経済教育へのニーズに学校教育の実態が追い付いていない現状が浮き彫りとなっている。


こうした状況を踏まえ、金融経済教育を受けたことがある人の割合について、政府は2028年度末を目途に米国と同じ水準の20%に引き上げる方針を示しており(注3)、その実現を目指して前述の金融経済教育推進機構は設立されたのである。
2.「新学習指導要領」に盛り込まれた金融経済教育とは
それでは、学校教育ではどのような金融経済教育が求められているのだろうか。中学校及び高等学校の学習指導要領と学習指導要領解説(各教科編)から考えてみる。
学習指導要領とは、全国どこの学校でも一定の水準が保てるように文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)の基準であり、約10年に1度改訂されてきた(注4)。学習指導要領の最新改訂(以下、新学習指導要領)は、中学校が2017年告示・2021年実施、高等学校が2018年告示・2022年実施となっている。
中学校の社会科における金融経済教育について、新学習指導要領では前回改訂の記述と比べても大差がないと指摘されている(注5)。一方で、家庭科ではキャッシュレス化やインターネットを通じた通信販売などの無店舗販売を取り上げたり、従来は高校段階での扱いだった三者間契約としてのクレジット契約も盛り込まれるなど(注6)、金融経済教育に関する記述が拡充された。
高等学校の公民科は、旧学習指導要領では「現代社会」として、主に金融の意義・役割の理解や金融市場及び中央銀行の役割などの理解が重視されていた。しかし、新学習指導要領では「現代社会」が新科目「公共」に再編されたこともあり、ビッグデータや人工知能などを活用した金融サービスを提供する動き、キャッシュレス社会の進行、仮想通貨など多様な支払・決済手段の普及、様々な金融商品を活用した資産運用に伴うリスクとリターンなど、具体的で幅広い内容となった。さらに家庭科では、リスク管理を踏まえた家計管理を含め、生涯を見通した経済計画として、教育や老後の資金、基本的な金融商品の特徴などの資産形成の視点も必要とされている(注7)。
まさに、「ファイナンシャル・ウェルビーイング」の重要性が強調された新学習指導要領であるが、問題は学校教員がそれに応じた実践的な授業を担うことができるのかということだ。日本証券業協会が事務局を務める「金融経済教育を推進する研究会」が2023年に実施した高校教員向けの調査によると、金融経済教育を授業で扱う上で半数以上の教員が挙げている課題として、「授業時間数が足りない」や「教える側の専門知識が不足している」、「生徒にとって理解が難しい」などがある(図表3)。

3.金融経済教育の先進的な学校現場から
実際、学校ではどのように金融経済教育に取り組んでいるのだろうか。ここでは、先進的な金融教育と経済教育を展開している2つの事例を紹介する。
まず、金融教育として、投資について生徒が学ぶ「投資部」を設置しているN高等学校・S高等学校(以下、N/S高)である。N/S高は私立通信制高校で、2016年にN高、2021年にS高がそれぞれ開校した。両校は本校の所在地やスクーリングの会場・日程などが異なるが、コース内容やカリキュラムなどは同じである(注8)。N/S高で、高校生の時期から株式投資に挑戦することで、社会や経済の仕組みを実践的に学ぶ部活として、2019年度に設立されたのが「投資部」である(注9)。最初に、部員は運用資金として20万円を渡され、「東京証券取引所上場銘柄」の株を運用することになっている。その後、投資家・企業からの投資や統計に関する講義・フィードバックなどを受ける。運用の結果、最終結果報告月に利益が出た場合は利益額を受け取れる一方、損失が出た場合は損失額を返す必要はない、とされている(注10)。まさに生徒が「お金の増やし方」を実践的に学ぶことができる金融教育であり、新学習指導要領の実施前から取り組まれている先進事例といえる。
金融機関に勤めていた経験があるN/S高投資部の担当者によると、「近年はNISAなどの影響で保護者や生徒の投資に対する関心が高まっていることもあり、投資部への応募人数は大幅に増加している」という。同部では、授業ではなく部活動(特別活動)の特徴を生かし、教職員が生徒を一方的に指導するのではなく、生徒の自主性を尊重しつつ教職員も共に学んでいく姿勢を大切にしている。生徒は、投資に関する様々な外部講師のアドバイスや書籍などを参考にしつつ、主体的に損益の背景を探究することを通じて、卒業後も投資に意欲をもつ傾向にあるとのことである(注11)。
次に、経済教育の事例として、生徒が地域の商品や学校の不要備品などをEC(Electronic Commerce)サイトで販売している熊本市立千原台高等学校(以下、千原台高)を取り上げる。千原台高は開校67周年の全日制公立高校で、現在は情報ビジネス探究科と健康スポーツ探究科が設置されている(注12)。このうち、情報ビジネス探究科(旧・情報科)で2019年度より実施されているのが、ECサイト運営会社と連携したプロジェクト型学習(Project Based Learning、以下PBL)である。この会社は「循環型社会の実現」を目的に、生徒が授業や特別活動の一環でECサイトを活用して様々な商品や物品を販売するPBLを支援している。千原台高では販売実習として地域物産を対象にした「千原台マーケット」を実施していたが、ECサイト運営会社との連携により、オンライン販売を取り入れることで売り上げを伸ばしたり、生徒たちの提案をもとに校内で不要となった跳び箱やユニホームなどを販売する試みを行った(注13)。
この取組みを千原台高に導入した当初から講師を務めているECサイト運営会社の担当者によると、「ECサイトを活用した授業実践は学校現場にとって不慣れだったと思うが、民間企業が協力するプロジェクト型学習の意義について、教育委員会・学校長・担当教員が十分に理解しようとした姿勢が継続的な実施に繋がっている」という。また、前述の「金融経済教育を推進する研究会」による調査で、高校教員の約半数が「教える側の専門知識が不足している」と答えたことを踏まえ、この担当者は千原台高以外にも全国で多くの教員や高校生と関わるなかで、「教員に求められるのは金融や経済の専門的知見ではなく、難しいことを理解しようとする生徒たちの姿勢や意見をファシリテートする力ではないか」と指摘している(注14)。
4.全国的な金融経済教育の充実に向けて
本稿で取り上げた2つの事例の他にも、様々な学校や自治体で金融経済教育への試行錯誤が行われている(注15)。また、金融経済教育に対する社会的ニーズの高まりを受けて、独自に教材を開発し学校に提供する企業も増えている(注16)。もちろん、教員だけで完結する金融経済教育の授業や特別活動を行っている学校も多いだろう。ただ、新学習指導要領に明記された金融経済教育には実践的な内容も含まれていることから、教員にとって企業や投資家、有識者など外部講師の協力が欠かせないのではないか。
冒頭に述べたように、2024年4月に設立されたJ-FLECは8月より本格的に稼働する。J-FLECでは、特定の金融商品や事業者に偏らずに資産形成などに関わるアドバイザー制度を新設する他、学校などへの講師派遣といった事業も始める(注17)。国公私立にかかわらず、どの学校においても同様の金融経済教育を受けられるようになることは重要だが、一方で学校や生徒には特徴があり、それぞれに対応した授業プログラムを構築することもまた大切である。そのためには、学校側とJ-FLECから派遣されるアドバイザーが授業内容について十分に連携し、丁寧なプロセスを経て練り上げることが求められている。そのアドバイザーが学校で単発の講演会を行うだけでは、実践的に金融経済を学ぶことに繋がらない恐れもある。前述のN/S高や千原台高のように、生徒が金融経済教育について主体的かつ自分事として捉えられるプログラムを継続的に実施することが肝要だ。
本稿のタイトルにある「お金を投資し稼ぐ高校生」という考え方について、現段階では疑問をもつ人もいるだろう。しかし、前述のとおり、成人年齢引き下げなどにより、金融経済教育に対する社会的なニーズが高まる中で、学校でも家庭でも、また子どもでも大人でも、「お金を投資すること」や「お金を稼ぐこと」などへの実践的な学びは不可欠である。先進的な事例を参考にしつつ、それぞれの生徒や学校、家庭に合った金融経済教育のあり方を模索するべきではないだろうか。
【注釈】
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同上
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西村隆男「学校教育における金融経済教育の可能性」季刊個人金融 2023年
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同上
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同上
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同上
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N/S高投資部の担当者に対して、2024年7月25日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。
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千原台高で実施している教育プログラムで講師を務めるECサイト運営会社の担当者に対して、2024年7月22日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。
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2018~2019年度に筆者が座長を務めた神奈川県教育委員会の「シチズンシップ教育推進プロジェクト」会議では、県立高等学校などにおける指導用参考資料を改訂した際、「経済に関する教育」として金融教育が盛り込まれた。
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消費者教育・金融保険教育教材「ライフサイクルゲームⅢ~生涯設計のススメ~」|お役立ち・お楽しみ情報|第一生命保険株式会社 (dai-ichi-life.co.jp)
【参考文献】
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文部科学省 中学校学習指導要領(平成29年告示)解説
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文部科学省 高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説
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N/S高投資部 『読んだら一生お金に困らない N/S高投資部の教科書』東洋経済新報社 2021年
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第一生命経済研究所 『ライフデザイン白書2024 ウェルビーイングを実現するライフデザイン』東洋経済新報社 2023年
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教育の未来を研究する会編 『最新教育動向2024』明治図書 2023年
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家森信善「我が国における金融経済教育の現状と今後の課題」季刊個人金融 2024年
西野 偉彦
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

