よりよい未来をつくる主権者になろう!(全3巻) よりよい未来をつくる主権者になろう!(全3巻)

子ども・若者のウェルビーイングを向上させる「シティズンシップ教育」とは

~社会に参画し課題解決する力を育むために~

西野 偉彦

目次

1.シティズンシップ教育とは何か

2023年5月に開催されたG7富山・金沢教育大臣会合に向けて、日本Well-being計画推進特命委員会が政府に提出した第6次提言に、次のような一文が含まれている。「シティズンシップ教育を通じた社会参加型の活動を通じて子供たちのWell-beingを高めること」(注1)。日常的に教育分野の実践や研究に携わる人を除いて、シティズンシップ教育は耳慣れない言葉だろう。しかし、海外では学校のカリキュラムに組み込まれている国が多いほか、近年ではAI・ICTの発達に伴う「デジタル・シティズンシップ」が脚光を浴びるなど、これからの教育とウェルビーイングを考えるうえで重要なキーワードの1つになっている。

シティズンシップ教育とは、市民として社会に積極的に参加する知識や能力を身に付ける教育である。イギリスでは2002年に初等中等教育のカリキュラムに導入された。社会的・道徳的責任、コミュニティへの関与、政治的リテラシーの3つで構成され、後にアイデンティティと多様性が加わった(注2)。具体的には、「生徒たちは、始めから、教室の中だけでなく教室を出て、また先生たちと議論するだけでなく生徒同士お互いに議論し合って、自信を身に付け、社会的および道徳的に責任のある行為を学ぶ」ものとされている(注3)。また、ドイツでは、政治的リテラシーがより重視された教育内容が学校で行われている。その背景には、民主的な体制からナチズムが生まれたという歴史を踏まえ、「戦後民主主義を守り、改善していかなければならない」という規範に基づく。こうした取組みは、欧米各国によって内容や名称に違いはあるものの、民主主義社会には不可欠な教育プログラムとして長年にわたり導入されてきた。

2.日本におけるシティズンシップ教育の展開

わが国におけるシティズンシップ教育は、2006年に経済産業省が「シティズンシップ教育推進宣言」を公表したことで注目されるようになった。同年には、東京都品川区が区立小中学校で道徳・特別活動(学級活動)・総合的な学習の時間を統合した「市民科」を創設している。その内容として、①個にかかわる「自己管理」、②個と集団・社会をつなぐ「人間関係形成」「自治的活動」、③社会にかかわる「文化創造」「将来設計」の3段階5領域が設定されている(注4)。2011年からは、神奈川県の県立高等学校および中等教育学校でシティズンシップ教育が導入され、育成したい能力・態度として「責任ある社会的な行動」「地域社会への積極的な参加」「社会や経済の仕組みについての理解と諸問題の解決」が掲げられた(注5)。その中に政治参加教育・司法参加教育・消費者教育・道徳教育を4本柱として位置づけ、高校生が模擬投票や模擬裁判等に取り組んできた。

その後、2015年の公職選挙法改正(選挙権年齢の引き下げ)に伴い、「国や社会の問題を自分のこととして捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく新しい主権者像が求められている」として(注6)、文部科学省と総務省が中心となり「主権者教育」を全国的に推進することとなった。さらに、学習指導要領の改訂で2022年より高等学校に新科目「公共」が導入されたことにより、シティズンシップ教育の概念は徐々に国内の教育現場に広がりつつある。

3.ウェルビーイングとシティズンシップ教育の関わり

このような状況にもかかわらず、なぜ最近になって改めてシティズンシップ教育を盛り込んだ提言が政府に提出されたのか。それは、若い世代のウェルビーイングの向上にシティズンシップ教育が資するとみられているからである。

ウェルビーイングとは、その人が「幸せで満ち足りた状態」であり(注7)、仕事・家庭・余暇・生活等の人生のすべてにわたり長期的かつ持続的に必要な視点とされている。教育とも密接に関わっており、経済協力開発機構(OECD)は「教育の目的は、個人のウェルビーイングと社会のウェルビーイングの2つを実現することである」と定義している(注8)。

日本においては、2023年6月に閣議決定された第4期教育振興基本計画で、コンセプトの1つに「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が明記された。特に、個人の能力や状態に基づくウェルビーイングを重視する欧米に比べると、日本では「『調和と協調(Balance and Harmony)』に基づくウェルビーイングの考え方」が必要とされている(注9)。その要素として「幸福感(現在と将来、自分と周りの他者)」「学校や地域でのつながり」「協働性」「利他性」「多様性への理解」「サポートを受けられる環境」「社会貢献意識」「自己肯定感」「自己実現(達成感、キャリア意識など)」「心身の健康」「安全・安心な環境」などが挙げられる(注10)。

こうした文脈のなかで、「誰もが地域や社会とのつながりや国際的なつながりを持つことができるような教育」(注11)の推進が求められており、市民として社会に積極的に参加する知識や能力を身につける「シティズンシップ教育」が改めてクローズアップされたのである。

4.「社会への参加意欲と諦観」を合わせ持つ若い世代

実際、子ども・若者は「社会に積極的に参加すること」についてどのような意識をもっているのだろうか。内閣府による調査から、子ども・若者の社会貢献への意欲(「社会のために役立つことをしたい」)をみると、10歳~14歳では「そう思う」「どちらかといえば、そう思う」が合わせて9割近く、15歳~39歳でも合わせて8割以上となっており、全般的に高い傾向となっている(図表1)。

また、日本財団が対象年齢を限定して2018年から多様なテーマで実施している「18歳意識調査」では、アメリカやイギリス等の諸外国に比べると低い水準にあるとはいえ、6割以上が「国や社会に役立つことをしたいと思う」と答えている(注12)。一方、同調査によると「自分の行動で国や社会を変えられる」と回答した18歳の割合は5割を切っており、若い世代には「社会に貢献したいが社会を変える力はない」という、社会に対する参加意欲と諦観が混在する意識が潜んでいるようだ。

「社会を変えられる」というのは、言い換えれば「社会課題を解決できる」ということである。人口減少や財政、安全保障といった国家レベルの政策課題に限らず、子育てや働き方、まちづくりなど日常生活に関わる問題も山積しているのが今日の日本の状況だ。私たち市民は「『調和と協調』に基づくウェルビーイングの考え方」を尊重しつつ、心身ともに豊かな社会生活を営むうえで必要な課題解決に取り組む力も求められている。その意味で、ウェルビーイング時代のシティズンシップ教育では、子ども・若者が積極的に社会参加する意欲と能力を身に付けることだけではなく、「必要に応じて社会を変えられる力」を育むことも重要になるのではないか。

5.自分のこととして「社会におけるウェルビーイング」を考えるために

どのようにして、子ども・若者は「必要に応じて社会を変えられる力」を身に付ければよいのだろうか。前述の「18歳意識調査」で、日本に比べて欧米諸国で「自分の行動で国や社会を変えられる」と答えた割合が高い傾向にある背景には、子どもの頃から「身近な社会の意思決定(社会参画)」に関わる経験を積んでいることがある。たとえば、ドイツでは新設される公園づくりに子どもが大人とともに関わったり、通学する学校の校庭に設置する遊具の検討に小学生が携わることができる制度を設けている自治体がある。子ども・若者は年齢が低い段階から、日々の生活に関係することがどのように決められていくのかを知る機会を得ると同時に、その決定プロセスに関わる経験を通じて「自分の行動が社会を変える力をもつ」ことを実感できるのである。

日本では近年、校則見直しが初等中等教育におけるトピックの1つとなっており、「ルールメイキング」などの名称で全国的に拡大しつつある。学校は子ども・若者にとって最も身近な社会であり、生徒会活動などを通じて意思決定のプロセスに関わる経験を多く積むことができる環境であるべきだ。2023年4月に設置されたこども家庭庁では、「こどもまんなか社会」の実現に向けて、子ども・若者の意見を政策に反映する仕組みを検討しており、こうした流れはさらに加速していくだろう。

子ども・若者が「必要に応じて社会を変える力」を身に付け、自らの意思でより良い社会づくりをしようとしたとき、「社会におけるウェルビーイング」がまた一つ前進するのではないだろうか。

【注釈】

  1. 日本Well-being計画推進特命委員会は、2022年10月に「令和5年度G7教育大臣会合に向けた文部科学省への提言」として7つの取組みを示し、その中にシティズンシップ教育の推進を明記した。

  2. 文部科学省「子どもの徳育に関する懇談会(第5回)」議事要旨

  3. キース・フォークス著 中川雄一郎訳『シチズンシップ 自治・権利・責任・参加』日本経済評論社 2011年

  4. 品川区「市民科教科書」。その他に、初等中等教育におけるシティズンシップ教育の先駆的な事例はお茶の水女子大学附属小学校で、社会科を「市民」という学習領域に再設定し全科目を通じて実施した。

  5. 文部科学省における資料:神奈川県教育委員会「神奈川県立高等学校等におけるシチズンシップ教育の取組について」。その後、同委員会では2018年に「シチズンシップ教育推進プロジェクト」会議を設置し、教員向けの指導用参考資料を改訂した。なお、2016年度には「小・中学校における政治的教養を育む教育」についても検討会議を立ち上げ、翌年度より県内市町村の協力を得て実践を進めている。

  6. 総務省「常時啓発事業のあり方等研究会」最終報告書

  7. 第一生命経済研究所『ライフデザイン白書2024 ウェルビーイングを実現するライフデザイン』東洋経済新報社 2023年

  8. OECD 「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030 コンセプト・ノート」

  9. ウェルビーイングレポート日本版2024 教育×ウェルビーイング

  10. 同上

  11. 同上

  12. 公益財団法人日本財団 第62回18歳意識調査「国や社会に対する意識(6か国調査)」

【参考文献】

  • 近藤孝弘『ドイツの政治教育 成熟した民主社会への課題』岩波書店 2005年

  • 小川正人,品川区教育政策研究会『検証 教育改革-品川区の学校選択制・学校評価・学力定着度調査・小中一貫教育・市民科』教育出版 2009年

  • 神奈川県,慶應義塾大学『自治体の政策刷新効果と地域力』ぎょうせい 2011年

  • バーナード・クリック著,関口正司監訳『シティズンシップ教育論』 法政大学出版局 2011年

  • 小串聡彦,小林庸平,西野偉彦,特定非営利活動法人Rights「ドイツの子ども・若者参画のいま」2015年

  • バーナード・クリック著 長沼豊,大久保正弘編著『社会を変える教育 Citizenship Education~英国のシティズンシップ教育とクリック・レポートから~』キーステージ21 2012年

  • 杉浦真理『シティズンシップ教育のすすめ 市民を育てる社会科・公民科授業論』法律文化社 2013年

  • 文部科学省,総務省「私たちが拓く日本の未来-有権者として求められる力を身に付けるために」(教師用指導資料)2015年

  • 唐木清志,岡田泰孝,杉浦真理,川中大輔 監修 J-CEF編『シティズンシップ教育で創る学校の未来』東洋館出版社 2015年

西野 偉彦


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。