ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

「高校」再生は、地方創生の鍵(1)

~加速する、高校の「魅力化」「特色化」への動き~

稲垣 円

目次

人口減少、少子高齢化が進む日本では、特に地方郡部でその影響が人口流出や過疎化という姿でいち早く現れ、地域社会の維持が課題となってきた。

文部科学省「学校基本調査」によれば、2021年度の高校進学率は98%を超えており(通信制を含めた進学率は98.8%)、この高い水準が長年維持されている(注1)。一方で、人口減少に伴って高校生年代の人口も減少し、地方郡部では廃校となる高校も少なくない。図表1でも分かるように1990年代後半から高校の再編整備が本格的に進み、いわゆる平成の大合併(1999年~2010年)とほぼ同時期に大きく減少している。  

図表1
図表1

1. 地域に高校がなくなることで、何が起きるのか

では、地域に高校がなくなることで、何が起こるのだろうか。

まず、高校進学によってそれまで暮らした地域を離れる生徒が多くなる。自宅から通学が出来る距離であれば良いが、遠方だと下宿することも視野に入れなければならない。しかし、仕送りなど支援する余力のない家庭だと、世帯ごと高校のある地域へ引っ越すことを決断するかもしれない。このように、高校が存在しない、もしくは統廃合によって高校が無くなってしまった地域は、子どもを持つ家族にとって、子どもを産み育てるまちという選択肢に入らなくなる。子育てできる環境でなければ、かつて自分が育った懐かしいふるさとであっても、また地方暮らしに関心があったとしても、家族を連れてU・Iターンするという発想には至らない。そうした結果、ますます人口減少・少子高齢化、過疎化に歯止めがかからなくなる。当然、地域の文化や産業も衰退してゆく。

この負のスパイラルは、小中学校でも同様に起こりうるが、特に高等学校段階は、将来の人生の選択を考える重要な時である。この時期にどういった形やタイミングであれ、「この地域に住み続けたい」「いずれは帰ってきたい」「この地域で働きたい」と思う人材を育成していくかは、地域の将来を大きく左右することになる。 

2. 「高校魅力化」という流れ

こうした中で、学校と地域が相互に資源を利活用することによる地域活性化と魅力ある高校づくりを「魅力化」と称し、「地域の特色を生かした教育(高校魅力化プロジェクト)」を展開することにより、地域内外からの進学者の増加、そして地域活性化成功への糸口を見つけた例が生まれている。その発端となったのが、島根県の沖合60kmにある隠岐諸島の島前(どうぜん)地域(西ノ島町・海士町・知夫村)にある唯一の高校である、隠岐島前高校だ(注2)。

今から十数年前、島前地域の若者の多くは中学卒業後、進学や就職のために都市部へ流出し、慢性的な人口減少、超少子高齢地域となっていた。1998年ごろに約70 人いた高校の新入生は、2009年には半分以下の28人に減少し、統廃合の危機に直面していた。この状況に対して島前3町村が「魅力的な学校をつくる」として始めたのが「島前高校魅力化プロジェクト」だ。学校・行政・地域住民が協働し、専門家と共にカリキュラムを考え、日本各地から入学者を募る「島留学」制度や地域課題に取り組む課題解決型の「探究学習」(教師が立てた問いを生徒たちが正解を探すのではなく、自分自身で問いを立てて、それに対して答えていくことで学習を進めていく方法)を構築した。また、教育現場の第一線で活動していた若者を講師として迎え、学校・地域連携型の「公営塾」の設立や、集団生活の中での人間性や社会性を育むことを目指した「教育寮」の設置など、独自の取り組みを進めた。

地域と学校が協働した結果として、地元中学から島前高校への進学率が向上し、さらに「島前高校に入学させたい」と小学生や中学生を連れて域外から教育移住する家族も出るなど、教育を通じた移住定住施策としての効果が表れている(注3)。

3. 地域との連携・協働、「社会に開かれた教育」への希求

この流れを受け、2015年に文部科学省に設置されている中央教育審議会の答申「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について」において、「高等学校において広く地域や社会の意向を反映することは、学校運営の改善につながり、学校の個性化や特色づくりに資するものである」として、地域の課題解決、地域活性化に資することへの期待が記載された(注4)。また、2016年に策定された「『次世代の学校・地域』創生プラン」(注5)では、「地域とともにある学校」への転換、学校・家庭及び地域が相互に協力し、地域全体で学びを展開していく「子供も大人も学び合い育ち合う教育体制」の構築、「学校を核とした地域づくり」の推進が掲げられた。そこには、学校との連絡調整を担うコーディネーターの設置についても言及されている。

さらに2014年9月から政府が進めてきた地方創生(東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的とした一連の政策)の政策である「まち・ひと・しごと創生総合戦略」においても、2018年以降、「高等学校は、地域人材の育成において極めて重要な役割を担う」として、高等学校を活用した地方創生の推進を打ち出している(注6)。そして、2022年度からの新学習指導要領の実施(小学校は2020年度、中学校は2021年度から開始)にあたっては、「社会に開かれた教育課程」(「よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創る」という目標を学校と社会が共有し、連携・協働しながら新しい時代に求められる資質・能力を子供たちに育むことを目指す理念。注7参照)の理念が打ち出され、その実現のための要点の1つに、「地域との連携・協働の実現」が強調されている。

これらの一連の動きから言えることは、地域と学校が連携・協働して「地域の特色を生かした教育」を行うことが、若者への教育効果もさることながら、地域の存続にも欠かすことができないものとして、位置づけられたということである。

先の島前高校の成功を受けて、島根県では2011年度(平成23年度)から「離島・中山間地域での高校魅力化・活性化事業」が開始され、その後同様の取り組みが全国に広がっている。では、実際に取り組んだ自治体や高校はどのような施策を展開し、その結果、地域はどのように変化し、そしてその先に何を見出したのだろうか。

次稿では、実際に2011年度から「魅力化事業」を導入している島根県津和野町に所在する津和野高等学校の取り組みについて紹介し、高校と地域との連携の実態、地域への影響や課題点、さらに魅力化事業から発展した新たな挑戦について解説する。

【注釈】

  1. 進学率は、1974年(昭和49年)度に90%を超える。1975年(昭和50年)度の高等学校への進学率を見ると、91.9%となっている。1960年(昭和35年)度の57.7%と比べると34.2%ポイントも上昇しており、この時期に高等学校への進学が一般的となった。
  2. 隠岐島前教育魅力化プロジェクト」 より
  3. 地元中学から島前高校への進学率が45%(2007年)から77%(2015年)へと増加。子どもたちの地域外流出が抑制されている。
  4. 文部科学省「『新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について(答申(案))』」第2章これからのコミュニティ・スクールの在り方と総合的な推進方策について、第2節.2.(3)幼稚園、高等学校、特別支援学校の特性を踏まえた在り方
  5. 1 億総活躍社会の実現と地方創生の推進のため,学校と地域が一体となって地域創生に取り組めるよう、中央教育審議会が平成 27 年 12 月 21 日にとりまとめた三つの答申の内容の具体化を強力に推進するべく策定された。
  6. 2020年度(令和2年度)からは、「高校生の地域留学推進のための高校魅力化支援事業」として、将来的な関係人口の創出・拡大を目指し、高等学校段階における「地域留学」を推進するため、全国から高校生が集まるような高等学校の魅力化に取り組む地方公共団体への支援として、補助金の交付を行っている。
  7. 学習指導要領(平成29・30・31年改訂)の前文に次のように示されている。
教育課程を通して、これからの時代に求められる教育を実現していくためには、よりよい学校教育を通してよりよい社会を創るという理念を学校と社会とが共有し、それぞれの学校において、必要な学習内容をどのように学び、どのような資質・能力を身に付けられるようにするのかを教育課程において明確にしながら、社会との連携及び協働によりその実現を図っていくという、社会に開かれた教育課程の実現が重要となる。
また、「社会に開かれた教育課程」の実現のための重要な要点として以下が挙げられている。
① 社会や世界の状況を幅広く視野に入れ、よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を持ち、教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと。
② これからの社会を創り出していく子供たちが、社会や世界に向き合い関わり合い、自分の人生を切り拓いていくために求められる資質・能力とは何かを、教育課程において明確化し育んでいくこと。
③ 教育課程の実施に当たって、地域の人的・物的資源を活用したり、放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図ったりし、学校教育を学校内に閉じずに、その目指すところを社会と共有・連携しながら実現させること。

【参考資料】

稲垣 円


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