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キーワードで紐解く「経済安全保障」

~戦略的自律性と戦略的不可欠性など~

石附 賢実

要旨
  • 岸田政権は経済安全保障を成長戦略の柱の一つと位置づけ、次期通常国会にて経済安全保障法制の整備を目指している。
  • 自由民主党は経済安全保障を「わが国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義している。
  • 一般には馴染みの薄い経済安全保障について、関連するキーワードを概観する。
    ✓ 国家安全保障戦略と経済安全保障法制
    ✓ 戦略的自律性と戦略的不可欠性
    ✓ 基本的価値観やルールに基づく国際秩序の維持・強化
     ・ CPTPPとRCEP
     ・ G7、QUADとAUKUS
    ✓ 法制上の手当の優先取組分野
     ・ サプライチェーン、基幹インフラ、官民技術協力、特許非公開
  • 法制化については、経済活動を過度に阻害しない仕組み作りとともに議論を前に進めるべき。
  • 長期的には経済力やイノベーション力という武器を持つことが経済安全保障の要諦。イノベーションの常態化が、わが国の自律性を担保するとともに強い抑止力にもなる。
  • 教育、産学官連携、研究開発、起業などを高度化・促進する政策、投資や規制改革を政府が民間とともに強力に推し進めていけるかどうかが、将来の経済安全保障情勢、ひいては国力を左右することになるだろう。
目次

1. 岸田政権下で加速する経済安全保障を巡る議論

岸田政権では経済安全保障を成長戦略の柱の一つと位置づけ、2021年10月に新たに経済安全保障担当大臣を置き、同11月には経済安全保障推進会議、経済安全保障法制準備室、同法制に関する有識者会議を立ち上げた。また、次期通常国会にて経済安全保障法制の整備を目指している。

自由民主党は2020年12月に取りまとめた「『経済安全保障戦略の策定』に向けて」の中で、経済安全保障を「わが国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義している。一般には馴染みの薄い経済安全保障について、関連するキーワードを概観することを通じてその論点を整理したい。

2.経済安全保障に関わるキーワード

(1)国家安全保障戦略と経済安全保障法制~「戦略」と「法制」の同時並行的な検討

岸田首相は就任直後の所信表明演説で「経済安全保障法制」を次期通常国会に提出することを表明している。一方で、現状、日本の「国家安全保障戦略」(注1)には「経済安全保障」という文言は見当たらない。例えば、米国の同戦略では、経済安全保障について以下の通り言及している。

  • アメリカ国民、特に労働者世帯を国家安全保障戦略の中心に据えるという約束を果たすためには、今日の世界では経済安全保障が国家の安全保障であるという基本的な真実を、私たちの政策に反映させなければならない(2021年3月、The White House, Interim National Security Strategic Guidanceより筆者和訳)。

政権がより丁寧に対応するのであれば、国民的な議論を醸成していくためにも、まずは経済安全保障を含む日本の新しい安全保障戦略を練り上げ、国家安全保障戦略に落とし込んだ上で法制を整備していくということになろう。実際、岸田首相は、経済安全保障を含む新たな国家安全保障戦略を概ね1年をかけて策定することを表明している。一方で、安全保障には緊急性が高い課題が当然に存在するとともに、比較的進めやすい課題と慎重に進めるべき機微な課題が混在している。政府において「戦略」と「法制」が同時並行的に検討され、優先度が高い課題については国家安全保障戦略への落とし込みを待たずに法制化が進められる、このような文脈で次期通常国会での議論を理解する必要がある。

(2)戦略的自律性と戦略的不可欠性

政権の経済安全保障をめぐる議論を理解する上で押さえておくべき概念として、戦略的自律性と戦略的不可欠性が挙げられる。先述の自民党「『経済安全保障戦略策定』に向けて」では、以下の通り定義されている。

  • 戦略的自律性とは、わが国の国民生活および社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強靭化することにより、いかなる状況の下でも他国に過度に依存することなく、国民生活と正常な経済運営というわが国の安全保障の目的を実現すること

  • 戦略的不可欠性とは、国際社会全体の産業構造の中で、わが国の存在が国際社会にとって不可欠であるような分野を戦略的に拡大していくことにより、わが国の長期的・持続的な繁栄及び国家安全保障を確保すること

他国の経済安全保障戦略を読み解いても、この2つの概念に違和感はないだろう。例えば中国では、2020年10月の中国共産党第19期五中全会において、「内需主導の経済構造への転換を含め、経済の自己完結性を高めていく必要性や、外国の圧力に影響されないサプライチェーンの構築、科学技術などでの『自立』『自強』、『国家経済の安全の確保』などを強調した」(令和3年度版外交青書)とされる。これは、上記の戦略的自律性と親和性が高い議論である。また、2020年10月に発行された中国共産党機関紙「求是」には「全世界の資源を引き付け、国際的な産業チェーンを中国との依存関係に引き付けておくこと」(同)との習近平総書記の講話が掲載されており、こちらは戦略的不可欠性との親和性が高い議論である。

自民党「『経済安全保障戦略策定』に向けて」に掲載された重点的取組課題は16ある(資料1)。インフラやイノベーションなど、戦略的自律性と戦略的不可欠性とに綺麗に分けられない、双方の観点が絡み合っている課題も多いことが分かる。

資料 1 自由民主党「『経済安全保障戦略策定』に向けて」掲載の重点課題
資料 1 自由民主党「『経済安全保障戦略策定』に向けて」掲載の重点課題

(3)基本的価値観やルールに基づく国際秩序の維持・強化

2021年11月26日に「経済安全保障法制に関する有識者会議」が開催された。内閣官房経済安全保障法制準備室から示された資料には、「経済安全保障の推進に向けた目標」に関して、「戦略的自律性」、「戦略的不可欠性」とともに第3の目標として「基本的価値観やルールに基づく国際秩序の維持・強化」が加えられた。これは、戦略的自律性と戦略的不可欠性が、そもそも他国との関係において日本が目指すべき姿を整理している(他国に依存しない・他国に依存される)概念であり、「基本的価値観やルールに基づく国際秩序の維持・強化」が戦略的自律性・不可欠性いずれにも決定的な影響を与える重要な環境前提となるためであろう。本章では、上記国際秩序の維持・強化に向けて重要なツールや枠組みである「自由貿易協定(FTA)」と「基本的価値観を共有する国家グループの枠組み」を概観する。  

(a)自由貿易協定の事例(CPTPPとRCEP)

CPTPPとRCEPはいずれも日本が参加するメガFTA(多数国が参加する規模の大きいFTA)である(資料2)が、国際政治における意味合いはそれぞれの成り立ちや内容からもかなり異なると言える。

CPTPP(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership、環太平洋パートナーシップに関する包括的かつ先進的な協定)は世界でも先進的で自由化度の高い自由貿易協定とされる。元を辿れば、米国はオバマ政権の下で中国に対する通商政策上の包囲網を構築する意図も持ちつつ、米国を含む12か国でTPP(CPTPPの前身、環太平洋経済パートナーシップ協定)交渉が進められた。2016年2月には協定署名に至るも、自国第一主義を掲げるトランプ政権の誕生で米国は離脱することとなり、残る11か国で2018年3月、改めてCPTPPとして署名にこぎつけた。

RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership)はASEAN+6(日中韓豪印ニュージーランド)の枠組みで交渉が進められた。経緯を辿ると、2011年8月にASEAN+3(日中韓)とASEAN+6双方に関する作業部会の設立を日中共同でASEAN側に提案し、2012年11月のASEAN首脳会議にてRCEP交渉の立ち上げが宣言されたものであり、中国が主体的に関与して交渉が開始されたことが伺える。最終的にインドは離脱したものの、2020年11月にRCEP協定が署名された。RCEPは政治体制や発展段階の異なる国々への配慮もなされ、総じて自由化度は先進的なFTAより低いとされる。

2021年9月、中国と台湾が相次いでCPTPPへの加盟を申請した。米国が中国包囲網の意図をも持っていた先進的な枠組みに、米国離脱後に中国が加盟申請したことは、これまでの米国を中心とした自由で開かれた国際秩序への挑戦と受け止める向きもある。

資料 2 CPTPP と RCEP 参加国
資料 2 CPTPP と RCEP 参加国

(b)基本的価値観を共有する国家グループの枠組み(G7、QUADとAUKUS)

自由、民主主義、人権、法に基づく支配といった基本的価値観を共有するlike-minded(志を同じくする)な国家グループの枠組みはいくつか存在する。代表的なものはG7で、1973年にG5としてスタートして以降、今日に至るまで継続的に首脳・閣僚級会合が開催されている。

昨今、中国の台頭に伴い様々な新しい枠組みが生まれている。日米豪印4か国のQUADは、第一次安倍政権時に日本が戦略的対話を呼びかけたのが始まりとされ、2021年3月にはバイデン大統領主導で初となる首脳協議が実現した。AUKUSは2021年9月に米英が豪州の原子力潜水艦配備の支援を表明したことに端を発した3か国の安全保障協力枠組みであり、サイバーやAIなどの分野における協力も推進するとされる。

資料3の通り、日米は基本的価値観を共有する国家グループの中核をなしており、日本はAUKUSを除くグループに含まれている。経済規模で世界1位・3位に位置する日米が、基本的価値観に基づく国際秩序を維持するために、こうした枠組みを通じてリーダーシップを発揮していくことが期待される。

資料 3 基本的価値観を共有する国家グループの枠組み
資料 3 基本的価値観を共有する国家グループの枠組み

なお、G20については、G7に加えて中露などが含まれ、like-mindedなグループとは言い難い。新興国の台頭により相対的にG20の国際秩序への影響力が増しており、基本的価値観を共有するlike-mindedな国際機関であるOECD(経済協力開発機構)等も活用したG20への関与の重要性が高まっている。

(4)法制上の優先取組分野~サプライチェーン、基幹インフラ、官民技術協力、特許非公開

2021年11月26日に開催された経済安全保障法制に関する有識者会議において、内閣官房の経済安全保障法制準備室から「今後取組を強化する上で、法制上の手当を講ずることによりまず取り組むべき分野」として、①サプライチェーン、②基幹インフラ、③官民技術協力、④特許非公開が提示されている。

資料 4 法制上の手当を講ずることによりまず取り組むべきとされている分野
資料 4 法制上の手当を講ずることによりまず取り組むべきとされている分野

政権は2022年1月に会期が始まる見通しの次期通常国会にて経済安全保障法制を議論するとしており、時間的猶予に鑑みれば、まずはこの4点を優先するということになるだろう。先述の通り明確に区分することは難しいものの、①サプライチェーンと②基幹インフラは「戦略的自律性」、③官民技術協力と④特許非公開は「戦略的不可欠性」との関係が深いものと整理できる。

①と②は市場メカニズムに委ねずに立地や受注企業など政府が何等かの制約や誘導を企図するものと考えられ、自由な経済活動を過度に阻害しない仕組み作りが必要となる。

③と④は中国など「基本的価値観を共有しない」相手に技術が流出しないことを念頭に置いているものと思われる。「攻め」とも言える「戦略的不可欠性」に関して、技術流出防止の「守り」も重要な前提条件であると考えるが、こちらも同様に、経済活動を過度に阻害しない仕組み作りが求められる。

3. 終わりに~長期的にはイノベーションの常態化に向けた環境整備が必須

前章で見てきた「法制上の手当を講ずることによりまず取り組むべき分野」については、先に紹介した3つの目標を見据えた分野であり、方向性は理解できる。経済活動を過度に阻害しない仕組み作りとともに議論を前に進めるべきと考える。

より長期的には、「守り」の姿勢にとどまらない、「攻め」の姿勢が必要になってくる。経済力やイノベーション力という武器を持つことによる抑止力が経済安全保障の要諦であろう。技術優位に立つべく、イノベーションをもたらし続けるような環境を整備すること、すなわちイノベーションが常態化していることが、わが国の自律性を担保するとともに強い抑止力にもなる。視座を高め、高等教育、リスキリング・リカレント、産学官連携、研究開発、起業などを高度化・促進する政策、投資や規制改革を、政府が民間とともに強力に推し進めていけるかどうかが、将来の経済安全保障情勢、ひいては国力を左右していくこととなるだろう。

以 上

【注釈】

1) 国家安全保障戦略は2013年12月に初めて策定され、国家安全保障に関する基本方針として、国家安全保障に関連する分野の政策に指針を与えるものとされている。概ね10年程度の期間を念頭に置き、政策の実施過程を通じてNSC(国家安全保障会議)において定期的に体系的な評価を行い、適時適切にこれを発展させていくこととしている。

【参考文献】

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。