深まる不確実性と欧米の政治・経済動向~海外拠点からの現地報告~『防衛体制の整備を急ぐ欧州の現況とその背景』

川本 和幸

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2025年1月に就任した米国トランプ大統領の政策により、世界中が多大な影響を受けている。その中でもとりわけ影響が大きい政策が関税であり、各国はその対応に追われ、5月初めに英国が他国に先駆けて米国と合意し、その後欧州連合(EU)も7月末に合意した。関税を巡る報道が多く見られる裏で、欧州でさらに重要なテーマとして挙げられるのが、防衛力強化の動きである。

EUと欧州各国による防衛力強化の決断

トランプ大統領は、第一次政権当時から欧州の防衛努力が足りないことを批判し、米国のNATO脱退をちらつかせてきた。再選を果たした後もその姿勢は変わらず、欧州に強い圧力をかけてきた。この動きを受け、欧州委員会は、新たな防衛白書「準備2030」(White Paper for European Defense – Readiness 2030)を発表し、防衛力の再構築実現に向けた方針を掲げた。それに伴う財源捻出策として、2025年からの4年間の軍事関連歳出に限定した上で、各加盟国が中期財政構造計画で設定する純歳出の目標値から最大GDP比1.5%の乖離を認めている。また、ドイツでも、GDPの1%を超える防衛費を債務ブレーキ(財政均衡を義務付けた憲法規定)の対象から除外することを決めたほか、NATOでも加盟各国が2035年までに防衛費をGDP比5%に引き上げることで合意した。

このような国家レベルでの動向に加え、民間レベルでの動きも活発化している。筆者は、第一生命の資産運用関連の調査を担当しており、ロンドンにて欧州の「オルタナティブファンド投資」、「インフラ/アセット/LBOファイナンス」に関連する調査、案件動向をフォローしている。仕事柄、数多くの案件紹介を受けるが、つい最近、欧州域内の防衛関連企業向けのファイナンスへの参加を打診された。案件のクロージング(成立)までの期間が短く、デューデリジェンス(適正評価)をするための時間が足りないため、当社は案件参加を見送ったが、結果的には多くの投資家が参加し、良好な条件で資金を調達できたようだ。これまで、投資家はESGの観点から防衛関連産業への投資を控える動きが見られたが、欧州の投資家の意識が変わりつつあると感じた。また、フランスにて参加した、とある会合で、欧州の政府系銀行に勤務するバンカーと個別に話をした際に、「防衛関連向けの案件が急増しており、多忙を極めている」との話も聞いた。

防衛力強化を急ぐ背景

こうした官民での一体感ある動きは、ここ最近急速化している。その背景には、欧州が最大のテールリスクとして位置付けている地政学バランスの崩壊、即ちロシアによる脅威が増大することを警戒しているためではないかと考えている。ロシアとウクライナの停戦へ向けた動きは今も続いているが、停戦交渉合意後にそれを破棄し、万が一ロシアがウクライナ全土を制圧するような事態に陥ってしまえば、欧州の防衛線はポーランドなどの中東欧に迫り、中軸国のドイツ、フランスまでの距離が近づく。現実的に、中東欧やバルト3国、そしてドイツ、フランスまでがロシアの手に落ちる可能性は考え難いが、ロシアが更に影響力を拡大しようとすることは十分考えられる。

冒頭で取り上げた関税による経済への影響は、数年単位、または10年未満の短期間に留まるとみられる。首脳や政権が変わり、再度関税が撤廃される可能性や、経済圏のシフトなどにより、影響が次第に吸収されることが期待されるためだ。一方で、外交安保体制や国際秩序が乱れてしまうと、それを元に戻すためには多大な努力が必要となり、四半世紀~半世紀と長い期間、その影響が残ってしまう。このため、米国に依存しない防衛体制整備は一層進むものと思われ、例えウクライナ情勢が一段落したとしても、欧州はその動きを止めないと考えられる。

川本 和幸


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