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1.ビジネスケアラー支援に向けた新たな動き
家族の介護や看護による離職者が年間10万人を超え、減少の兆しが見えない。介護保険制度が「介護の社会化」を掲げて始まったものの、主な介護者の続柄が家族であるケースが同居(54.4%)・別居(13.6%)合わせて約7割を占めており、介護の主な担い手が家族である状況は変わらない(「令和5年版高齢社会白書」)。
経済産業省は、2030年には家族を介護する約833万人のうち、4割の約318万人がビジネスケアラー(仕事をしながら家族等の介護に従事する者)になると予測し、パフォーマンス低下や介護離職などによる経済的損失が2030年時点で9兆円を超えると推計している。職場でのビジネスケアラーへの実効性のある支援体制の構築が求められる。
こうした状況を踏まえ、仕事と介護の両立支援制度(以下、両立支援制度)の充実策が盛り込まれた「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下、法)」の改正案が成立した(2025年4月1日施行予定)。また、経済産業省は本年3月に「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン~全ての企業に知ってもらいたい両立支援のアクション~(以下、ガイドライン)」を公表した。
2.想定されるビジネスケアラー期間の長期化
ビジネスケアラーの人数は45歳以降になると急激に増加し、55~59歳でピークに達する。ただし、昨今の晩婚・晩産化により、今後はより低年齢層で多くのビジネスケアラーが発生する可能性がある。第一子出生平均年齢が男女共に30歳を超える実態を踏まえると、30代で親が高齢者(65歳)となり、40代で要介護認定率が30%を超える後期高齢者(75歳)となるケースも増えてくると考えられる。
介護を行う期間は2021年度時点で平均5年1カ月、「4年~10年未満」が31.5%と最も多く、「10年以上」も17.6%あり、長期間の介護を覚悟しなければならない(公益財団法人生命保険文化センター「2021年度 生命保険に関する全国実態調査」)。40代でビジネスケアラーとなり、企業の中核人材として活躍する期間、長期にわたり介護に携わる可能性がある。介護を行いながら望ましいパフォーマンスを発揮し得る環境の実現が一層必要となる。
3.仕組みの構築から確実な運用へ
(1)育児・介護休業法改正
こうしたなか、企業に両立支援制度の充実を求める法改正の中で、介護に関する主な項目は以下の4点である。
- 介護に携わる労働者への両立支援制度等に関する個別周知・意向確認の義務化。
- 両立支援制度や介護保険制度等に関する早期の情報提供や、雇用環境の整備(労働者への研修、相談体制の整備等)の義務化。
- 介護休暇について、勤続6月未満の労働者を労使協定に基づき除外する仕組みを廃止。
- 介護を行う労働者に関し事業主が講ずる努力義務として、テレワークを追加。
これらの施策は、介護離職者の多くが感じている、仕事を続けるために必要な職場の取組みに相当する。特に、育児については既に導入されている「両立支援制度に関する個別通知」が介護にも導入されたことの意味は大きいと考える。さらに、従業員が介護への関わりを躊躇なく申し出ることができる環境づくりが強く期待される。上司・部下の対話のテーマの1つとする、アンケート調査を行うなどの工夫が考えられる。
一方で、介護休業期間の延長や分割回数の増加は見送られた。依然として家族が長期にわたる介護の主な担い手となっている実態に鑑み、休業期間の延長の再検討が望まれる。
(2)経済産業省のガイドライン
経済産業省のガイドラインは、両立支援策を企業の中長期的な企業価値向上策(人的資本経営の実現)、持続的な事業・組織運営におけるリスクマネジメントとして位置付け、その確実な遂行が中小企業を含めた「全ての企業」にとって利益になることを訴えることで、企業の真剣な取組みを企図したものと考えられる。全企業が取り組むべき両立支援のアクションとして、「経営層のコミットメント」、「実態の把握」、「情報発信」の3つのステップを提示している。
さらに、企業がぞれぞれの実情・リソースに応じて独自に取り組むことが望まれる事項として、「人事労務制度の充実」、「個別相談の充実」、「コミュニティ形成」、「効果検証」の4点を挙げている。「人事労務制度」では介護休業期間中の社会保険料相当額の補助(育児休業では法的に社会保険料は免除される)や介護に必要な費用の補助、「個別相談」では人事労務組織への常勤・非常勤の介護専門員配置による実践的な相談体制の整備など、有効策の打ち出しを期待したい。
(3)両立支援制度の活性化に向けて
厚生労働省は、両立支援に関してホームページ上に複数のサイトを開設し、企業・従業員それぞれの立場で必要な情報・ノウハウを、ガイドブック、動画、パンフレット、Q&Aなどにより丁寧かつ具体的に説明している。また、日本経済団体連合会は会員企業に対するアンケート調査結果等にもとづき両立支援の基本理念「トモケア」(「介護のあり方を『共に』考え、仕事との両立に『共に』取り組む」)の推進に向けた具体策をわかりやすい事例を挙げながら提示している。こうした官民の取組みにもかかわらず、現行の育児・介護休業法で定められている両立支援制度である「介護休業」、「介護休暇」、「短時間勤務・残業免除・時差出勤・フレックスタイム等」などの利用率は、全体で11.6%に止まる(総務省「就業構造基本調査(2022年)」)。
今回の育児・介護休業法の改正と経済産業省のガイドラインは、いまだ十分に活性化されない両立支援制度へのテコ入れといえる。すべての企業が確実に対応することにより、仕事と介護の両立を実現する枠組みはある程度構築される。重要なのは、その活用度を上げて両立を促すことである。その際、介護を一部の人に起こる特殊なこと、他人事と捉えるのではなく、親をもつ誰にでも起こり得る普通のこと、自分事と皆が心の底から理解することが重要ではないか。
育児・介護休業法が施行された1992年の女性の就業率は30歳~34歳が51.1%、35歳~39歳が61.2%であったが、2023年にはそれぞれ79.4%、78.0%まで上昇している(総務省「労働力調査」)。厚生労働省によると、女性の育児休業取得率は1996年には49.1%であったものが2007年には89.7%となり、以降は80%台で推移している。休業期間も長期化している。女性の価値観やライフスタイルの変化、子育て支援策など、さまざまな理由が考えられるが、国を挙げての大きな課題である少子化への対策を積極的に進めよう、という「空気」「雰囲気」も重要な役割を担ったものと考える。
今回の育児・介護休業法改正についても、育児に関する改正内容が趣旨・想定される効果などと共に繰り返し報道され、仕事と育児の両立は従業員・企業・社会のために素晴らしいことであるとの「空気」「雰囲気」が醸成されている。従業員が前向きに堂々と休み、遅出・早帰りをし、育児に注力できるようになってきた。
一方で、介護についてはまだこうした環境にはなっていないように思える。育児と同様に、仕事との両立が社会の持続可能性向上、企業の成長、従業員のwell-being向上のために必要不可欠なことであるという「空気」「雰囲気」の醸成が望まれる。
子どもを授かると「おめでとう」と言われ、介護に直面すると「大変ですね」と言われる。育児は楽しい話題として共有され、介護は暗い話題として隠される。しかし、親の人生の締め括りと真摯に向き合うことは、親と自分の人生を振り返り、以降の自分の人生を描く機会としてプラスの面もあるはずである。社会や企業における「空気」「雰囲気」醸成に加え、従業員自身が介護に取り組むことを前向きにとらえ、自身の状況について積極的に声をあげ、両立支援制度を使いこなすことが必要ではないかと考える。
櫻井 雅仁
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。