時評『GDP統計と幸福度』

山澤 成康

庭で毎年きゅうりを作っている。100本作るのを目標にしているが、なかなか達成できない。ただ、土いじりをしていると、鳥の声が聞こえ、木々が風にそよいで気持ちが安らぐ。こうした幸福感は、セロトニンと関係があるのだろう。セロトニンは脳内の神経伝達物資の一つで、心と体の健康をもたらすものだ。自然がもたらす幸福感である。

別の幸福感もある。家族の団らんや友達との交流で得られる幸福感である。愛情ホルモンと呼ばれる神経伝達物質オキシトシンと関連する。感謝をしたり、されたりすることでも得られる。こうした幸福感も大切にしたい。

一方で、試合に勝ったり、投資で大きな収益が上がったりした時に得られる幸福感もある。神経伝達物質ドーパミンと関連しているもので、お金、成功、名誉などに関係している。

「清貧」という言葉が流行った時代もあったが、お金と幸福感には関係がありそうだ。2010年にノーベル経済学賞を受賞したカーネマンらは、当時の価格で年収75000ドル(約1125万円)までは幸福感が上昇するが、それ以上収入が上がっても幸福感は増えないという結果を発表した。しかし、彼も関わっている2023年の共同研究では、お金は多ければ多いだけ幸福感が増すという結果に修正された。欲望には限りがないということか。

幸福度の指標として代表的なものは、経済開発協力機構(OECD)の「より良い暮らし指標(Better Life Index)」である。経済的な豊かさのほか、教育、健康、環境、仕事と生活のバランス、住居など、多様な側面の指標を作っている。幸福度は様々な面から見る必要があるので、複数指標を一覧表示するダッシュボード方式が採られている。しかし、長年経済統計と付き合っている筆者としては、国内総生産(GDP)や景気動向指数のように、統合指標として幸福度を表したいとも思う。

そういう意味で参考になるのは1973年に発表された国民福祉指標(NNW)である。教科書で名前を見たことはあったが、実際に調べたのは今回が初めてだ。経済審議会が発表した資料を、国立国会図書館のデジタルコレクションから見ることができる。

NNWの基本的な考え方は、「国民の幸福感の源泉は所得だが、幸福感を損なう要素についてはマイナスしていくべきだ」というものである。GDP統計の計測法を確立したクズネッツの主張でもある。

政府活動のうち、国民生活に関係ないものは控除される。外交、警察、防衛などへの支出である。また、大気汚染や水質汚濁など自然環境を損なうものは引き去る。通勤時間もマイナスとして計上している。過疎化についても、快適な都市生活が送れないためマイナス要因になるのではないかと提案している。

一方で、主婦労働はプラスとして計上する。GDP統計は、市場で取引されるものを計上するという原則があり、主婦労働はGDPに入れない。しかし、家庭の幸福度を測るには主婦労働の価値を測ることは欠かせない。当時の試算では、家事労働の価値は6兆円で国民総生産(GNP)の約9%だった。

NNWは歴史のかなたに消えていった。NNWが測っているのは、富や名声に関係するドーパミン的幸福で、健康(セロトニン的幸福)や、人とのつながり(オキシトシン的幸福)について考慮していないという問題もある。

しかし、GDP統計の2025年改定では、NNWが目指したものの一部が復活する。GDP統計への幸福感の反映である。ただ、NNWのような統合指標を作るのではなく、補助的な統計(サテライト勘定)で発表される予定である。

主婦労働、ボランティア活動などの無償サービスの生産価値が計算され、教育訓練や人的資本ストックに関しても計算される。

所得格差なども計測され、生活の質や幸福に関するこれまでの研究成果が反映される見込みだ。

山澤 成康


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