時評『人的資本投資が一人ひとりのwell-beingを高める』

斎藤 勝彦

弊社は、昨年出版した『「幸せ」視点のライフデザイン』で、「幸せに働き続ける」ことがwell-beingを高めるための重要な視点になると論じた。そのうえで、「働きがい」を感じることの大切さと、そのために「学び続ける」ことの意義に言及している。それは、「ジョブ型雇用」への転換が唱えられる中で、労働者一人ひとりが学び続けてスキルを高めることが、金銭的報酬向上の機会を得ることに加え、非金銭的報酬である「働きがい」を感じる働き方にもつながるというものである。 

仕事にかかわる学び直しは、労働者が自らに投資することである。投資によって自分の価値が高まれば、望む仕事につけて、その価値に応じた報酬を得る可能性が高まる。  

そのような投資を人的資本投資という。投資には資金が必要となるが、労働者自身が負担する場合と、勤務先の会社が負担する場合がある。我が国では、GDPに占める企業の能力開発費の割合が欧米に比べて低く、長期的に減少傾向にあることが数年前に指摘され話題となった。この推計における能力開発費は外部研修等のOFF-JTの費用であり、日本企業が主流としてきたOJTの費用は含まれていないが、OJTの実施率も近年ではOECD平均を下回っているのが実情だ。  

ジョブ型雇用の世界では、一人ひとりがスキルを高め、1つの企業にとどまらずとも自立して働けるような労働者がイメージされる。ただジョブ型雇用のための人的資本投資は、どの企業でも通用するスキルを備えるという外部性を伴うことが多く、社員が転職して投資を回収できないリスクを考えると、企業の投資インセンティブは抑制されやすい。その意味で、日本の人的資本投資については、労働者自身がその資金を負担し、余暇時間で行う傾向が今後強まるだろう。  

労働者が自己負担で投資する場合、収入の一部を学習費用に充てるなど、資金を自ら用意しなければならない。学習時間の確保も必要だ。厚生労働省の調査では、自己啓発を実施している労働者は現状3割に止まっており、実施上の問題点として時間と費用が上位に挙げられている。厚生労働省の教育訓練給付制度や人材開発支援助成金はそれらを支援する政策だが、今後このような支援策のさらなる充実と活用促進が求められる。  

加えて、自己への投資にまわす資金を捻出するのが難しい人たちがいることにも留意すべきだ。教育訓練給付制度は、所定の教育訓練講座に関する20~50%(専門実践教育訓練の場合、資格取得等の要件を備えれば20%追加)の費用補助に止まるが、対象訓練や補助率を拡大することで、低所得層や非正規雇用者の自己投資も促進することが望ましい。  

DXの進化や産業構造の変化により、労働者に求められるスキルも急速に変化していく。そしてジョブ型雇用の普及は、労働市場の流動化を促すことにもなるだろう。そのような環境変化の中で、労働者が常に新たなスキルを備え、自らの価値を高められるよう社会が支援していくことは、雇用のセーフティネットとしての機能に止まらず、一国全体の成長を支える礎にもなるだろう。同時に、労働者一人ひとりが働きの価値に見合った収入を得られるようになることを通じて、我が国の分配構造の転換にもつながるのではないだろうか。 

そして何より、人的資本投資の促進は、労働者が自らの価値を高めることによって、望む仕事に自分の役割を得るという「働きがい」を感じる働き方を実現する近道になる。人的資本投資は、一人ひとりのwell-beingを高めることにつながるのである。

斎藤 勝彦


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