内外経済ウォッチ『日本~令和版所得倍増の見方~』(2021年11月号)

熊野 英生

目次

法人税減税を使う

岸田政権の看板政策は、令和版所得倍増計画である。「所得が2倍になるのか?」と耳を疑ってしまうが、自分の所得が2倍でなくても、1.2~1.5倍になれば、誰でも嬉しく思う。

問題は、政治公約として所得2倍を掲げても、それを実現する手段が政府になければ、それは絵に描いた餅になる。その点、岸田首相は、賃上げに積極的な企業には法人税減税を行うとする。人件費を前年よりも増加させた企業には、その増加額に応じて、法人税の還付を実施する方法をイメージしていると考えられる。

実は、この方法は従来から実施されてきた。安倍政権下では、2013年から所得拡大促進税制という名称で、法人税を還付してきた。人件費の増加額に対して、15~25%の割合を還付するかたちだった。しかも、その金額の上限は、支払っている法人税の2割までにするとしてきた。

しかし、従来の所得拡大促進税制では、賃上げを後押しする力は弱いと思う。例えば、付加価値100を稼ぐ企業が、人件費70と利益30に分配をしていたとしよう。今期その企業が人件費を80に増やして、利益への分配を減らしたとする。前期と今期の税引後利益は、法人税率が30%のとき、前期21で今期14となる。人件費を+10ほど増やすのに対して、法人税の還付が+7以上にならないと、今期の税引後利益が前期に比べて減ってしまう。人件費の増加分+10に対して70%以上の還元率(=100%-法人税率30%)にならないと、企業にはメリットが乏しいことになる。

2013年以降の15~25%の還元率は小さすぎたと思える。実際、民間給与の平均額は、2013~2020年にかけて4.7%の増加率に止まっている。岸田首相は、こうした経緯を踏まえて、もっと大胆な法人税の還元を行うのだろうか。

トップラインを伸ばす方法

問題の核心は、成長率を高めて、その中で1人当たりの生産性を高めることであり、それが賃金上昇の基礎になる。こう問題設定を変えてみると、生産性上昇は簡単ではないことがわかると思う。今までも企業は生産性上昇に積極的に取り組んできているので、今さら大幅な進展は見込みにくいとなってしまう。

しかし、敢えて、日本企業に残された成長の伸び代を求めるとしたならば、それはどこだろうか。財務諸表の損益計算書の一番上にある売上高のことをトップラインという。企業の最終利益を増やすには、まずはトップラインを可能な限りまで伸ばすことが必要になる。具体的には、海外の旺盛な需要を取り込んで、売上を増やす作戦だ。日本の経済成長率よりも、海外の方が高いことは説明する必要はないだろう。製造業の場合、売上に占める輸出割合は、大企業が32.9%と高い(日銀短観9月調査の2021年度売上高計画)。それに対して、中堅企業の輸出割合は9.0%、中小企業は6.8%と低い。中堅・中小企業が大企業並みに輸出を伸ばせるとすれば、トップラインはもっと伸ばせる。仮に中堅・中小企業の輸出割合が大企業並みになると、全規模の製造業の売上は17%伸びることになる。

また、国内消費産業も、昔に比べて輸出することが比較的容易になってきた。海外のインターネットの通販サイトで取扱ってもらえると、そこから販路を広げられる。中国のネット通販は成長分野として注目される。実額で200兆円を超えると推定されるので、日本のネット消費額(2020年)の約20兆円の約10倍の規模になる。日本製品は、インバウンド需要がほぼ失われたコロナ禍で、ネット取引を通じて中国に約1.9兆円も販売された。このチャネルを拡大させることも、トップラインを伸ばすことになる。

熊野 英生

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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