時評『多様性こそ生き残りの鍵』

佐久間 啓

今年2月、日経平均株価が1990年8月以来30年ぶりに30,000円の大台を回復したことがニュースとなった。30年ぶりという状況は、回復というには時間がかかり過ぎているように思うし、多くの人にとって30年前のことは記憶も曖昧だったり、既に歴史の世界の話かもしれない。株価指数が30年ぶりに回復したと言っても、同じものが下がって上がって戻ってきたわけではない。日経平均株価採用銘柄も変わっているし、東証1部の上場企業数は1990年末の1,191社から2020年末は2,186社と倍増している。時価総額トップ10の顔ぶれも全く変わっている。しかし、こうした話が出るたびに1990年前後のバブル景気とその崩壊のインパクトの大きさを改めて認識させられるし、未だに日本経済がそれを引きずっていることを思い知らされる。

バブル崩壊後の1990年代は世界史的には東西冷戦終結、グローバル化の時代。日本では古い時代の反省もありグローバル、フリー、フェアの三原則を掲げた“金融ビックバン”をはじめ多くの規制緩和、制度の整備が進められた時期でもある。企業活動に関して言えば、様々な議論を経て今では当たり前になっている「時価会計」、「連結決算重視」、「持株会社」が90年代末から2000年台初頭にかけて次々と導入、整備されたことで、グローバル化の時代の中で企業行動は大きく変化していくことになった。

内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」によれば上場企業/製造業の海外生産比率は90年に4.6%だったのが2000年は11.1%、2010年は17.9%、ここ数年はほぼ横ばいだが2019年は22.7%。海外現地生産を行う企業の割合は2019年で67.4%になる。非製造業の海外事業活動も製造業ほどではないものの拡大してきている。こうした行動の変化は企業のPL、BSにも表れている。以前は借入の金利負担が営業外損益をマイナスにするので営業利益>経常利益となることが普通だったが、最近では経常利益>営業利益が当たり前になっている。これは低金利による営業外費用の減少もあるが、海外関連会社等の持ち分法利益が増え、営業外利益を押し上げているからだ。また、投資と言えば国内での実物投資、工場を作ったり必要な設備を購入、入替えたりということだったが、今は内外で必要な企業を買う、出資を増やすということも重要な投資であることから、固定資産に占める株式の比率が上昇している。リーマンショックを経て、今回のコロナ禍の中でも過去最高益を稼ぎ出す収益力をつけてきた日本の企業は、バブル崩壊で大きな痛手を負ったものの、グローバル化の時代の中でしたたかに生き抜いてきたと言ってもいいだろう。

確かに今の状況は生き抜いた、復活したという表現が正しいような気がするが、一方でそれは本質的にはあまり変わってないということも意味するのかもしれない。企業の最前線で戦う人で「強いものが生き残るのではなく変化したものだけが生き残れる」というフレーズを聞いたことがない人はいないだろう。物の考え方、仕事のやり方を環境変化に合わせて変えてきたからこそ生き残ってこられたのは事実だ。

それでも日本は生産性が低い、イノベーションが足りないと言われている。またグローバル化の負の遺産として社会のあらゆる分野で進む二極化、格差の問題は深刻だ。冷戦構造、それに続くグローバル化の時代は生き残れたとしても、次の時代に生き残っていくためにはそうしたものを乗り越えていくことが不可欠だろう。

ではどう生き抜くか。「変化したものだけが生き残れる」、これはダーウィンの進化論からと言われているが本当は違うようだ。彼は進化の本質は多様性と言っている。いかに多様性を確保していくかが企業、日本経済の命運を決める時代がきたということだろう。

佐久間 啓


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佐久間 啓

さくま ひろし

経済調査部 研究理事
担当: 金融市場全般

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