1. はじめに
日本で少子化が進んでいる。厚生労働省の人口動態統計(概数)によると、2025年の合計特殊出生率は1.14となり、過去最低を更新した。政府は少子化を「静かな有事」と位置付け、様々な対策を進めてきた。待機児童対策、保育料の無償化、児童手当の拡充、働き方改革などがそれだ。にもかかわらず、出生率の低下に歯止めがかかっていない。
国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査(2021年)」によると、夫婦が理想の数の子どもを持たない理由として「子育てや教育にお金がかかりすぎる」が最も多い。経済的負担の一部として住居費があり、近年は価格上昇によってその影響力が大きくなっていると考えられる。政府が2023年12月にまとめた「こども未来戦略」のなかでも子育て世帯向けの住宅支援は盛り込まれている。
筆者は特に、子ども1人に1部屋を与えたいと考える大都市圏の世帯にとって、住まいの広さが「第2子以降を持つ壁」として立ちはだかっているのではないかという問題意識を持っている。このため、東京都に住む既婚女性の第1子と第2子以降の出生の差に着目し、分析する。
ただし、少子化の原因を一つの事象に求めることはできない。個人の価値観、所得、雇用環境、社会経済の情勢、家庭内の育児負担など多くの要因が絡み合う。特定の要因だけを取り出して少子化の原因と断定するのは適切ではなく、本稿の目的としない。また、本稿執筆時点で取得できるデータには限りがあり、2020年から2025年の変化を直接とらえることはできていない。こうした前提と限界がある点を踏まえつつ、少子化と住宅価格の関係を考察したい。
2. 第1子は生まれやすい東京都
2025年の人口動態統計(概数)によると、都道府県別の合計特殊出生率は、東京都が0.96で最も低く、沖縄県が1.52で最も高い。東京都は長年にわたって全国最低水準にあり、「少子化が特に進む地域」という見方が広く共有されている。ただし、合計特殊出生率は算出する際の分母である女性人口の流出入に左右される面がある。東京都のように未婚者の多い20代の女性が地方から流入し、既婚者の多くなる30代で他地域に流出する場合、合計特殊出生率は下方に歪みやすい。そこで、本稿では既婚(有配偶)女性に限定して出生率(有配偶出生率)を見ていく。
有配偶出生率は、年齢別・配偶関係別の女性人口と年間の出生数を用いて算出する。分母となる年齢別・配偶関係別の女性人口は国勢調査に依存するため、現時点で利用可能な最新の詳細データは2020年のものだ。2025年の国勢調査は人口速報集計が公表されているものの、本稿の分析に必要な配偶関係・年齢別人口の詳細データはまだ利用できない。このため、足元の少子化を問題意識として扱いつつ有配偶出生率の分析に2015年および2020年の国勢調査を用いる。
第1子、第2子といった出生順位ごとに都道府県の有配偶出生率を比べると、2015年・2020年とも第1子は東京都が最も高かった(資料1)。少なくとも、結婚した夫婦の第1子出生については、東京都が低出生地域とは言えない。一方、第2子以降になると順位は下がる。第3子以上の有配偶出生率は、2015年・2020年とも全国で最も低い。

この構造をより直感的に見るため、第2子有配偶出生率を第1子有配偶出生率で割った第2子/第1子比を見ると、2020年の全国は0.78、東京都は0.62だった(資料2)。2015年も同様の傾向だ。東京都では、第1子出生の水準が高い一方で、第2子への移行が弱い。これは東京都だけの特殊な現象なのだろうか。資料では首都圏・関西圏・中京圏の三大都市圏について、中心都府県と周辺県の有配偶出生率も比較した。


3. 大都市圏に共通する中心都府県の第1子出生率の高さ
ここでは二つの共通パターンが読み取れる。第一に、第1子は中心都府県で生まれやすい。三大都市圏すべてで中心都府県の第1子率が周辺県を上回り、首都圏では6.7ポイントの差がある。これは、20代の人口が中心都府県に流入し、結婚・第1子出産が行われる構造を反映している可能性がある。
第二に、第1子から第2子への移行は中心都府県で弱い。三大都市圏すべてで、中心都府県の第2子/第1子比は周辺県を下回る。首都圏の東京・周辺格差(0.13)は、関西圏(0.05)、中京圏(0.07)と比較して約2倍大きい。このパターンは、第2子以降を視野に入れた世帯が、より広い住宅を求めて中心都府県から周辺に転出するという行動と整合する。ただし、首都圏を一体として計算した第2子/第1子比(0.70)は、転出を考慮しても全国(0.78)を下回る。転出だけでは首都圏全体の第2子の少なさを完全には説明できず、核家族世帯率や共働き率の高さなど複合的な要因が残ることを示唆している。
4. 住宅事情との関係
ここまで見てきたように、東京都では第1子出生の水準が高い一方、第2子以降への移行の弱さが見てとれる。その一因として、住宅価格の動向を確認してみる。国土交通省「不動産取引価格情報」を用いて東京都の中古マンション等取引を集計すると、全取引を70㎡換算した平均価格は2015年の約4916万円から2020年に5923万円に上昇した。住宅価格はコロナ禍以降に急上昇しており、2024年は約7425万円になった。有配偶出生率の分析は2020年までにとどまっており、近年の価格の上昇に伴って第2子以降の出生率に変化が生じたのかが論点の一つだが、少なくとも2015年・2020年の分析からは、第2子以降への移行の弱さが構造的に存在していたことが確認できる。
住宅価格上昇は出生にマイナスの影響のみをもたらすわけでもないという分析もある。オランダ全人口の登録データを用いたVan Wijk & Feijten(2025)は、住宅価格の上昇が持家世帯の出生を増やす一方、賃貸の世帯では出生を減らす方向に作用したと分析している。特に、持家取得から3年以上経過した世帯では資産効果が表れやすい一方、取得したばかりの世帯や賃貸の世帯では住宅コスト増による抑制効果が強かった。なおこの分析では、住宅価格上昇の影響は第1子でより明確である一方、第2子以降への影響は一様ではない。第2子への影響は小さいか、ほぼない一方、第3子以上については負の影響を示す証拠もあるとされている。オランダと日本の国情の違いを考慮すれば、この研究は日本にそのまま適用できるわけではないものの、示唆的である。
少子化に与える影響として捉えると、既存住宅を保有している世帯には資産効果があり得る一方、これから住宅を取得しようとする世帯には負担効果があることを意味する。全体としてどちらが優勢かは、持家比率や住宅取得のタイミングによって異なると考えられる。
総務省の住宅・土地統計調査(2023年)によると、東京都では持ち家住宅率が約45%にとどまり、賃貸世帯の比率が高い。このため、住宅価格の上昇は資産効果よりも負担効果として作用しやすいと言える。また、第2子以降を視野に入れた世帯が周辺県へ転出するという行動そのものも、住宅事情が出産の意思決定に関わっている可能性を示唆している。
5. おわりに
本稿では、東京都では第1子有配偶出生率が高い一方、第2子以降への移行が弱いこと、また三大都市圏では中心部より周辺部の方が第2子/第1子比が高いことを確認した。これらは、第2子以降を考える局面で、住宅の広さや住み替え費用が制約になり得るという筆者の見方と整合する。一方で、住宅価格の影響は世帯の状況によって異なる。住宅価格の上昇は、賃貸の世帯には負担となる一方、持家世帯には資産効果として働く可能性もある。大都市で少子化対策として住まいを考える場合、賃貸住宅に住む子育て世帯への支援が重要だろう。
また、住宅価格の上昇が子育て世帯の居住地選択や出生行動に影響しているとすれば、都市部の住宅需要は単純な人口集中だけでなく、世帯形成・住み替え・広域転出の動きと合わせて見る必要がある。ファミリー向け賃貸住宅の増加や郊外住宅地の拡大、交通利便性の高い周辺県、子育て支援の厚い自治体の存在などは、中長期的な不動産需要や資産形成マーケットの展望を考えるうえでも見逃せない。
住宅価格は、第2子以降への移行を考えるうえで無視できない制約の一つではあるが、それだけで少子化を説明できるものではないことも本分析とオランダの研究から示唆される。冒頭に述べた通り少子化の要因を単一の事象に求めることはできず、それゆえ対策も難しい。複合的な対策を粘り強く続けていくしかないだろう。
【参考文献】
- Van Wijk, D. & Feijten, P. (2025). Rising house prices, falling fertility? How rising house prices widen fertility differences between tenure groups. European Journal of Population, 41, 33. (https://doi.org/10.1007/s10680-025-09754-6)
奥田 宏二
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。