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成長戦略と中小企業の役割

〜戦略17分野と官民投資ロードマップの真の狙い〜

永濱 利廣

要旨
  • 高市政権の成長戦略は、サプライチェーンの脆弱性に対応する「経済安全保障」の確保と、国際的な主導権獲得を見据えた国家戦略が柱。政府の長期的なコミットメントにより民間の予見可能性を高め、日本経済の潜在成長率を引き上げる。日本は自動車やロボットなどの「フィジカル」に強みを持つ。このモノづくりの強みと次世代半導体を融合させた「フィジカルAI」が最大の勝ち筋となる。
  • 中小加工業にとっては、半導体工場の新設等により周辺に多種多様な高度加工需要が生まれるため、既存取引先への依存から脱却し、技術高度化に挑戦する「千載一遇のチャンス」となる。そのためには、業界の波に振り回されないよう、政府の長期見通しを注視し、自社技術を医療や宇宙など他分野へも展開する「汎用・一社依存からの脱却」と「コア技術の多用途展開」が重要となる。
  • 造船や防衛産業の市場論理による縮小・海外移転放置は、有事の維持・補修不能という致命的リスクを生むため、国策で支援。防衛技術と民間先端技術を融合させ、次世代の成長産業へ脱皮させる。予見可能性担保のためにも、超長期ビジネスに対し、単年度予算の壁を越えた「長期の調達計画や支援スキーム」を提示。中小企業が長期的な設備投資や技術伝承に踏み切れる環境整備を急ぐべき。
  • 大手だけでなく末端まで投資原資を行き渡らせるために、価格転嫁の指針提示や下請法の厳格運用といった「制度的な仕掛け」をセットで想定し、サプライチェーンの途絶を防ぐべき。中小企業等の位置づけとしては、単なる「守るべき弱者」から、海外へ打って出る「中堅企業」や「スタートアップ」を含め、「イノベーションと地域経済を牽引する『成長の主役』」へと位置づけを転換すべき。
目次

1.はじめに

戦略17分野と官民投資ロードマップの狙いとしては、サプライチェーンの脆弱性が顕在化する中、核心的な技術や物資を国内、あるいは同盟国・同志国間で完結させる「経済安全保障」の視点が不可欠となっている。また、民間だけでは巨額の初期投資や長期のリスクを負いきれない分野に対し、政府が「ロードマップ」という形で長期のコミットメントを示すことで、民間の予見可能性を高め、日本経済全体の潜在成長率を引き上げるという大きな構想に基づいている。つまり、戦略17分野と官民投資ロードマップの狙いは、単なる「個別産業の育成・救済」ではなく、経済安全保障の確保と、国際的なルールメイキング・主導権確保を見据えた国家戦略の柱といえる。

そして、AI向け半導体への需要の質的変化と政府の捉え方としては、従来のスマホ・PC向けは「微細化」が中心だったが、生成AIの爆発的普及に伴うAI向け半導体は、「膨大なデータの超高速処理」と「圧倒的な省電力化」が求められており、政府もこの変化を「産業パラダイムの大転換」と極めて重大に捉えている。このため、政府がラピダスをはじめとする最先端半導体の国内製造基盤確立や、次世代技術の研究開発に巨額の支援を行うのは、このAI時代のインフラの主導権を握るためである。

一方、「フィジカルAI」と日本の強みの連結・勝ち筋としては、米国がデータやクラウド上の「サイバーAI」で先行する中、日本は自動車、産業用ロボット、工作機械、高機能部品・素材といった「フィジカル」の強みを持っていることがある。このため、高度なセンサーやロボットが現場のリアルなデータを学習し、自律的に動く「フィジカルAI」の領域において、日本のモノづくりの強みと、それを制御する次世代半導体がガッチリと噛み合えば、世界に対して圧倒的な優位性を築くことが可能であり、まさにここが日本の最大の「勝ち筋」となり得ると政府は考えている。

2. 半導体の主導権をどこまで取り戻せるのか

ただ、すべてを自国で賄うのは不可能である。狙いは、①先端半導体の一定量を国内で安定製造できる体制、②日本が圧倒的シェアを持つ「半導体製造装置」や「高機能素材」の優位性をさらに磨き、世界の半導体サプライチェーンにおいて「日本抜きでは世界が回らない」状態を維持・強化することである。つまり、政府はかつての「日の丸半導体」の単純な復活を目指すのではなく、「不可欠な存在としての地位の確保」を目指しているといえる。

こうした中、周辺の中小加工業におけるこの流れの捉え方・関わり方としては、工場の新設・拡張は、単に半導体そのものを作るだけでなく、超高精度な配管、真空容器、特殊な表面処理、治具の製造など、多種多様な高度加工需要が周辺に生み出される。このため、中小の加工業にとっては、既存の取引先に依存する体質から脱却し、半導体・装置メーカーのサプライチェーンに食い込むためのアライアンスや、技術の高度化に挑戦するタイミングといえる。つまり、周辺の中小加工業にとってこの流れは「千載一遇のチャンス」であり、自社の技術を先端分野へアプライする好機といえよう。

ただ、半導体業界の波は不可避であることからすれば、その「シリコンサイクル」に振り回されない中小企業の経営判断が重要である。そして、経営者が日常の受注の波に一喜一憂しないためには、①政府が示す「官民投資ロードマップ」などの長期見通しを注視すること、②自社のコア技術を半導体だけでなく、医療機器や宇宙、ロボットなど「他の成長分野」にも横展開できる柔軟性を持っておくことが重要となろう。つまり、「汎用・一社依存」からの脱却と、「コア技術の多用途展開」を見極める必要があるといえる。

3. 造船や防衛産業など「一旦縮小した産業」を戦略分野に含めた理由

一方、造船や防衛産業に目を向ければ、平時の市場論理だけで縮小・海外移転に任せてしまうと、有事の際に自国で船も防衛装備品も維持・補修できなくなるという致命的なリスクが生じる。これらを国策として支えつつ、例えば防衛技術を民間の先端技術と融合させることで、新たな次世代の成長産業へと脱皮させる狙いがある。つまり、「安全保障基盤の崩壊に対する危機感」と、「技術のデュアルユースによるイノベーション」が結びついた結果といえる。

そして、造船・艦艇などの超長期ビジネスにおける「需要の予見可能性」を高めるためには、単年度予算の壁を超え、政府が長期の購入コミットメントや、次世代船への転換に向けた長期ロードマップを提示することが大前提となる。このため、中小企業が「10年後もこの仕事はある」と確信して、最新の溶接ロボットやDX投資、熟練技術の伝承に踏み切れる環境整備を政府は急いでいる。つまり、政府は「複数年度にわたる長期の調達計画や支援スキーム」によって、予見可能性をこれまで以上に担保しようとしているといえよう。

4. サプライチェーンの末端への恩恵と政府の想定

ただ、大手が潤っても末端が疲弊したままでは、サプライチェーンそのものが途絶して戦略分野の維持が不可能である。そのため、政府は「パートナーシップ構築宣言」の実行力担保や、労務費の適切な価格転嫁に向けた指針の提示、さらには下請法の厳格運用などを通じて、戦略分野の投資原資がサプライチェーン全体に行き渡るよう強く意識している。つまり、政府は単に「自然に滴り落ちる」のを待つのではなく、「制度的な仕掛け」をセットで想定しているといえる。

そして、成長戦略における中堅・中小企業、スタートアップの位置づけとしては、諮問会議などの議論でも、生産性を高めて海外へ打って出る「中堅企業」への新たなスポットライトや、大企業の技術・資金と結びついて爆発的に成長する「スタートアップ」の育成が強調されている。また中小企業に対しては、単なる資金繰り支援から、構造転換や設備投資、M&Aを通じた規模の拡大などを後押しする「前向きな成長投資」へとシフトしようとしている。こうした動きは、単なる「守るべき弱者」ではなく、「イノベーションと地域経済を牽引する『成長の主役』」へ位置づける転換といえよう。

永濱 利廣


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

永濱 利廣

ながはま としひろ

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 内外経済市場長期予測、経済統計、マクロ経済分析

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