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強い春闘、どうする日銀

~春闘とトランプ関税の綱引き~

熊野 英生

目次

春闘の集中回答日の結果を受けた連合集計では、5.46%という前年を上回る賃上げ率になった。これで日銀は、好循環メカニズムがさらに前進するとみるだろう。しかし、その一方でトランプ関税のリスクも高まっている。米国や各国経済へのショックを見極めながら慎重な政策運営をするだろう。今後、6月と7月の金融政策決定会合の政策変更の可能性に注目したい。

中小企業を含めた高い賃上げ率

2025年の春闘は、3月12日に集中回答日を迎えた。その集計結果が14日に連合・第1回集計として発表された。集計値は、定期昇給を含む賃上げ率で5.46%(ベースアップ率3.84%)である。昨年同時期(2024年3月15日)の集計は5.28%だったから、それを上回るものであった。

注目したいのは、従業員300人未満の賃上げ率もまた高い結果になったことである。連合では、このカテゴリーを中小企業と区分している。中小企業の賃上げ率は、5.09%と前年4.42%よりも+0.67%ポイントも高い(図表1)。大企業(従業員300人以上)の賃上げ率も2025年5.47%と前年を上回る。この結果だけで「中小企業への賃上げの広がりが確認された」とは言い切れないとしても、裾野が広がっている可能性は高まっていると言える。

図表
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焦点は実質賃金

さて、この結果をもって、実質賃金はプラスに転化するのであろうか。毎月勤労統計の実質賃金上昇率は、2024年4月~2025年1月までの平均で▲0.4%であった。この数字は、同じ期間の名目賃金上昇率3.0%から消費者物価(帰属家賃を除く総合)の上昇率3.4%を差し引いたものである(同期間の消費者物価・総合の上昇率は2.9%)。

では、2025年度のベースアップ率が2024年度よりも仮に+0.14%ポイント(2024年度3.70%→2025年度3.84%)ほど上昇率を高めたとき、果たして実質賃金はプラスに浮上するのであろうか。その点は、まさしく2025年度の物価上昇率をどのくらいで見るかに依存している。

この点、日銀は2025年1月の展望レポートで、2024年度の消費者物価コア指数の前年比を2.7%、2025年度2.4%(いずれも政策委員の中央値)でみている。仮に、消費者物価(帰属家賃を除く総合)の上昇率が、2024年度のコア指数と同様の差分(+0.5%ポイント)であるとすれば、2025年度の上昇率は2.9%と置くことができる。2025年度の春闘の賃上げの上振れ幅に連動して、毎月勤労統計の現金給与の伸びがスライドすると考えると、2025年度の名目賃金の上昇率は3.14%(=3.0%+0.14%)になる。すると、そこから2.9%を差し引くと実質賃金の上昇率は0.24%とプラスに浮上すると見込まれる。これは僅かなプラス幅であるが、確かにこれまでのマイナスがほぼ解消される可能性が高いことを示唆するものである。つまり、日銀はいよいよ実質賃金がプラスに移行する局面がやってくると期待するに違いない。もっと積極的に言えば、今後、日銀が2025年内に追加利上げを実施して、為替円安を是正するほど、対前年での輸入物価が抑えられて、予想される消費者物価(帰属家賃を除く総合)の伸び率は鈍化する。その結果、追加利上げをするほどに実質賃金をプラス方向に動かすことも可能になるという見立てになる。

3月5日に行われた内田副総裁の講演では、「今春のさらなる賃上げを期待したい」と抱負が述べられていた。重要なチェックポイントの一つに数えられていたと考えられる。それが2024年度を上回ったとすれば、自ずと金融政策運営もより前向きになっていくことが予想される。

低下する労働分配率

日銀の判断について議論する手前で、どうして2025年度の春闘が、これほど強い結果になりそうなのかを筆者は考えておきたい。その根拠の1つは労働分配率の低さであると考えている。より正確に言えば、大企業(資本金10億円以上)の労働分配率は多くの人がイメージしているよりも低い。財務省「法人企業統計」の資本金10億円以上の企業でみて、2024暦年は36.7%と極めて低い。積極的な賃上げを実施した2024年中でさえ、労働分配率は下がり続けていた(図表2)。これは、大企業ほど価格転嫁が進んでいて、付加価値の創出力が高いために人件費(固定費)を増やす余力があるということだろう。名目値で表された生産性が高くなると、その分だけ損益分岐点売上高比率が下がり、財務的に人件費を増やしても、収益基盤を脅かすリスクが低下する。賃上げ余力があるというのは、財務的な余裕が生じているという意味でもある。このことが大企業には自信につながって、2025年の春闘でも積極的な賃上げを継続できたのだと筆者は理解している。

図表
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日銀の情勢判断は如何に

この強い春闘は、日銀が待ちに待った結果であろう。2024年3月にマイナス金利を解除したのは、昨年の春闘の集中回答日を受けてのアクションだったと思う。これで好循環メカニズムが駆動し始めると日銀は判断し、「安定的に物価が2%を上回る」情勢に移行すると踏んだ。それがさらに高い賃上げ率を連続するとなれば、自ずと次の追加利上げ=金利正常化も予想される展開になるだろう。

問題なのは、現在、同時に海外からはトランプ関税という北風が吹こうとしている点だ。3月12日には鉄鋼、アルミに25%の関税引き上げが行われた。次は、自動車への関税引き上げが警戒される。半導体、医薬品、銅などにも同様の関税が課される可能性がある。それから相互関税といのもある。この作用は、日本からの輸出減だけではなく、カナダ、メキシコ、中国、EUの景気を悪化させる作用もある。米国自身も、そうしたマクロ的ショックが他国以上に大きいかもしれない。まさしく「景気に水を差す」という言葉通りの悪影響をもたらすだろう。

おそらく、日銀的な思考法からすれば、当面は「トランプ関税の影響を見極める」という姿勢を採るだろう。予想される関税引き上げは、今のところ4月までである。各国への相互関税と自動車関税の実施が予想される。日銀の決定会合(2日目)は、目先では3月19日、5月1日、6月17日、7月31日という日程で予定されている。直感的に、3月と5月はトランプ関税の様子を見るに違いない。4月中に一連のトランプ関税が実施された後、米経済などの動向を見ながら、日本の景気判断に方向感を示すだろう。そう考えると、6・7月でも不確実性の霧は晴れそうにないかもしれない。

逆に、日銀に働く圧力として、相互関税が利上げを促す可能性もある。トランプ大統領は、日本と中国の通貨安誘導を疑っており、間接的に低金利政策がそれを促していると考えている可能性がある。日銀は、そうした先入観を払拭しようと、あえて追加利上げを進めて通貨安誘導を否定しようとする選択を採るかもしれない。これは、4月中の相互関税を巡る情勢の中でその蓋然性が見えてくるだろう。そうした観測に基づくと、日銀が早期に動くとしても、6月あるいは7月というタイミングになるであろう。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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