石破・トランプ会談後の意義

~難関突破の第一歩~

熊野 英生

要旨

初めての石破・トランプ会談は、波乱なく終わった。USスチールの買収は「投資だ」とみなし、今後の対米投資の不確実性をいくらか小さくした。ただし、トランプ大統領は、新たに鉄鋼・アルミに25%の関税率をかける方針を示し、まだ懸念は存在するが、交渉の余地は残る。石破政権にとっては、2025年前半に待ちかまえる難関突破に向けて、好発進を遂げたと言える。

目次

今後の展開に明るい材料

2月7日に、石破首相は初めてトランプ大統領と会談した。事前には、就任後の最大の難関だと心配されたが、予想以上にうまく切り抜けた。その成果は、①トランプ関税の適用を要求されなかったこと、②防衛費の上積みも要求されずに通過したこと、そして、③USスチールの買収は「投資である」という考え方で合意した、という主に3つが挙げられる。過去、安倍首相が1期目のトランプ大統領と良好な関係を築けたことはよく知られている。今後、同じような日米関係が築ける道が拓けてくることも期待される。

石破政権にとっての意義も大きい。もともと就任以来、逆境に立たされている石破政権は、2025年前半に、春闘、来年度予算審議、参院選などの重要イベントが待ちかまえている。今回、もしも、トランプ大統領から10%の輸入関税を日本が要求されていたならば、春闘交渉に冷や水を浴びせていたことは間違いない。また、メキシコ・カナダの輸入関税も1か月間の結論延期となり、協議をしている。こちらの関税が適用されていた場合でも、日本の自動車メーカーの春闘の回答に悪影響を与えていた可能性がある。それが延期されたことは幸運だったと思える。

石破政権にとって、春闘の集中回答日の3月半ばに高い賃上げ率が経営側から回答されれば、今回の日米首脳会談と並んで大きな手柄になる。内閣支持率が上がり、夏の選挙でも与党の得票率に好影響を及ぼすであろう。これから待ち構える難関突破に向けて、日米首脳会談は上出来のスタートだったと言える。

対米投資1兆ドル

トランプ大統領が、会談で石破首相に揺さぶりをかけなかった理由の一つは、石破首相がそれなりの手土産を持って臨んだからだ。中でも、対米投資を1兆ドル(151兆円)まで増やすと約束したことが大きい。この約束は、対米直接投資残高をトランプ大統領の任期中の4年間に、1兆ドルまで増加させるという意味だと考えられている。2023年末に7,833億ドル(118兆円)である。すでに、日本の経営者には、4年間で5,000億ドルの対米投資を約束した人もいる。会談では、自動車メーカーの対米投資の追加も伝えている。トランプ大統領にすれば、それが国内雇用増に寄与している成果として誇れることになる。

実は、この対米投資に関しては、会談前に水面下での駆け引きが奏功した側面がある。USスチールのCEOが日米会談の手前でトランプ大統領に会っていた。そこで、トランプ大統領に「これは買収ではなく投資だ」と知恵をつけた可能性はある。もちろん、買収と投資の違いは微妙であるが、資本参加の仕方を工夫して経営支配の色を出さないことで、「買収ではなく投資だ」と説明する方法はある。バイデン政権の「安全保障上の懸念」を理由にした中止命令とは一線を画する。トランプ大統領は、この命令に石破首相が憂慮を示したことを知っていたのだろう。それを計算に入れて「買収ではなく投資だ」と認めたことには、トランプ大統領の強かさを感じる。前言をひっくり返しても実利を得ようとする「商人の発想」は、日本の政治が少しは学んでよいところだろう。

「買収ではなく投資だ」という方針転換は、今後、日本が対米投資を増やそうとするときに、政治的妨害が行われにくくなるというメッセージにも聞こえて、追い風になるだろう。対米投資促進に向けて、日本企業の不確実性を低下させた。技有り一本になったと感じられた。

関税政策の行方

トランプ大統領は2月9日に鉄鋼・アルミニウムの輸入に25%の関税率をかけると発表している。これは、日米会談後の火種だ。USスチールの問題も、完全な株式取得は見直さざるを得なくなっている。本件に関しては、石破・トランプ会談だけではすべてが決まらなかったという点で残念である。

とはいえ、トランプ大統領の選挙公約で、全輸入品に対して+10~20%の関税率とされる方針からは随分と変わった印象もある。これは、個別に交渉する材料にした方が得策だという意見が政権内にあることを受けているからだろう。例えば、中国にだけ10%の追加関税を課すると、米国には代わりにベトナムなどからの輸入シフトが起こり、その分、インフレ圧力を弱める。中国にはそうした他国に輸入シフトが起こる分、個別に関税をかけられる方が痛みは大きい。それに元々、トランプ大統領の交渉は、1対1のバイラテラルな取引を好む。自身のパワーも、個別に使った方が柔軟に高められる。

また、輸入関税に関して、トランプ大統領が新しく相互関税を打ち出したところをみると、全輸入に10%の関税をかける方針は遠のいていると理解できる。トランプ関税の運用方法は、当初考えられたものとかなり変容しつつあると感じられる。

課題としては、まだ、鉄鋼・アルミの関税率の問題が残る。また、日本と米国の間には、「1,000億ドルの貿易赤字」(トランプ大統領)もある。今後、これを改善すべく努力する必要はあろう。貿易赤字については、日本は米国からLNGを輸入する方針を明らかにしている。米国が増産したLNGを日本が輸入することになれば、米国は供給増分の販路を見つけて価格下落を避けられる。日本はエネルギーの調達先を中東から別の地域に分散できる。日本は、コストが下がれば輸入を増やす構えだとされる。理屈としては、LNGの価格次第ではあるが、米国産LNGの受け皿になる方針を示したことは、貿易赤字の具体的な解消策に貢献する点で良策だったと理解できる。

防衛要求も棚上げ

トランプ大統領は「同盟国である日本の防衛のために、米国の抑止力・防衛力を100%供与する」と述べた。この発言は、従来の姿勢からすれば驚きだ。日本と韓国には、相応の経済的負担を求めるという要求をしてこなかった。一旦、現状の防衛費拡充でよいとお墨付きをもらったも同然である。

トランプ大統領はEUに対しては、軍事費の支出をGDP比で5%まで積み増すことを要求している。日本の防衛費は、対名目GDP比でみて、2023年度1.4%(実績)、予算ベースで2024年度1.6%の見込みである。2027年度にかけて2%を目指している中で、それ以上の積み増しは財源を含めて難しい。米高官の中には3%に言及する人もいるが、トランプ大統領はそれは言わなかった。

岸田政権が、防衛増税で世論の反感を買って倒れてことを勘案して、日本の与党政権を刺激しないように対GDP比の引き上げは言わなかったのかも知れない。ここも、結果的に石破首相には間接的な得点になったと思える。

今後の課題

石破・トランプの関係は、良いスタートを切った訳だが、これは利害関係が一致をみたからで、今後も建設的に利害一致を追求していく努力が必要である。

敢えて挙げれば、①対米投資の増加継続、②LNG輸入拡大などを通じた貿易黒字縮小、③日韓・日豪・対ASEANでの防衛連携は進めていくことである。トランプ大統領の任期の4年間では、こうした日本側の努力目標の進捗を確認しに来ることもあるだろう。

また、石破首相の課題としては、各国首脳外交における日本の役割の向上が挙げられる。外交は、石破首相の苦手科目などと言っている場合ではない。安倍元首相は在任期間が長かったこともあり、G7における存在感を高めることができた。外交経験の乏しい石破首相に同じことを求めるのは、少し酷かもしれないが、日本はそれなりの大国なので、アジアの要として発言力を強めることが期待される。G7各国は、過去1年間で米国を含めて首脳が次々に交代している。韓国政治も混乱し、トップが近いうちに交代するだろう。そうした環境であるからこそ、石破首相の果たす役割には、一層の期待感がある。

熊野 英生


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