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もうすぐ新札発行が始まる。それに触発されて、隠れた巨大マネーが静かに動き出している。一時は60兆円まで膨らんでいたタンス預金からの資金シフトである。その行き先が気になるが、一部は金投資に回っている可能性がある。おそらく、金投資に回っているのは一部分であり、ほかにも移動先があるはずだ。
いよいよ新札発行が近づく
2024年7月には新札発行が予定されている。そこで2024年1月15日の拙稿に続いて、5月末時点でのタンス預金の状況をレポートしてみたい。
最近の銀行券残高の伸び率は、新札発行が近いことが影響してなのか、この約半年程度はずっと前年比マイナスで推移している。原因と考えられるのは、タンス預金の減少である。正式な統計ではタンス預金のデータは存在しないが、筆者が試算したデータでは、2024年4月(直近)は57.6兆円となる(図表1、2)。4月のタンス預金は、前年比▲0.8%だ。こちらも2023年10月以降は一貫して減少している。
なぜ、タンス預金が減るかという理由は、新札発行で自分が保有するお札が「旧札」化することを心配する心理が働くからだろう。もちろん、現行札が使えなくなることなどはあり得ない。普通はそんなことを現実味を持って考えはしないと思う。
しかし、仮に自分自身が巨額のお札を金庫に持っている大富豪であれば、「旧札になって大丈夫か?」と一瞬でも思うはずだ。つまり、タンス預金の扱いを再検討してみる機会になっていると考えられる。例えば、ここ2、3年はインフレ傾向である。2022年4月に消費者物価上昇率は2%を超えて推移している。季節調整値では、2022年4月→2024年4月までに指数は6.0%上昇した。この間、貨幣価値は▲5.7%も目減りしたことになる。そうしたインフレ課税の影響を考えて、銀行券以外の保蔵手段に資産を移した可能性はある。
そのシフト先は、金投資ではないかとみられる。金は、タンス預金に近い存在であり、かつ、①インフレ抵抗力がある。タンス預金に近い理由は、②比較的価値が安定している、③匿名性はある程度確保できる、ということが挙げられる。


金にシフト
金価格は、海外市況の上昇と円安進行の相乗効果で、ここ数年は上昇傾向を辿っている(図表3)。直近の5月30日は店頭小売価格1g12,955円(税抜き、田中貴金属調べ)と高騰が目立つ。市況の上昇は、日本のタンス預金からのシフトもごく一部の押し上げ効果をもたらしているかもしれないが、主な要因は、歴史的なドル高だろう。国際通貨であるドルは、地政学リスクが高まるとその需要も高まる。有事のドル買いである。FRBのホームページの名目実効ドルの推移をみると、利上げ開始をした2022年3月以降にドル価値はさらに上昇した。しかし、ドルに人気が集まり過ぎると、高値警戒感からドルの代替物である金を持ちたいという需要も生じる(経済学で言う代替効果)。そうした金需要が円ベースの金価格をも押し上げて、インフレ抵抗力のある投資先とみられているのだろう。
もちろん、金は価格変動リスクがある点でタンス預金とは違うが、世界中の金産出量は限られているので、その相対的価値は安定しているとみる人は多い。
タンス預金からの資金シフト
多くの金融関係者から熱い注目を浴びているのは、新札発行で57.6兆円ものタンス預金の一部がどこへ資金シフトするかという論点だ。
前回2004年の新札発行のときはタンス預金が一時▲7.5%も減少した。これと同じことが2024年7月前後に起これば、その受け皿には大量の資金が移動する。例えば、約60兆円のタンス預金のうち7.5%が動くとすれば、その規模は4.5兆円になる。地方銀行の総資金量の2~3倍になる。
2024年4月時点の残高57.6兆円は、ピークの60兆円に比べて▲2.4兆円になる計算だ。あまり厳密に考えてはいけないが、すでに半分近くのタンス預金は動いていてもおかしくはない。
先に、タンス預金の移動先は、金投資が候補と述べたが、ほかにも行き先はあるかもしれない。金の市場はそれほど大きくはないからだ。
もっとも、ほかの行き先を特定することは難しい。インフレ抵抗力を考えると、外貨投資も考えられるが、外貨投資をするのであれば、そうした富裕層はすでに投資を十分に行っているはずだ。株式・投信もそうである。
完全な匿名性がある投資先などは存在しない。紛失リスクもあるので、筆者はこの上なく危険だと感じる。似ている資産には絵画や骨董品などの美術品はあるが、その価値は個別性が高く、また不安定である。暗号資産もあり得るが、こちらは価格変動リスクがより大きく、価値保蔵はしにくい。
金投資以外の可能性は、外貨投資、美術品、暗号資産などが挙げられるが、いずれも決め手に欠けると思わせる。

タンス預金も持ち主は誰か?
ところで、タンス預金の持ち主は誰なのだろうか。
まず、統計データに基づくと、高所得者がより多くの現金を持っていると推察される。金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」(2023年)では、家計の保有現金は2人以上世帯が平均57万円、単身世帯が平均49万円となっている。属性別の内訳で100万円以上の保有割合が最も多いのは、年間収入750万円以上のクラスターである。750万円以上の年収の世帯では、20~31%が現金を100万円以上保有している。
しかし、この数字を鵜呑みにしてよいとは限らない。家計の現金保有残高は、2023年12月末に109兆円に達する(日本銀行「資金循環統計」)。総世帯数約6,000万世帯で割ると、1世帯当たり182万円になる。このアンケートは決済用と限定している。回答者がタンス預金を対象に含めていない可能性はある。
また、匿名性のある資産としてタンス預金を保有している人は、その保有を秘匿しておきたい動機があるので、そもそもアンケートに回答者が正直には書かない可能性がある。
これは、完全な類推だが、相続を意識した高齢者が主な保有者であろう。筆者の研究では、タンス預金が増え始めたのは、1990年代の金融不安の時期となる。預金の安全性が脅かされたと感じて、自宅に保蔵する人が増えた。その後、超低金利が続いて、タンス預金を敢えて取り崩す必要性がなかったので、ここまでタンス預金は膨らんだ。低インフレと低金利がタンス預金増加の背景構造にはある。
しかし、それも最近になって変化しつつある。ここ2、3年はインフレが進み、マイナス金利も解除されたからである。今後は、タンス預金は増えにくい環境になり、新札発行後もこれまでのようには増えない可能性が高いとみられる。
熊野 英生
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

