大型経済対策の正当性を問う

~子育て世帯への支援は必要か?~

熊野 英生

要旨

今になって、大型経済対策が必要とされる根拠は、どこにあるか。巨額の財政出動は、最終的に国民が支払う税金で賄われるから、正当性を明らかにする必要がある。その点は、今、コロナ感染が収束して、経済がリバウンドするチャンスが到来しているから、経済対策によってリバウンドの勢いを後押しすると説明できる。しかし、経済対策の中で、子育て世帯の支援は、それを正当化する考え方がどうしても思い浮かばない。

目次

正当性とは何か

岸田政権は、11月19日に財政出動が40兆円超(含む財政投融資)と言われる大型経済対策を発表する予定である(図表1)。そこで求められるのは、この経済対策を今のタイミングで実施することへの説明責任だと考えられる。そして、その経済対策の内容は、本当に必要性の高いものなのか。そうしたことへの国民の納得感が、今後の内閣支持率や来夏の参議院選の行方を占う上で重要になってくる。

まず、経済対策を打つ理由は、形式的には、岸田首相が自民党総裁選挙と衆議院選挙で大型経済対策を公約として掲げたことで説明できる。しかし、それ以外に、敢えて巨額の資金が使われる必要性が問われなくてはいけない。経済対策を公約したから無制限に資金を使ってよいと考えてよい訳ではない。なぜならば、経済対策の財源の出所は、最終的に国民が支払う税金になるからだ。

私達が働いて支払った税金は、以前よりも増えている。2019年10月には、政府は消費税率を10%に上げた。国民は、そうした税金を勝手に使ってもらっては困ると思っている。私達の税金を元手にして財政出動を行う以上は、歳出増の中身に対して、はっきりした根拠を求められる。それが、財政資金を使うことへの正当性というものだ。

筆者なりにその合理的理由を考えると、コロナが一服したからこそ、今から経済対策を打てるチャンスが訪れたということだと思う。2020年度決算では、実に30.8兆円もの繰り越しがあった。これまでの経済対策は、コロナ禍の中で、使おうとしても使い切れないものが多かった。それが、今、ようやく対策が打てるようになってきた。ワクチン・検査パッケージの用意もできて、感染対策との両立を考えながら、経済再開をできるタイミングがやってきた。

岸田政権には、経済再開の上向きの動きをさらに加速する働きをするという使命がある。

11月15日に発表された2021年4~6月の実質GDPは、前期比年率▲3.0%というマイナス成長に転じた。米国やEUの成長率のプラス成長からは大きく引き離されている。日本の景気低迷は明らかだ。今から欧米経済にキャッチアップするためには、経済対策を打つ必要がある。リベンジ消費をGoToキャンペーンを再開して支援すると、現在、最も疲弊している観光産業に活路を開くことにもなる。

眼目は「効果」と「救済」

経済対策の目玉は、賃上げを促進するための法人税減税である。従来の所得拡大促進税制を拡充する。岸田首相が、令和版所得倍増計画を打ち出したとき、それを実現するエンジンと目されたのが、この税制である。筆者は、この内容にも十分に正当性があると考える。

確かに、賃上げの促進には、税制だけで大丈夫かという疑問はある。中小企業にも、減税が有効なのかという課題はある。そうであっても、分配のところを動かして次の成長へと需要を支援しようという発想自体は間違っていない。

これとは別に、①生活困窮者への追加的給付金、②学生への修学継続のための給付金、③事業者向けに最大250万円の給付金など、が挙げられている。これらは成長率を高めようとするときのダウンサイド・リスクに手当する意義がある。例えば、これは船団がスピードを一斉に上げようとするとき、最も船足の遅い企業に支援を行うことで、船団の中から落伍者を出さないという考え方になる。

最近は、原油高騰や円安による輸入物価上昇が著しい。7~9月のGDP統計の中で、輸入物価デフレーターは前年比19.0%という急上昇になっていた。そうした負担増が中小企業に重くのしかかっている。今は負担増への耐久力を高める策も必要だ。

疑問符が付く子育て世帯への支援

経済対策全体を眺めて、違和感が強いのは、18歳以下への給付金である。筆者には、この対策を合理的に説明するだけの知恵が思い浮かばない。どう考えても、腹にすとんと落ちてこないのだ。この政策がない方が、経済対策全体を岸田首相はきちんと説明ができると思う。

もともと、18歳以下の子供に1人10万円を配ることは、自民党の公約には入っていなかった。これは、公明党の公約であり、自民党の公約ではない。自民党に投票した人は、もしも、公明党の公約を自民党が丸飲みしてしまうと、自分たちはその政策にYESと言っていないと怒るだろう。だから、自民党と公明党の幹事長が交渉して、960万円の所得制限を加えた経緯がある。岸田首相も、自民党に投票した人達に、今回の経済対策で趣旨の異なる政策を飲み込んだことの説明責任をクリアにしなくてはいけなくなっている。

厚生労働省「国民生活基礎調査」では、2019年の子育て世帯(児童のいる世帯)の所得分布がわかる。そこでは、子育て世帯の平均年収は745.9万円、可処分所得は575.0万円であった(図表2)。これは、全世帯に比べて35~38%も所得水準が高い。全世帯平均所得は、552.3万円、可処分所得は417.7万円である。

注:世帯年収ベースでは、年収960万円以上の世帯割合は、子育て世帯の22.9%になる計算である。

公明党の説明では、所得制限があっても、ほぼ9割の世帯がもらえるということである。今回のルールでは、夫婦のうち年収が高い方が960万円以上であれば、給付金はもらえないことになっている。

子育て世帯の所得分布では、900~1,000万円が6.5%、1,000万円以上が20.3%である(図表3)。つまり、夫婦の年収が高い方に基準を合わせた所得制限では、上位1割だけが制限されるので、世帯年収(夫婦の所得合計)が1,000万円以上の世帯の半分(20.3%の半分)がもらえて、もう半分がもらえないという計算になる。この所得制限では、相当に多くの高所得者でも受け取れることになってしまう。

疑問なのは、なぜ、子育て世帯という属性だけで、税金を還付するような措置をするのだろうか。もしも豊かな世帯に10万円を還付するという風になってしまうと、過去の経緯と矛盾する。消費税を10%にしたときには、政府は逆進性対策を講じた。これは、与党の中から逆進性への批判が上がり、外食を除く食費に軽減税率を適用して8%にする対応を導入したという経緯である。今回の子育て世帯への給付金は、そのときに言っていた内容と鋭く対立してしまう。その点を岸田首相はどう考えるのだろうか。

また、高所得者ほど貯蓄率が高いため、給付金は消費に回りにくく、景気刺激の効果は弱いということになる。一方で少子化対策としての効果も曖昧だ。2021年以降の年間出生数は、年間80万人台を切って70万人台にまで減少する可能性がある(2020年の出生数84.1万人)。だから、限られた予算の中でより有効な少子化対策に心がける必要がある。

筆者は、困窮者支援や賃上げ促進には賛成であるが、子育て世帯への給付金だけは説明できない。これが選挙対策と見られることは、岸田政権への信頼感を落とすものだと感じられる。2022年7月の参議院選挙では、さらに別の給付金が登場するのではないかという心配も聞かれる。選挙の度に、新しい給付金が続々と登場しないように、岸田政権は説明責任を果たす必要がある。

より大切な母子家庭対策

救済すべき対象として考えられるのは母子世帯である。「国民生活基礎調査」では、子育て世帯が2019年1,122万世帯であるのに対して、母子世帯は64.4万世帯と少ない。しかし、母子世帯は貧困化しやすいことが知られている。2019年の平均世帯所得は306.0万円で、可処分所得は241.5万円と低い。驚くのは、306.0万円の平均所得のうち、児童手当等が30.1万円と約1割の収入源を占めている。母子世帯は、児童手当への依存度が高いのだから、一時金であれ、所得を給付金で増やすことができれば、相対的にその支援力は大きくなる、生活困窮世帯には、すでに2021年7月に最大20万円の給付が行われている。今回は、さらに最大+10万円が加わる見通しである。

もしも、母子世帯の収入を20~30万円を増やすことができれば、恩恵は絶大とみてよい。母子世帯の貯蓄状況は、全体の31.8%が無貯蓄世帯である。母子世帯への給付金が貯蓄に回る可能性は少ない。

間接的な効果を狙え

筆者は、表面的に経済対策の規模をアピールするよりも、それを実施することで副次的に現れる効果を広げる発想をもっと重視した方がよいと考えている。

例えば、GoTo事業は非正規雇用者への給付金よりもずっと効果的に非正規雇用者の人々を支援することができると考えられる。なぜならば、宿泊・飲食、娯楽業の雇用者に占める非正規の割合は、他業種よりも高いからだ。2021年7~9月の総務省「労働力調査」では、飲食業は79.5%、宿泊業は53.2%、娯楽業は58.8%が非正規雇用者だった。これらの業種が立ち直ることは、さらにコロナ禍で削減された非正規雇用者を雇用吸収することにもなる。

筆者は、一時的な給付金で、非正規雇用者を助けるよりも彼らの雇用安定化をする方がずっと所得形成に資すると考えている。給付より雇用を増やすという政策思想は、欧州などでは主流になってる。

子育て世帯の支援でも同じことが言える。子育て世帯には、中高所得者が多いことはすでに述べた。子育て世帯は平均所得が745.9万円だとすれば、賃上げ率が2%ほどに上昇すれば、平均所得が+14.9万円も増えることが見込まれる。1世帯に10万円が支給されるよりも、2%の積み上げの方が金額が大きい。さらに、賃上げがベースアップならば、翌年以降も所得増加の効果は続く。その意味で、賃上げは、岸田首相がいうような「次に成長」を喚起するものだと理解できる。

熊野 英生

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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