緊急事態宣言の弱点

~なぜ、宣言は効かなくなるのか?~

熊野 英生

要旨

7月12日から4回目の緊急事態宣言に突入した。緊急事態宣言には感染者数を減らす効果はあるが、感染者数が減っていき消費が増えていくと、再び感染者数がリバウンドする。その弱点が放置されるので、何度も緊急事態宣言が繰り返される。国民の間にも厭戦ムードが醸成されて、政策への信認が低下してしまう。

目次

4回目の緊急事態宣言

7月12日から8月22日にかけて、4回目の緊急事態宣言が発令される。東京都と沖縄県が対象だ。この措置に落胆した人は多いと思う。そして、人々は「こんなに早く再発令なのか」と驚いたことだろう。6月21日に3回目の緊急事態宣言が終わってから、政府は7月7日に4回目を決める。僅か2週間しか解除期間がなかった。この間、2週間のまん延防止措置は、機能しなかったということになる。筆者は、ここに緊急事態宣言という措置の隠れた問題点があると感じれている。

まず、考える材料として、感染状況と消費の高い相関関係をみてみよう。東京都の新規感染者数(月間の1日平均者数)は、総務省「家計調査」(2人以上世帯)の季節調整済実質指数の前月比の伸び率の推移との間に高い相関関係がある(図表1、相関係数0.932)。このデータは逆相関であり、感染者が増えれば、消費が減っていく関係である。推計式は、

消費費支出の前月比伸び率=-0.0135×新規感染者数+8.78

という式で表せる。消費の減少率は、統計データより先に判明する新規感染者数によって推定することができる。例えば、6月の感染者数(月平均409人)から推計すると、消費支出は前月比3.3%増となると推計される(図表2)。7月は感染者数が増加(7月1~11日平均で700人)したので、前月比▲0.2%ほど減少しそうだ。

図表
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図表
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この東京都の新規感染者数は、景気ウォッチャー調査の「景気の現状判断DI」や家計調査の勤労者世帯・消費性向(季節調整値)との間でも、相関関係(負の相関)が確認できる。つまり、家計行動は、緊急事態宣言そのものというよりも、日々の感染状況を見ながら、消費を手控えたり、積極化させたりしていることがわかる。家計は、正しく情報を入手して、全体としては合理的に行動するから、感染者数が増えれば危険性を感じて行動を慎重化させるだろう。逆に、感染者数が減っていけば、危険性が低下したと感じて消費を増やすのである。

では、緊急事態宣言の意味とは何かというと、それは国民に注意喚起をすることで、結果的に感染者数の抑制に効いている可能性が高い。過去の緊急事態宣言をみても、緊急事態宣言の発令後すぐに、新規感染者数はピークアウトして減り始めている(図表3)。これは、時間的先行性があるので、因果関係の要件のひとつを満たしている。政府が人々に注意を喚起するアナウンスメントを発したとき、それに反応して人々は感染機会を抑制することを示している。

図表
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感染リバウンドの制御

問題は、感染者数が減少していくとき、人々が警戒心を緩めてしまう点にある。緊急事態宣言→感染者減少→消費持ち直し、という関係を描くことができるが、その後で、再び感染を拡大させるという逆の作用も発生している。消費持ち直し→感染拡大という逆の作用である。その点、緊急事態宣言には、時間が経過すると、感染阻止の作用がうまく機能しなくなる弱点がある。緊急事態宣言のアナウンスメントよりも、感染減少で人々の気が緩んで、感染再拡大が誘発されるという副作用が大きくなるのである。

緊急事態宣言の注意喚起<感染者減少による注意低下(時間とともに低下)

しばしば、菅政権が6月21日に緊急事態宣言を終えたのは早すぎたから、7月12日から4回目の緊急事態宣言に追い込まれたと批判される。しかし、緊急事態宣言を延長したとしても、時間が経過すると、どうしてもアナウンスメント効果が落ちてくる。政府は、緊急事態宣言を延長しても、6月末頃からの感染者の増加をうまくコントロールできたのであろうか。緊急事態宣言の発令は、当初は感染拡大に対する有効なブレーキではあったとしても、継続的に感染者を抑え続けることはできない。つまり、緊急事態宣言の中に、感染リバウンドの作用が内在していて、その点を未だに改善できていないと理解できる。消費が増えたときに、有効性が高い感染防止策を講じなければ、感染リバウンドがいずれ起こってしまう。この問題点は、過去1年以上の感染対策の中でも手つかずになっている。

感染防止と経済活動の両立

平時の感染防止として、政府は早い時期から三密対策を発表した。密接・密集・密閉を避けるというネガティブ・リストを示す方針である(後日、大声を出さないも加わる)。これは合理的な政策だ。

民間活動では、政府のメッセージを受けて、常時マスクをつけることや、会話時に飛沫が飛ばないようにアクリル板を設置し、換気も徹底する事業者が増えた。ただ、課題としては一部の飲食店などには、それが徹底されていないことがある。協力金を受け取らず、感染防止策をほとんどしないで営業する事業者が、残念ながら散見される。

問題の核心は、ミクロの感染防止策が必ずしも徹底されないことにある。新規感染者数が一定以下に減らない理由とも関係している可能性がある。感染防止と経済活動が両立できない根拠は、ミクロの感染防止策の不徹底に原因があるのだろう。

そこには、ルールを遵守するインセンティブが事情者に乏しいことがあると筆者は考えている。これは、政府が「依頼人」、飲食店が「代理人」と考えると、経済学ではお馴染みの「プリンシパル・エージェント問題」になる。依頼人が代理人にお願いしても、代理人がその約束をきちんと果たさないから、感染防止が完全に機能しない。これをエイジェンシー・コストの発生という。なぜ、エイジェンシー・コストが発生するかというと、飲食店には十分なインセンティブがないことと、情報の非対称性の問題があるからだ。飲食店がお金をかけてアクリル板を買い、換気のための空気清浄機を用意することは、感染防止を守ることのメリットに釣り合わないと抵抗する。長期的には飲食店が安全だという評判をつくり、短期的コストを上回る意味はあると思うのだが、自分たちが敢えてお金をかけなくても、別の店がやってくれるだろうと思うから、感染防止策を講じない飲食店が増える。ここに利益相反が生じている。

経済学の知見を使うと、飲食店がアクリル板を入れて、空気清浄機を使ったときには、営業時間を10時まで延長してもよいというインセンティブを与えるとよいと言える。また、東京都は、そうやって10時まで営業することを許可した店に立ち入って、感染防止策を徹底しているかどうかをチェックする。東京都はマンパワーをかける負担が生じるが、情報の非対称性の問題は改善する。

これまでの政府は、中央集権的にルールを定めて、それをアナウンスすることに終始してきた印象がある。それでは、エイジェンシー問題によってルールの運用はうまくいかない。

また、ルールづくりと周知のさせ方にも問題がある。酒類提供の禁止はその代表例だが、本当に酒類を提供するだけで感染が拡大するのかという点が単なる蓋然性の話ではなく、科学的なエビデンスはあることなのか。それがあれば、その合理性を事業者に示して説明することが必要だ。また、酒類を提供しても感染防止ができる代替策を検討することが必要であろう。酒類禁止が、不可避な措置なのであればそれは仕方がない。そうした用意周到な説明責任と制度運用の検証が必ずしもなされていないことが、事業者からに反発を受けている。

政策の信認

緊急事態宣言は、7月12日から8月22日まで続くとされる。しかし、これまで最初に設定した期日が守られたことはない。今回も、8月22日から延長される可能性が十分にある。すでに、サービス事業者は、甚大な業績悪化のダメージを受けていて、経営危機に瀕している先も多い。

第4回目の緊急事態宣言が従来とは異なっているのは、ワクチン接種が同時に進んでいることだ。接種率は7月末に高齢者と医療関係者が接種を終えて、国民の33%程度までに高まるだろう。8月22日には、そこから接種が2,200万回増えて、43%くらいまで接種率が高まっているはずだ。8月末には50%近くまで高まるだろう。そうすると、欧米の事例では、社会のムードがワクチン接種の進捗によってかなり改善するはずである。病床使用率なども、高齢者が発症・重症化しないので、低下していくことが見込まれる。8月22日に終了せず、期限が延びたとしても、その代わりにワクチン接種が進むことで、第5回目の緊急事態宣言を回避しやすくなる。

そうしたワクチン期待があることはよいことなのだが、すでに国民の間には、緊急事態宣言が何度も発令されて厭戦ムードが漂っていることは無視できない。東京五輪の観戦中止も加わって、政府の政策に対する不信感と、景気の先行きに対する不安感が強まっている。これは、政策の信認が低下することを意味している。政府にとって、非常にまずい状態である。緊急事態宣言でルールを守っても、感染防止はごく一時的にしか成功しないので、ルールを破って営業して収益を稼ごうという事業者が増える状態だ。ルールは遵守されず、感染者を減らす効果すら失われていく。すでに、緊急事態宣言を解除してすぐに次の緊急事態宣言に再突入することや、まん延防止措置が効かないのは、事業者に対する信認が失われつつあるからだという見方もできる。

政策に信認が失われてくると、経済主体は政府の方針が守られないことを予見して行動するので、経済政策が効かなくなることは、過去の経済政策の研究からわかっている。2004年には、キッドランドとプレスコットの動学的不整合性の研究がノーベル経済学賞を受賞した。そうした知見に基づくと、このままの緊急事態宣言の不完全性を放置しては、ルールが形骸化してしまうと予想される。いずれ緊急事態宣言をしても、飲食店などが全く協力しなくなり、感染者が減らない状態にもなりかねない。

こうした状態に陥らないように、筆者は緊急事態宣言の弱点である「感染減少→消費増加→感染拡大」というリバウンド作用を封じるための補強策が必要だと考える。ミクロの感染防止策の改善に、営業時間の緩和などもっと別のインセンティブを与えることが必要になると考えている。

熊野 英生

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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