株と債券は「24時間取引」になるのか

~オンチェーン化が変える、世界の市場インフラ~

柏村 祐

要旨
  • 近年、株式の24時間取引に向けた動きが具体化しているが、取引所の営業時間を延長するだけでは、決済が完了していない「未決済残高」が積み上がり、金融システム上のリスクが増大しかねない。真の24時間市場の実現には、決済インフラの根本的な構造転換が必要である。
  • 市場インフラの変革はすでに始まっている。第一に、イングランド銀行をはじめとする主要中央銀行は、決済インフラの24時間化に向けた稼働時間延長を進めている。第二に、欧州の債券市場ではトークン化債券の発行が急増し、資金調達コストの低下という実利が現れ始めている。
  • 第三に、証券と「お金」を即時に連動させる仕組みが不可欠である。国際決済銀行(BIS)が提唱する「統合台帳」構想のように、中央銀行マネーとトークン化資産が同一または相互運用可能なプログラマブル基盤上で同時かつ不可分に受け渡す「アトミック決済」の実現が、24時間市場の最も重要な条件となる。
  • 24時間・即時決済化では、いつでも売買できる利便性が高まる一方、夜間市場の流動性低下や、即時決済に伴う資金・担保負担が新たなコストとなり得る。短中期的にはインフラ提供者や一部の発行体が恩恵を受ける一方、そのコストが金融機関や投資家に転嫁される可能性を見極める必要がある。
目次

1. 「取引時間の延長」という表面的な議論の死角

世界の資本市場ではいま、株式を中心に、取引時間をほぼ24時間へ拡大する動きが現実のものとなりつつある。米国では、ニューヨーク証券取引所(NYSE)グループとNasdaqなどの主要取引所が、株式を1日23時間、週5日取引できる体制の整備を進めている。Nasdaqの計画はすでに米証券取引委員会(SEC)の承認を得ており、「24時間取引」は構想の段階から、実際の導入を準備する段階へ移りつつある。もっとも、現時点で計画されているのは、システム保守などのため1日1時間取引を休止し、週末も原則として休場する「23時間・週5日」の取引である。本稿では、こうした市場の常時稼働に近づく動きを、分かりやすく「24時間取引」と表現する。

こうした動きの背景には、国境を越えた投資機会の拡大や、暗号資産(仮想通貨)の「眠らない市場」に慣れ親しんだ個人投資家層の台頭がある。いつでも好きな時にニュースに反応してポジションを調整できる利便性は、投資家にとって非常に魅力的だ。しかし、24時間取引をめぐる議論には、見落とされがちな重要な論点がある。それは、売買を成立させる「取引(Execution)」と、株式や債券と資金を実際に受け渡す「決済(Settlement)」は、別の仕組みであるという点だ。取引所で売買が成立しても、その瞬間に株や債券と資金の交換が終わるわけではない。実際の受け渡しが完了するまでには、通常1~2営業日(T+1やT+2)のタイムラグが残る。取引時間が夜間へ拡大し、将来的に週末にも及ぶようになれば、取引は成立しているものの決済が完了していない「未決済取引」が積み上がる可能性がある。その結果、市場参加者が管理すべき信用リスクや流動性リスクが高まり、決済に備えて確保すべき資金や担保も増加する。取引時間を延ばすだけでは、真の意味で「眠らない市場」を実現することはできないのである。

つまり、株や債券の「24時間取引」は、取引所の営業時間を延ばすシステム改修や、夜間シフトの人員を配置するだけで成り立つものではない。取引時間の延長に伴って、清算、証券決済、資金決済、流動性・担保管理も対応する必要がある。さらに、取引と決済が切れ目なく連動する、より安全で効率的な市場を目指すのであれば、即時決済やオンチェーン決済を含め、取引の裏側にある「決済インフラ(配管)」そのものを見直す必要がある。では、この課題を乗り越えるために、世界の市場インフラの裏側では現在、どのような変化が起きているのだろうか。本稿では、単なる「取引時間の延長」という表面的な議論にとどまらず、世界の主要中央銀行や市場関係者が進める「オンチェーン化」に焦点を当て、市場インフラの構造転換がどこまで進んでいるのか、その最前線を整理する。

2. オンチェーン化がもたらす市場インフラの3つの変化

(1) 24時間化は「取引所」だけでなく「決済インフラ」でも進む

株式や債券の24時間取引を議論する際、「取引所がいつ開いているか」に関心が集まりやすい。しかし、現実の市場インフラの変革は、取引の裏側にある「決済インフラ」の稼働時間延長から着実に進行している。

イングランド銀行(BOE)は、CHAPSの稼働開始時刻を現行の午前6時から午前1時30分へ前倒しし、2027年9月に実施する方針を決定している。さらに、週末・祝日の決済や22時間・週6日(22×6)の運用など、ニア24時間・週7日(near 24×7)に向けた段階的な拡張も検討している。資料1は、主要中央銀行の決済システムの稼働時間を示したものである。スイスなどはすでにフル24時間365日稼働を実現しており、米国も2028年または2029年に、週末を含む週6日・22時間稼働(22×6)への移行を計画している。決済インフラの24時間化が先行する理由は明確である。クロスボーダー決済の効率化に加え、トークン化資産やスマートコントラクトを用いた「常に稼働する(always-on)」新たな金融サービスを支えるためには、最終的なリスクフリー資産である中央銀行マネーによる決済がいつでも行える環境が不可欠だからだ。取引所の稼働時間延長と並行して、その取引を支える資金決済の土台も、常時稼働に近い体制へ向けて動き始めているのである。

図表
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(2) オンチェーン化の実利は債券市場で現れ始めたが、すべてのコストが下がるわけではない

決済インフラの進化と並行して、証券自体のオンチェーン化も進みつつある。特に欧州を中心とした債券市場では、トークン化債券の発行が近年急増しており、その実利がデータとして確認できるようになってきた。

欧州中央銀行(ECB)が2026年4月にまとめた分析によると、トークン化債券は従来型の債券と比較して、発行時のイールドスプレッド(ベンチマークに対する上乗せ金利)が平均0.14%ポイント低く、従来型債券の平均と比べて約40%低いことが分かった(資料2)。これは、トークン化債券に対する投資家の需要や、新たな技術への期待などを背景に、発行体の資金調達コスト(借入コスト)が低く抑えられている可能性を示している。一方で、すべてのコストが下がっているわけではない。同分析では、トークン化債券の引受手数料は従来型債券より平均0.04%ポイント高かったが、この差は統計的に有意ではなかった。このため、現時点ではオペレーションコストが低下したとまではいえない。これは、市場がまだ黎明期にあり、従来のレガシーシステムと新たな分散型台帳技術(DLT)インフラを並行して維持・運用するための投資や専門知識が必要となっているためである。オンチェーン化の恩恵は確かに存在し始めているが、インフラ移行期の摩擦コストを伴いながら進んでいるのが実態である。

図表
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(3) 24時間市場の最大の条件は、証券と「お金」を同時に動かせることである

証券がトークン化され、決済インフラの稼働時間が延びたとしても、真にシームレスな24時間市場を実現するためには、もう一つ越えなければならない壁がある。それは、証券と交換される「お金」もトークン化されるか、オンチェーン上の資産と即時に同期決済できることである。

国際決済銀行(BIS)が2026年6月の年次経済報告書で提唱しているのが、「統合台帳(Unified ledger)」という概念である(資料3)。現在の金融システムは、中央銀行、商業銀行、証券決済機関などがそれぞれ独自のデータベース(台帳)を持ち、それらをメッセージングシステムで繋ぐことで成り立っている。この分断された構造が、決済の遅延や複雑な照合プロセスを生んでいる。

BISが描く統合台帳は、中央銀行マネー(準備預金)を核として、トークン化された商業銀行預金やその他の規制された民間マネー、そしてトークン化された証券などの資産を、共通のプログラマブルなプラットフォーム上に統合するものである。これにより、証券の引き渡しと資金の支払いを不可分の条件で行う「アトミック決済(Atomic settlement)」を、スマートコントラクトを通じて自動的に実行できるようになる。24時間市場の最大の条件は、単に取引の場が常に開いていることではない。取引と同時に、決済リスクを大幅に抑えた形で資金と証券の受け渡しが完了するインフラが整うことである。なお、アトミック決済は、決済が速いことを意味する「即時決済」と同義ではない。証券の引き渡しと資金の支払いが双方とも成立するか、いずれも成立しないかのいずれかに限られるという「不可分性」を指す概念であり、片方のみが履行されるリスクを原理的に排除する点に特徴がある。証券とお金が、同一または相互運用可能なプログラマブル基盤上で連動することで、初めて市場インフラの本格的な変革が可能となる。

図表
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3. 24時間・即時決済化で「誰が得をし、誰がコストを負うのか」

株や債券の「24時間取引」を巡る議論は、単に取引所の営業時間を延ばすという表面的なテーマにとどまらない。本稿で見てきたように、その本質は、統合台帳やアトミック決済を用いた「市場インフラの根本的な構造転換」である。しかし、この大規模な変革を投資家の立場から捉え直すと、24時間取引がもたらす利便性だけに目を向けることはできない。その裏側で、誰が利益を得るのか、誰が新たなコストやリスクを負担するのかを見極める必要がある。

第一に、夜間取引の拡大は本当に個人投資家を有利にするのだろうか。いつでもニュースに反応して売買できる利便性は高まるが、取引時間が長くなるほど、高度なアルゴリズムと24時間体制の監視網を持つ機関投資家との「対応力の格差」が広がる可能性もある。とりわけ、取引参加者が少なく流動性が低下しやすい夜間市場では、売値と買値の差であるスプレッドが拡大し、個人投資家が日中より不利な価格で取引する可能性に注意が必要である。

第二に、決済期間の短縮やアトミック決済に伴うコストを誰が負担するのかという問題である。取引と同時に決済が完了する世界では、証券会社や資産運用会社は、取引の瞬間に利用可能な資金や証券を確保する必要性が高まる。決済の仕組みによっては、従来のネット決済によって享受してきた資金効率が一部失われ、流動性を確保するための調達コストが増加する可能性がある。さらに、既存システムと新たなオンチェーンインフラを並行運用する移行期には追加的な摩擦コストも発生する。こうした負担の一部が、手数料の引き上げやスプレッドの拡大を通じて、最終的に投資家へ転嫁される可能性も否定できない。

第三に、この変革で最も恩恵を受けるのは誰か。長期的には、取引と決済のタイムラグが縮小し、決済リスクが抑制されることで、金融システム全体が恩恵を受ける可能性がある。一方、短中期的に実利を得るのは、新たなインフラを提供するプラットフォーマーである取引所やテクノロジー企業、そしてトークン化による資金調達コストの低下をいち早く享受できる一部の発行体であろう。

株式市場は今後、取引時間の拡大によって、より「24時間取引」に近づいていく可能性が高い。債券市場でも、決済インフラの稼働時間延長や、証券・資金のトークン化が進むと考えられる。ただし、取引所が長時間開いているだけでは、「真の24時間市場」が実現したとはいえない。取引成立後の清算や決済まで含め、資金と証券をいつでも安全かつ確実に受け渡せる仕組みが不可欠である。オンチェーン化や統合台帳は、そのための重要な基盤となる。投資家も、「いつでも取引できる」という利便性だけに目を奪われるべきではない。次世代の資本市場を見極めるうえで問われるのは、その背後で誰が恩恵を受け、誰が新たなコストやリスクを負うのかという構造を見抜く視点である。

以 上

【参考文献】

  • Bank of England (2026) “Extending RTGS and CHAPS settlement hours – next steps towards near 24x7 settlement”, May 2026.

  • European Central Bank (2026) “Tokenised bonds: assessing efficiency and liquidity in a nascent market”, April 2026.

  • Bank for International Settlements (2026) “Annual Economic Report”, June 2026.

  • U.S. Securities and Exchange Commission (2026) “Order Granting Accelerated Approval of a Proposed Rule Change to Extend the Exchange’s Trading Hours to 23 Hours a Day, Five Days a Week”, April 10, 2026.

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

政策調査部 主席研究員
専⾨分野: AI・資産運用・デジタル資産

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