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米イランとの覚書に隠れたリスク

~日本へのメリットはあるのか?~

熊野 英生

要旨
  • 6月17日に米国とイランは、軍事行動の即時終結などを盛り込んだ覚書を締結した。その項目は、14に及ぶ。その中で注目すべきものをピックアップして考えてみた。

  • まず、覚書ではイラン産原油の輸出が容認されている。日本は今回の教訓からホルムズ海峡に輸入が集中するリスクを強く感じているから、イランから輸入拡大を行うことは逆の効果を招く。

  • また、核開発の放棄に関しても、トランプ大統領は甘いのではないかという批判がある。オバマ元大統領らの合意の後で、イランが秘密裡に開発を行った経緯がある。ここをしっかり担保することは重要である。

目次

イランの輸出拡大

トランプ大統領とイランのペゼシュキアン大統領は、相互に戦闘集結に向けた覚書に署名した。6月19日から60日間は、核廃棄に向けた交渉が行われる。この覚書にある14項目の了解事項には、いくつかのポイントがあると考えられる。特に、重要なものだけに絞って、その意味合いを検討してみたい。

(1)米国はイラン産原油や石油化学製品の輸出を容認する。

14項目ではこの項目が最も重要だと考えられる。なぜならば、これまで高騰してきた原油市況を下落させるインパクトが大きいからだ。トランプ大統領は、中間選挙を11月3日に控えて、国民のガソリン高の不満を和らげたいと考えている。だから、覚書の中に、イランの原油輸出再開を認めるという大胆な条件を加えたのだろう。

おそらく、この恩恵は従来の輸出相手国であった中国にとってメリットが大きい。今まで9割の原油輸出分が中国向けであった。その部分がさらに拡大するのであろう。その一方で、日本は1970年代以前のように、イラン産原油を大量に輸入するのであろうか。そこは懐疑的である。今回の戦闘を通じて、日本は改めてホルムズ海峡の地政学リスクを強く認識した。今後、イラン産原油を多く輸入することは、ホルムズ海峡依存を強めるから、今回の教訓とは逆になる。これは、韓国やASEAN諸国も同じであろう。原油などの中東依存度を従来以上に高めることは慎重化するであろう。経済安全保障もそうだが、エネルギー安全保障とは、多少割高であっても、リスクに備えて割高な調達コストを我慢するということでもある。経済学が教えるところの競争を通じた均衡価格では買わないことが、安全保障上の保険になるという考え方だろう。そうした意味で、この項目は原油市況を選挙向けに下げたいというトランプ大統領の政治的思惑を反映していると筆者は理解している。

まだ不安定な核合意

そもそも、2月28日に米国によるイラン攻撃はどうして始まったのか。それは、イランの核兵器開発に歯止めをかけるためである。イランは、核兵器を保有しているとされるイスラエルの軍事的な脅威を動機にして、核保有を望んでいる。この核開発の放棄が確約されないとトランプ大統領が勝利したということにはならない。覚書では、次の2つがそれに関連している。

(2)イランは核兵器を決して調達、開発しない。濃縮ウランはイラン国内で希釈し、処分する。

(3)イランは最終合意まで核計画の現状を維持。米国はこの地域で追加部隊を展開しない。

(4)覚書の履行や最終合意の順守を監督するための仕組みを確立

この(2)から(4)が核開発に関するものだ。筆者の理解では、イランの濃縮ウランの廃棄が少し曖昧な気がする。原発の利用は認められていて、そこでの濃縮ウランの取得につながるような開発が本当に進まないかをしっかりと監視できるのだろうか。これは、2015年のオバマ元大統領の失敗を繰り返さないということでもある。

原発は濃縮度の低いウランを燃料として使用する。濃縮度は3~5%程度とされる。核兵器は濃縮度を90%以上に上げる必要がある。原発で燃やしたウラン燃料からプルトニウムが生成されて、再処理施設で化学的にプルトニウムを抽出する。イランは、ウランの濃縮度を60%まで引き上げているとされる。覚書は、イラン国内で濃縮度を上げる作業を禁じることを企図している。ここをしっかりと監視する必要性がある。多くの識者は、この監視を担保することについて、トランプ合意はオバマ合意を上回って、約束を守らせる仕組みがまだ甘いのではないかと指摘している。

ホルムズ海峡のリスク

日本にとって安心できることは、ホルムズ海峡の航行が自由になることである。覚書では、通行料もなしで、機雷除去も30日以内に進捗させるとしている。

(5)米国は直ちに対イラン海上封鎖解除を開始。30日以内に完全解除。

(6)イランは60日間、海峡で通行料なしの安全な航行を確保。30日以内に機雷除去を開始。

この2つの項目は歓迎できるものである。問題は機雷除去にかかる日数である。筆者は、今まで6月19日以降の30日間で機雷除去が済むと勘違いしていた。海外の報道では、タンカーの航行は1~2週間でできるとされた。しかし、覚書では機雷除去は「30日以内に開始される」とある。航行が完全に機雷のない状態でできるには、思っていたよりも少し長い時間を要するかもしれない。そこには、欧州諸国が機雷掃海に協力するなどの良い話もある。日本のタンカーの船主は、ホルムズ海峡の安全が確認されないと、大事な船を日本から出発させられないと考えるだろう。日本にホルムズ海峡から帰ってくるタンカーは今後増えるだろうが、自由な往来は少し先になりそうだ。

制裁解除と支援?

トランプ大統領は、核廃棄の見返りに、イラン制裁を緩めるという「飴」を用意した。トランプ流ディールは、ミサイル攻撃で核放棄に向けてプレッシャーをかけて、制裁解除を条件に核放棄を促すことにある。

(7)米国は対イラン制裁を全面解除。手続きは最終合意で取り決め。

(8)米国はイランの凍結資産を完全に利用可能とすると約束する。最終合意に向けた交渉で、資産解放手続きについて合意する。

(9)米国とパートナーはイランの再建と経済開発の計画を策定。少なくとも3,000億ドル(48兆円)を確保。

イラン制裁には、イラン産の原油輸出禁止と、イラン産原油の輸入企業への二次制裁があった。おそらく、この二次制裁が効いていて、中国は自由に輸入拡大ができなかったのではないかと考えられる。他の分野でもこの二次制裁の縛りは重くて、日本企業も従来は慎重な行動を採っていたと考えられる。だから、制裁解除は、日本やアジア諸国にもプラスがあると考えられる。

しかし、(9)の項目は筆者は話半分だと感じる。将来、核開発をイランが秘密裡に行っていることが発覚すると、日本や欧州・アジア諸国がイランに投資した案件はそこで利用不能に陥る。いわば、イラン投資にはカントリーリスクがまだ大きいと言える。すでに、3,000億ドルの基金に資金が集まっているという話もあるが、それはにわかに信じがたい。この約束に従わされる企業には大きなリスクが生じると思う。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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