時評『国内投資の拡大は実現するか』

藤井 健志

民間企業の設備投資額は名目で120兆円を超え、既にバブル期を抜き、過去最高を更新している。政府の「国内投資拡大のための官民連携フォーラム」では、「2030年度135兆円、2040年度200兆円」(25年1月)の設備投資目標が示されている。ただ、非金融法人部門の貯蓄投資差額は、1990年代後半以降、貯蓄超過が続いており、多くの主要国で企業部門の資金余剰状態が20年以上続いたことはなかったことと比較すると、日本経済の異質さが際立つ。その結果、日本の非金融法人企業の現預金残高はGDPの5割強(350兆円程度)と、主要国の中で突出している。これはリスクへの備えが厚いという側面と同時に、豊富な資金が収益見合いで賃金や投資に十分に回っていないことも示している。国内投資の増加は労働生産性の向上を通じて賃金上昇に繋がるはずである。残念ながら日本は主要国との比較で、設備投資と賃金、ともに上昇率は低い。国内投資不足により付加価値の高い製品の輸出が伸びず、これが交易条件の悪化をもたらし、実質賃金が伸びない、という循環も見て取れる。

そこで、高市内閣が推進する「危機管理投資・成長投資」である。AI半導体分野、GX投資に巨額の公的支援がなされてきているが、経済安全保障の強化、GX対応の必要性を踏まえると、政策レベルでは必要な対応だ。今後のポイントは、民間セクターが、公的支援を織り込みつつ、自らの投資に経済合理性ありと判断して、実際に投資が実行され、事業が拡大するかどうかだ。こうした動きが現実のものとなれば、日本経済は強くなろうし、実質賃金が継続して上がる体質に転換していけるはずだ。特に、経済安全保障分野は、戦略的自律性と戦略的不可欠性を持つ製品、つまり国際的に極めて付加価値の高い製品であろう。こうした分野に積極的な投資を誘発することは重要だ。政府は、戦略17分野で「官民投資ロードマップ」を策定するとしている。官民連携してロードマップを策定すれば、設備投資(あるいは研究開発投資)に民間セクターがコミットするということであり、長らく続いた設備投資の低迷から力強い増加基調に完全に転換することが期待される。

それに加えて、コーポレートガバナンスコードの改訂である。この改訂(本稿作成時点では改訂案)では、取締役会の役割・責務として、成長投資に向けた取組の重要性を強調している。例えば、現預金の投資等への有効活用など、適切な経営資源の配分が実現されるよう不断に検証を行うべきという。取締役会がこうした責務を負うなら、執行部は、中長期的な成長戦略(投資計画、研究開発計画、人材戦略etc.)を取締役会に提示することになるのではないか。あるいは、取締役会でリスク管理体制を整備する際の考慮事項として、サイバーセキュリティリスク、国際的な経済安全保障を巡る環境変化等の地政学的要因によるサプライチェーン途絶リスク及び技術等の情報流出リスクへの対応も含まれ得る、こととされる。これは、経営トップに中長期的に安定したサプライチェーンの構築や原材料の確保を強く意識させることになろう。こうしたコード改訂は、民間セクターの投資を活発化させる仕掛けの一つとみることもできる。「危機管理投資・成長投資」政策と相まって、民間セクターの一層の行動変容が起こるかどうかが、日本経済が強く豊かになるかどうかの鍵となる。

本稿作成時点で、イラン戦争によりマクロ経済環境は極めて不透明である。ただ、日本経済は2022年春以降、賃金・物価・金利が正常化しつつあり、企業の設備投資にはプラスの環境に転換されている(インフレ環境のほうが設備投資も賃上げも行いやすい)。一方、ノーマルになった経済では、金融市場も動くということでもある。政策当局が、国内投資の拡大や持続的な賃上げに適したマクロ経済環境を整え維持するには、市場のサインを見逃さず、的確に手を打つことが必要だ。今後、どのようなマクロ経済政策のかじ取りがなされるか注目される(Well, let’s see what happens)。

藤井 健志


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