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- 四半期特集寄稿『政府系ファンド構想と他事考慮』(2026年4月号)
本年2月8日の衆議院選挙では自民党が歴史的勝利を収める一方、中道改革連合は議席を大きく減らした。同連合が掲げた食料品消費税ゼロや社会保険料負担軽減の財源としての「政府系ファンド」構想は、選挙戦で一定の注目を集めたものの、国民の受け止め方は必ずしもポジティブではなかった。インドネシアでも2025年2月、プラボウォ政権下で、シンガポールの「テマセク・ホールディングス」をモデルとし、国営企業の配当を原資に成長産業への戦略的投資を行う政府系ファンド「ダナンタラ」が創設されたが、公的部門の肥大化や政治的影響によるガバナンス低下といったリスクが指摘され、運営の透明性と独立性が重要な課題となっている。このような内外動向を踏まえて、本稿では、多事考慮の観点および官民ファンドとの比較に焦点を当て、その制度的含意を論じてみたい。
提唱された政府系ファンド構想とは
中道改革連合の構想は、公明党が従来提唱してきた日本版政府系ファンド案を踏襲するものである。公明党はこれを公的部門が保有する多様な資産を戦略的に運用し、新たな財源を創出する仕組みと位置づける。世界には外貨準備や資源収入を原資とする政府系ファンドが存在し、日本にも外為特会・日銀保有ETF・年金積立金など総額500兆円規模の公的資産があり、これらを一体的に運用し、現行より1%高い収益を確保できれば年間5兆円規模の財源が生まれ、食料品消費税の軽減税率8%を撤廃することも制度上は視野に入るとされる。但し、恒久財源の創出を主目的とする政府系ファンドは国際的にも例がなく、投資目的の異なる巨額資産を束ねる構想には慎重な検討が求められるとの意見が示されている。
多事考慮と官民ファンド・政府系ファンドの本質的差異
資産運用における多事考慮とは、本来の資産運用目的以外の特定の政策を実現するために資金を運用することを指す。中でも公的資金の運用には、資産の性質や負託された使命、国民の権利との関係から特段の慎重さが求められる。政府系ファンドに関する議論においては、この視点を踏まえた制度設計が不可欠である。
また、政府系ファンドと類似している官民ファンドとの対比もあわせて考えておきたい。官民ファンドは政府出資に民間資金を組み合わせ、産業育成・技術開発・地域振興など特定の政策課題の解決を直接の目的とする「政策目的型資金」である。政策効果の発現を重視し、投資期間も比較的短期であるため、政策判断の影響を受けやすい側面がある。このため、財政制度等審議会でも、「累積損失が著しく拡大するなど、ガバナンス面で一層の改善が必要」との指摘がなされている(注1)。
これに対し政府系ファンドは、外貨準備・資源収入・財政余剰などを原資とし、国家財政の長期的安定化、将来世代への資産継承、マクロ経済の安定といった公共目的を担う。運用は長期・安定を旨とし、短期的な政策目的に左右されない中立性が求められる。国民全体の利益を対象とする「公共財的性格」を有し、特定の政策課題への資金誘導とは本質的に異なる性格を持つ。
多事考慮の観点から整理すれば、官民ファンドは政策目的の達成を前提として設計されており、多事考慮を制度に内包する。一方、政府系ファンドは国家資産を将来世代に継承させることを使命とするため、短期的な政策目的のために資金を動かすことは慎重に扱われるべきである。両者は目的・資金の性質・運用方針・政治との距離感の何れにおいても異なり、明確に区別されるべきものである。
年金積立金と大学ファンドの位置づけ
年金積立金は厚生年金保険法および国民年金法により「専ら被保険者の利益のため」(注2)に運用され、多事考慮は厳格に禁じられている。年金積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)の「サステナビリティ投資方針」でも、インパクト創出そのものを目的とする投資は行わないとされており、政府系ファンドへの組み入れは法的にも制度的にも難しい(注3)。同様に、国立研究開発法人科学技術振興機構(以下、JST)が運用する10兆円規模の大学ファンドも助成財源確保を目的とし、「他事考慮は行わない」(注4)と明記されている。研究力強化と若手育成を支える基金であり、財源転用には慎重な姿勢が求められている。
外為特会の性格と制度見直しの余地
外為特会は為替相場の安定を目的とし、利益は翌年度の外為資金に組み入れ、残余金を一般会計に繰り入れる。将来の通貨防衛のための資金であり、財源化には慎重な検討が必要である。他方、主要国では外貨準備を中央銀行が保有する方式が一般的であり、日本のように政府(財務省)が直接保有する仕組みは少数派である。制度の在り方については議論の余地はあろう。
日銀ETF・REITの活用可能性
以上を踏まえると、財源の創出を目的とした政府系ファンドに年金積立金・大学ファンド・外為特会を組み込むことは容易ではない。唯一、可能性があるとしたら日銀保有のETF・REITであろう。異次元緩和の結果として形成された配当収入と巨額の含み益は、日銀が意図せず生み出した国富と言える。売却リスクによるマーケットインパクトを踏まえて、100年以上の時間軸での処分方針が示されているが、その全てまたは一部を財源化し、国民に広く還元する活用方法には一定の合理性がある。
例えば、政府出資金・財政融資資金・財投機関債等を元本とする「少子化対策ファンド」のような目的別ファンドを創設する。このファンドに日銀保有ETF・REITの一部を時価譲渡すれば、含み益が実現益となり、法人税収と合わせて国庫に納付され、新たな財源が生まれる。現在の株価水準で考えれば、全量をファンド化する場合、大学ファンドと同規模の政策目的別ファンドを10ファンドほど創設することが可能で、あわせて、年間5兆円規模の財源を10年間捻出することも可能となる。目的別ファンドは大学ファンドに類似する仕組みだが、ETF・REITというボラティリティの高い国内株式中心のポートフォリオで運用を開始する点が大きく異なる。従って、ポートフォリオの組み替えや企業とのエンゲージメントを考慮すれば、独立行政法人よりも株式会社形態の政府系金融機関に資産運用の専門家集団を集めて、運用することが望ましい。外為特会の資金を一部時価譲渡し、ポートフォリオの安定性を高める方法も検討に値しよう。
GPIFによる年金積立金運用の成功、JSTによる大学ファンド創設を通じ、日本にも巨額の政府系ファンドを運営するための運用手法とリスク管理の知見が着実に蓄積されつつある。「責任ある積極財政」および「資産運用立国」の観点からも、日銀保有ETF・REITの活用による「政府系ファンド」の創設について今後幅広い議論が進むことが期待される。
(注1)財務省 財政制度等審議会 財政投融資分科会「財政投融資の在り方に関する議論の整理」(2024 年7月 29 日)
(注2)厚生年金保険法第79条の2と国民年金法第75条
(注3)年金積立金管理運用独立行政法人「サステナビリティ投資方針」(2025年3月31日)
(注4)総合科学技術・イノベーション会議「世界と伍する研究大学の実現に向けた大学ファンドの資金運用の基本的な考え方」(2021年8月)
安野 淳
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。