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- 時評『医療費についての一考察』
今年2月、マレーシアにおいて、当地の保険関係者、金融監督当局から、目下の課題はコロナ後の医療費の高騰とそれに伴う民間医療保険の保険料の高騰である(その保険料を政治的に低く抑えようという動きがあり、保険会社は苦慮している)、これに対し日本では医療費の増加が抑制されている、それはいかなる理由か、と問われた。日本は国民皆保険であまねく公的保険に加入し、診療報酬及び薬価制度という公定価格制度であるからと答えたが、おりしも、日本では高額療養費制度の見直しが国会で議論になっている最中であり、高騰する医療費をどうするかは各国共通の課題と認識した。
近年、高額医薬品の登場、医療資機材の高度化と高額化等により、医療費は高騰している。それをそのまま保険料に反映させれば、マレーシアの例を引くまでもなく、保険料は暴騰する。日本は他の先進諸国に比較し、医療を含む社会保障費負担の財源を公的保険料に負う割合が高く、これ以上の公的保険料率の引上げには限界があろう。かといって、税財源に求めることも、減税議論が喧しいことを踏まえれば、現実的ではあるまい。
このため、毎年の予算編成において、保険料が高騰しない範囲で公的保険制度がカバーする範囲を調整する努力が連綿となされてきた。薬価改定、患者の自己負担の見直し、高額療養費制度の見直しなどの毎年の制度改正がそれである。今年6月の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2025」においても、OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し、新たな地域医療構想に向けた病床削減、応能負担の徹底、高額療養費制度について秋までに方針を決定、といった改革メニューが並ぶ。こうした改革努力は、公的保険制度をいい形で維持していくためには不可欠である。これらに加えて、今年の骨太の方針では「保険外併用診療費制度の対象範囲の拡大や保険外診療部分を広くカバーし、公的保険を補完する民間保険の開発を促す」との記述が目を引く。英国では、国営医療サービス事業であるNHSとは別に、民間医療保険でなされる医療の世界が存在する。フランスでは、強制加入の公的医療保険に加え、大部分の国民が民間の提供する補足的医療保険に加入し、入院や長期療養の必要な疾病には公的保険が、それ以外の日常的な医療では補足的医療保険が、それぞれ大きな役割を果たしているという。医療における、公費医療、公的保険、民間保険の補完関係は、歴史的な経緯から様々な形があろうが、日本でも、先進医療の進展にともない、民間医療保険のより積極的な展開が必要となろう。
国民皆保険=公定価格制度のもとでの医療費の高騰に直撃されているのが、国立大学医学部付属病院である。大学病院は、地域に高度医療を提供するとともに、地域医療機関に医師の供給を行う。例えば、脳死臓器移植の8割は国立大学病院で行われている。また、国立大学病院全体で4600名余の常勤医師を地域に派遣している。コロナ後、医療材料、医薬品の高騰に加え、医療機器の更新等設備投資にともなう減価償却費の増加により、国立大学病院トータルで経常赤字(令和6年度42大学のうち29大学が赤字)に陥っている。そのうえ、大学病院に残りたい医師が減っているという。医学部教授はもとより若手医師も、教育、研究、診療の3つを行っているが、データによれば給与面での処遇が他の高度医療機関に比べかなり見劣りする。地域の医師養成機関、高度医療の担い手の国立大学病院が立ち行かなくなれば、地域医療は維持できない。診療・教育・研究の場である国立大学病院を持続可能なものにする改革が急務である。
藤井 健志
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。