米国:雇用「大幅増」も失業率は横ばい(26年8月雇用統計)

~FRB年内利上げの行方とトランプ2.0下での労働市場の「綱渡り均衡」~

桂畑 誠治

要旨
  • 非農業部門雇用者数は前月差+16.2万人と、市場予想(+5.5万人)を大幅に超過した。7月の季節調整の歪み等による落ち込みからの反動(地方教員や飲食業のプラス転化)や、建設・医療分野の底堅さが牽引した。過去2カ月分も上方修正され、移動平均でも増加ペースの加速が確認された。

  • 相次ぐ政策変更や関税・移民規制の強化に伴い、企業は採用を抑制(低雇用)する一方、人手不足から解雇も抑制(低解雇)しており、労働市場は「引き締まった均衡状態」にある。失業率は4.1%で横ばいとなり、タイトな需給環境が継続している。

  • 名目平均時給は前年比+3.1%と緩やかな低下傾向が続く。雇用増に伴い名目総労働所得は拡大したものの、中東情勢や関税によるガソリン高・インフレ再燃が重なり、実質賃金・実質所得は圧迫されており、今後の個人消費を抑制する可能性がある。

  • 上振れた雇用データを受け、市場では年内の追加利上げ観測がやや強まった。FRBにとっては「過熱」も「急速な悪化」も回避された形であり、今後はインフレ動向を見極めつつ、タカ派的なスタンスで政策金利の据え置きを継続する公算が大きい。

目次

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1. 非農業部門雇用者数は増加ペース加速(飲食、地方教員のプラス転化が主因)

2026年8月の非農業部門雇用者数(事業所調査)は、前月差+16.2万人(前月:同+2.1万人)と、市場予想中央値(ブルームバーグ集計)の同+5.5万人および筆者予想の+6.8万人を大きく上回った。内訳をみると、政府部門が前月差+3.5万人(前月:同▲5.0万人)と増加に転じたほか、民間部門は同+12.7万人(前月:同+7.1万人)と伸びが加速した。これは、7月に季節調整の歪み等から地方教員が大幅減少したことや、イベント特需の反動増が主因である。失業率(家計調査)が横ばいで推移したことなどを踏まえれば、労働市場の安定基調が継続していると判断される。

雇用の基調を示す移動平均をみると、非農業部門雇用者数の3カ月移動平均は前月差+7.1万人(前月:同+3.8万人)、6カ月移動平均では同+10.7万人(前月:同+5.4万人)へとそれぞれ加速した。これは今月の強い伸びに加え、7月分が+2.1万人(速報値▲2.3万人)、6月分が+3.1万人(速報値+2.0万人)と、過去2カ月分で計5.5万人上方修正された影響が大きい。

民間部門に限っても、3カ月移動平均は前月差+7.5万人(前月:同+5.3万人)、6カ月移動平均では同+10.6万人(前月:同+6.0万人)とともに加速した。単月ではノイズ(イベント効果の剥落や天候要因)による不規則変動が大きく見られるものの、雇用の緩やかな増加基調自体は維持されており、労働市場の安定性は保たれている。

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2. 民間部門では、飲食店、医療・社会扶助、建設が牽引、対人サービスも改善

詳細な内訳をみると、政府部門では連邦政府が前月差▲0.5万人(前月:同▲0.6万人)と減少を続けたものの、州・地方政府が教員の増加を受けて同+4.0万人(前月:同▲4.4万人)とプラスに転じ、政府全体を押し上げた。地方の教員数は7月に季節調整の歪みで下振れたが、8月はその反動で急増した。

民間部門では、減少が続いていた飲食店(+5.92万人)が3カ月ぶりに増加へ転じたほか、高齢化に伴う構造的な需要増と人手不足が続く医療・社会扶助(+2.84万人)が増加ペースを速めた。さらに、生成AI需要の爆発的な高まりに伴うデータセンターの建設ラッシュを背景に、建設(+2.20万人)は底堅さを示した。このほか、一般機械、加工金属、化学などの製造業(+1.60万人)、宿泊(+0.86万人)、卸売(+0.78万人)、派遣(+0.68万人)、輸送・倉庫(+0.50万人)、専門・技術サービス(+0.50万人)が増加した。加えて、鉱業(+0.30万人)、その他サービス(+0.30万人)、公益(+0.25万人)、小売(+0.14万人)、教育サービス(+0.11万人)等でも雇用が拡大している。

対照的に、芸術・エンターテインメント・余暇(▲0.63万人)、政府補助金の削減に見舞われた保険(▲0.63万人)や、AI導入の影響を受けている情報(▲2.30万人)、商業銀行(▲0.22万人)が減少した。このほか、不動産・リース(▲0.35万人)などもマイナスを記録している。

こうした業種別の動向からは、労働市場の二極化が鮮明に読み取れる。医療・社会扶助や建設が旺盛な労働需要を吸収する一方で、生成AIの台頭に伴う構造変化に直面する金融・IT、および政策的不確実性を抱える一部の製造業では人員の適正化が継続している。

3. 金融市場では年内の利上げ織り込みが小幅強まる

金融市場では、予想を上回る雇用者数を受け年内の利上げ観測が強まった。FF金利先物市場が示す各会合の確率推移をみると、まず9月FOMCでの据え置きの可能性が約41%(前日:約51%)へ低下し、25bpの利上げの確率が約59%(前日:約49%)へ上昇した。

9月以降の各会合を通じても、10月FOMC時点で現行水準(3.50~3.75%)に留まる確率が約30%(前日:約37%)へ低下し、年内25bp以上の利上げ確率は約70%(同約63%)へ上昇した。さらに、12月FOMC時点で現行水準に留まる可能性は約14%(前日:約17%)へ低下し、年内25bp以上の利上げ確率は約86%(同約83%)へ上昇している。26年末のFF金利の着地予想は3.94%(前日:3.92%)へと小幅上昇した。

この金利先物の上昇を受け、米2年国債利回り、10年国債利回りも上昇した。為替市場ではドルが主要通貨に対して強含み(ドル高)で推移した一方、株式市場では金融引き締め長期化への警戒感から、主要3指数がそろって下落した。

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4. 労働市場はトランプ2.0がもたらす「低雇用・低解雇」による均衡

こうした労働市場の変容の背景には、トランプ2.0による政策バイアスが色濃く影を落としている。相次ぐ大統領令による制度や規制の急進的な変更が現場の混乱を招き、2025年以降の米労働市場は基調として軟化傾向にあった。特に通商政策における関税の賦課・撤回・上乗せの乱発、あるいはそれらを示唆する発言の繰り返しが企業の不確実性を高め、計画的な採用の抑制や局所的な人員削減を誘発している。

また、移民規制の厳格化や不法移民の取り締まり強化が、労働供給の直接的な抑制に繋がっている点も無視できない。現在の米労働市場は、構造的な供給制約を背景に、企業の採用抑制(低雇用)と、人手不足に伴う解雇の抑制(低解雇)が同居する「一種の引き締まった均衡状態」にあると言える。

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5. 賃金は底堅い伸びも鈍化傾向、インフレ再燃もあり実質賃金はマイナス圏

平均時給は前月比+0.3%(前月:+0.2%)となり、市場予想(+0.3%)と一致した。前年同月比でも+3.1%(前月:+3.2%)と市場予想(+3.1%)と一致し、2022年3月のピーク(+5.9%)からの緩やかな低下傾向は維持されている。ただし、トランプ関税の影響やイラン・中東情勢の緊迫化に端を発したガソリン価格の急騰により、インフレ圧力が再燃しているため、実質賃金が小幅ながらマイナス圏に低下しているとみられる。個人消費の下押しリスクとして注視する必要がある。

一方、総労働時間は前月比+0.1%と小幅の伸びにとどまったものの、労働投入量(雇用者数×総労働時間)は前月比+0.3%(前月:+0.1%)と加速した。3カ月移動平均(3カ月前対比年率)では+1.4%(前月:+1.3%)と堅調な拡大を維持しており、全体としての労働需要の底堅さを示している。

さらに、労働者の購買力の源泉となる名目総労働所得(=平均時給×総労働時間×雇用者数)は、前月比+0.6%程度(前月:+0.3%程度)と拡大した。今月は雇用者数の大幅増が一時的な押し上げに寄与した。ただし、中期的なトレンドを示す名目総労働所得の前年同月比は+3.5%程度(前月:+3.6%程度)へと緩やかな鈍化傾向が続いている。雇用者数の前年比伸び率が+0.38%にとどまっていることに加え、時給伸び率の低下が響いており、名目ベースでの所得拡大ペースは徐々に抑制されつつある。インフレ再燃(ガソリン高など)が重なることで、実質総所得の伸びはさらに下押しされており、今後の個人消費を抑制する要因となる可能性がある。

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6. 失業率は4.1%と横ばい、労働需給のタイトさは継続

家計調査によると、8月の失業率(U3)は4.1%(前月:4.1%)と横ばいとなり、市場予想中央値(4.1%)と一致した。労働参加率が61.6%(前月:61.4%)へと上昇するなかで、失業率は依然として低い水準での安定を維持している。一方、「現在は職探しをしていないが過去1年間に求職活動を行った人」と「正規雇用を探しているが経済的理由によりパートタイムで働いている人」を含む「広義の失業率(U6)」は、7.7%(前月:7.9%)と0.2ポイント低下し、中長期的な緩やかな軟化トレンドには歯止めがかかった。絶対水準としては極めて良好な雇用環境であることに変わりない。

また、労働者のマインドを示す「失業者に占める自発的離職者の割合」が13.0%(前月: 11.5%)へと上昇した。前月からの急速な上昇(+1.5ポイント)は、労働者が雇用環境を極端に悲観していない裏付けとなっている。

労働参加率が低空飛行を続けている要因としては、トランプ政権による移民流入の抑制に加え、団塊世代の退職加速という構造的要因が影響している。今後についても、労働供給が物理的に制約される環境下では、雇用者数の伸びが鈍化したとしても失業率は上昇しにくく、タイトな労働需給の均衡が続く見通しだ。

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7. 総括:FRBは政策金利の「据え置き」継続へ

8月の雇用統計は、「雇用者数の増加」と「失業率の横ばい」が共存する結果となった。これは、トランプ政権下の構造的な供給制約と、サービス業や建設投資に支えられた底堅い労働需要が拮抗する「綱渡りの均衡状態」が継続していることを示している。

FRBにとっては、労働市場が「過熱」と「急速な悪化」の双方を回避しつつ絶妙なバランスを保っていることが確認できた形となった。このため、今後の金融政策運営はインフレ動向次第となっている。

インフレの低下が鈍ければ利上げが視野に入る一方、緩やかな低下が続く可能性が高く、2%目標達成に向けてタカ派的なスタンスを保ちつつ政策金利の据え置きを継続すると見込まれる。

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桂畑 誠治


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桂畑 誠治

かつらはた せいじ

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済

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