米国:非製造業はさらに拡大ペース加速(2026年8月ISM)

~地政学リスク緩和と強靭な内需が支える一方、強まるインフレ圧力~

桂畑 誠治

要旨
  • 8月のISM非製造業景気指数は55.4(前月比+1.3ポイント)と市場予想(54.1)を上回り、拡大ペースが小幅加速した。
  • 関税圧力や仕入価格(72.6)の高止まりが企業収益を圧迫する一方、地政学リスクの緩和や力強い米国内需要が全体を強力に下支え。
  • 雇用(47.8)は構造変化や慎重姿勢により縮小圏にとどまるが、サプライチェーンの改善に伴い入荷遅延(51.3)の悪化には歯止め。
  • 7-9月期の米国経済は、コスト増の逆風を内需の強さで吸収し、「巡航速度以上の安定拡大(小幅加速)」の局面にある。
目次

1. 拡大ペースが小幅加速、堅調な国内需要が高水準を牽引

2026年8月のISM非製造業景気指数(季節調整値)は55.4となり、前月の54.1から1.3ポイント上昇した。非製造業部門の拡大ペース加速を示す結果となり、市場予想中央値(54.1)を上回った。トランプ政権による関税賦課への警戒感が継続するなか、米・イラン間の軍事対立の沈静化やエネルギー価格の小幅な再上昇、限定的ながら物流改善の動きがみられるなど、地政学的な先行き不確実性は和らぎつつある。こうした環境のなか、底堅い米国内需要が強力な下支えとなっているほか、価格上昇や供給懸念を背景とした前倒し発注の動きも寄与しており、指数自体は景気拡大・縮小の分岐点である50を大きく上回る高水準を維持している。

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2. 内需の強靭さと供給制約のコントラスト

8月の調査結果を項目別にみると、需要側の力強さと供給側の調整・制約の混在が明瞭に表れている。入荷遅延が51.3(前月比▲1.5ポイント)と低下しサプライチェーンの改善傾向を示した一方、事業活動が61.7(同+2.6ポイント)と拡大ペースを加速したうえ、新規受注が60.9(同+3.7ポイント)と上昇し15カ月連続で拡大した。また、雇用が47.8(前月比+0.4ポイント)と前月の47.4からわずかに上昇した。総合指数への寄与度で見ても、入荷遅延(▲0.38ポイント)が押し下げ要因となった一方、事業活動(+0.65ポイント)、新規受注(+0.92ポイント)、雇用(+0.10ポイント)が押し上げ要因となっている。

各項目の詳細な動向をみると、新規受注や事業活動は政策や地政学リスクの不確実性を背景に月ごとの変動が見られるものの、トレンドとしての平均値は切り上がっており、サービス需要の基調的な強さを裏付けている。地政学リスク下においても非製造業部門の活動は極めて活発である。

また、雇用指数は2カ月連続で縮小圏(50未満)で推移している。ただし、急速な人員削減というよりは、業務効率化や労働力のミスマッチ、構造変化に伴う慎重な採用姿勢を反映した小幅な縮小にとどまっており、労働市場全体としては底堅さを保っている。

供給側では、慢性的なドライバー不足などの課題が残るものの、中東情勢の鎮静化に伴うグローバルサプライチェーンの改善を受け、入荷遅延の上昇(悪化)には歯止めがかかった。一方で、仕入価格は高止まりしており、根強いインフレ圧力が企業の利益率を圧迫し続けている。

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3. 企業コメントに見る「地政学リスク」と「業種間の二極化」

企業からの定性コメントを総合すると、全般的に一定の需要や地域経済の堅調さは保たれているものの、政権の各種政策や地政学リスク、インフレによるコスト増が広範な業種の圧迫要因となっていることが分かる。具体的には、中東情勢等に伴う燃料高や、301条に基づく新たな関税措置を含む関税賦課の影響によって原材料費や輸送費が高止まりしており、利益率の圧迫や価格転嫁の難しさが際立っている。さらに、高金利や医療費の上昇、企業の収益悪化を背景に、住宅市場の減速や設備投資・購買を手控える動きも強まっている。これに対し、企業側は調達先の多角化や在庫の積み増しによって防衛を図っているものの、品質確保や納期の面で課題に直面している。

こうした中で業種ごとの二極化や抱える課題の差も顕著になっている。宿泊や飲食、教育、その他サービスでは、景気回復や地元経済の好調さを実感する声がある一方で、燃料費や投入コストの高騰が大きな重荷となっている。

建設分野では、約6.67%に達する住宅ローン金利の上昇を受けて買い手が手控え姿勢を強めており、値引きの日常化と新築市場の減速が続いている。また、金融・保険、医療、事業支援といった分野では、収益圧迫や負債増加、規制強化などを背景に、購買や事業拡大に対して慎重な姿勢を崩していない。専門・技術、小売、卸売においては、配電設備をはじめとするインフラ需要自体は旺盛であるものの、関税や素材高、メモリー不足に伴うコスト高と供給不足が深刻化しており、調達先の見直しを進めても代替確保に苦慮する状況が続いている。

4. 構成項目の詳細分析

●新規受注

新規受注指数は60.9へ上昇し、高い水準で15カ月連続の拡大圏を維持した。拡大を報告した業種は18業種中14業種(前月13業種)に増加し、縮小は建設の1業種(同3業種)に減少した。8月に新規受注が拡大した14業種では、不動産・賃貸・リース、芸術・娯楽・レクリエーション、卸売、その他サービス、医療・社会扶助が拡大に転じたほか、鉱業、教育サービス、小売、宿泊・飲食サービス、専門・科学・技術サービス、事業支援サービス、情報、金融・保険、運輸・倉庫が拡大を継続した(下線は拡大・縮小が2カ月以上続いたことを示す、以下同様)。

縮小を報告した唯一の業種は建設であった。なお、農林水産業、公務・行政、公益は横ばいとなった。企業コメントでは、「映画館の観客数増加が需要増につながっている」や「送電・発電サービスへの大規模な設備投資により事業活動が活発化している」といったコメントが寄せられた。

●事業活動

事業活動指数は61.7と高水準でさらに上昇した。拡大業種は18業種中13業種(前月13業種)へと横ばい、縮小は4業種(同2業種)に増加した。8月に事業活動の増加を報告した業種をみると、関税の影響を受けやすい卸売が価格上昇リスクの抑制に動いたことで拡大を継続したほか、不動産・賃貸・リース、鉱業、教育サービス、情報、運輸・倉庫、小売、専門・科学・技術サービス、公益、金融・保険、公務・行政が好調を維持した。また、宿泊・飲食サービス、芸術・娯楽・レクリエーションが拡大に転じている。一方、8月に事業活動の減少を報告した4業種は農林水産業、建設、その他サービス、事業支援サービスであった。なお、医療・社会扶助は横ばいとなった。

コメントでは、「新学期商戦で受注件数が増加し、ホリデーシーズンに向けた在庫補充が始まっている」などの季節要因も報告された。

●雇用

雇用指数は47.8(前月47.4)とわずかに上昇したものの、依然として縮小圏にとどまった。拡大業種数は18業種中7業種(前月7業種)、縮小業種数は8業種(同8業種)とともに横ばいとなった。

8月に雇用の増加を報告した7業種では、公益、建設、小売、運輸・倉庫、卸売が拡大を継続し、宿泊・飲食サービス、鉱業が拡大に転じた。一方、8月に雇用が減少したと報告された8業種は、農林水産業、金融・保険、事業支援サービス、不動産・賃貸・リース、その他サービス、医療・社会扶助、教育サービス、情報であった。専門・科学・技術サービス、公務・行政は横ばいとなった。コメントでは、「通常の離職補充における適任者不足」や「防衛関連など好調な業種への人材流出」が指摘されている。

●入荷遅延

入荷遅延指数は51.3と前月(52.8)から1.5ポイント低下(改善方向)したものの、50を上回っており、サプライチェーンにおける納期の遅れ(停滞)自体は継続している。回答者からのコメントには、サプライヤー側の配置見直しや納品精度の低下、一部の最新需要へのリソース集中に伴う旧規格品の供給遅延などが挙げられている。

●輸出入

サブ項目をみると、新規輸出受注は56.3(前月比+4.3ポイント)と上昇し、サービス輸出の拡大を示した。回答者のコメントには、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)地域へ調達軸を移す動きが挙げられた。

一方、輸入は56.3(同+4.5ポイント)と上昇した。回答者のコメントには、関税や海上運賃の上昇による着地コスト(ランデッドコスト)の増加傾向が指摘されている。

●物価

インフレ指標である仕入価格指数は72.6と70を超える著しい高水準でさらに前月比2.3ポイント上昇した。価格上昇を報告した業種は15業種(前月17業種)と多く、価格下落を報告した業種は6カ月連続でゼロとなった。

価格が上昇した品目は、銅、メモリー製品、燃料、ガソリン、ディーゼル、輸送費に加え、ソフトウェアライセンスなど多岐にわたる。メモリー部品や電線・ケーブル、鉄鋼・鉄鋼製品、労働者などで供給不足が深刻な状況となっている。加えて、グラフィックス処理ユニット(GPU)が新たに供給不足に陥った。

5. 8月に総合で拡大を報告した業種は18業種中13業種を維持

8月に総合(景況動向全体)で拡大を報告した業種は、18業種中13業種(前月13業種)と横ばいだった。拡大した業種は、勢いの強い順に、不動産・賃貸・リース、鉱業、教育サービス、宿泊・飲食サービス、芸術・娯楽・レクリエーション、情報、卸売、運輸・倉庫、小売、専門・科学・技術サービス、公益、金融・保険、公務・行政と続いた。一方、縮小した業種は農林水産業、建設、その他サービス、事業支援サービスの4業種(前月4業種)だった。医療・社会扶助は前月から横ばいとなった。

6. 7-9月期の基調は「小幅加速」の巡航ペース

米国経済全体の景気動向を示す「製造業と非製造業を合算した“ISM総合景気指数”」は、8月に55.3と前月から1.0ポイント上昇し、米国経済全体の拡大ペース加速を示した。

四半期ベースの推移で見ると、7、8月平均の製造業指数が55.1(4-6月期53.3)へ上昇、非製造業指数が54.8(同54.0)へと着実に底上げされている。結果として、同期のISM総合景気指数は54.8(同54.0)へと切り上がった。

2026年7-9月期の米経済は、関税圧力や高インフレといったコスト面での逆風を抱えつつも、地政学リスクに伴う供給制約の和らぎと強靭な個人消費・内需に支えられ、基調としては「小幅加速(巡航速度以上の安定拡大)」の局面にあると判断できる。

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桂畑 誠治


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桂畑 誠治

かつらはた せいじ

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済

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