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- 時評『「周回遅れ」からの出発』
筆者が大学生だった1990年頃、授業では「日本の統計は世界一正確だ。アメリカの統計などはかなりいいかげんだ」と教えられていた。当時の私はそれを素直に受け止め、日本の統計制度を誇らしく思ったものである。
それから約10年後の2000年頃、大学教員となった私は、後に「経済センサス」(いわゆる企業版国勢調査)の創設につながるプロジェクトの一環として、アメリカ・センサス局を訪問し、産業統計の仕組みについてインタビューする機会を得た。そこで目の当たりにしたのは、大学時代に教えられていたこととはまったく逆の現実だった。産業統計の制度では、アメリカの方が日本よりはるか先を走っていたのである。
戦後日本の統計制度がアメリカの強い影響を受けて形成されたことはよく知られている。ライス統計使節団が来日し、統計制度の再建に貢献し、現在まで続く多くの基幹的な統計調査も占領期に始まった。そのため、私たちも「日米の統計制度は基本的には似たものだろう」と漠然と考えていた。
しかし、アメリカでは1950年代以降、産業統計の仕組みが大きく変わり、その後も改革が積み重ねられていた。行政記録の積極的な利用、ビジネスレジスターの構築、供給側の産業活動を的確に把握する産業分類、企業組織構造の把握、産業の実態に応じた数百種類もの調査票――。2000年頃には、日本とはまったく異なる統計システムが出来上がっていた。
私たちは、自分たちが世界のトップを走っていると思い込んでいた。しかし、実際には「周回遅れ」だったのである。
帰国後、私はアメリカで見聞きしたことと、日本の統計制度の問題点を行政関係者の前で報告した。正直なところ、「問題を指摘したところで、どうせ何も変わらないだろう」と半ば諦めていた。
ところが、その予想は良い意味で裏切られた。日本の統計行政を担う官僚たちは、問題の本質を理解すると、驚くほどの速度と粘り強さで改革を進めた。既存の調査を部分的に手直しするのではなく、産業統計を作成するシステムそのものの再構築に取り組んだのである。
商業・法人登記等の行政記録の活用が始まり、2007年に成立した新しい統計法の下では、日本版ビジネスレジスターというべき「事業所母集団データベース」の整備が進められた。日本標準産業分類も大幅に改定され、企業組織の構造を捉える仕組みも整備された。こうした改革を基盤として、「経済センサス‐活動調査」が2012年に実現した。現在の日本の産業統計の調査システムは、国際的に見ても高い水準にある。一方、行政記録への依存を強めた国々では、統計調査そのものの能力が低下し、回収率の低下などによって実態把握が難しくなるという新たな問題も生じている。
振り返れば、日本の統計制度改革は、自分たちがすでに大きく遅れているという事実を直視するところから始まった。重要なのは、遅れていたことではない。それを認めた後、従来の仕組みに固執せず、時間をかけて制度そのものを作り替えたことである。
近年、日本の衰退を憂える声をよく耳にする。しかし、挽回はいくらでも可能だと私は思う。まず必要なのは、自分たちが置かれた現実を直視することである。遅れていること自体が致命的なのではない。「まだ自分たちは一流だ」と思い込み、現実から目をそらすことの方がはるかに危険である。
そして、現実を変える仕事は若い世代に思う存分やってもらえばよい。そのための権限と機会を与えるのが上の世代の仕事である。任せると決めたなら、本当に任せる。経験は伝えても、いつまでも現場の中心に居座らない。日本の統計制度が「周回遅れ」から追いつくことができたように、現実を直視し、次の世代に改革を委ねることができれば、挽回する力はまだ十分にある。
菅 幹雄
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。