1分でわかるトレンド解説 1分でわかるトレンド解説

時評『国の正しい姿を映す鏡が曇り始めている?―今求められる統計とは』

松村 圭一

GDP(国内総生産)、失業率、消費者物価指数(CPI)-これらは「公的統計」の一例だ。公的統計は、国民が合理的な意思決定を行うために、行政機関(国)、地方公共団体、独立行政法人等が作成・公表するもので(統計法)、国が作るものだけで700以上ある。統計はまさに国や社会の正しい姿を映す「鏡」であり、政策立案や企業活動、研究など社会の共通基盤となる重要な情報だ。実際、EBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)という言葉をよく耳にする。今年の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)にもこの単語が複数回登場し、予算の効果的な編成に向け「EBPMに基づき、既存事業を不断に見直す」とある。このEBPMを支える最も重要なエビデンスの一つが公的統計であるが、最近その鏡の雲行きが怪しくなっている。

その一例が、最も基本的かつ重要な公的統計として、統計法に基づき5年ごとに実施される「国勢調査」だ。同調査は、国内に住むすべての人と世帯を対象に、人口や世帯数、年齢、就業状態等を把握する。30年前の1995年調査ではほぼ100%の回答率だったが、2010年調査では90%程度に低下し、直近の2025年調査では8割程度に落ち込んだとみられる。こうした背景には、単身・共働き世帯やオートロックマンションの増加、プライバシー意識の高まり等があるとみられる。調査結果は、衆議院小選挙区の区割りや地方交付税の算定、企業の市場分析などに広く利用されているが、回収率の低下や回答項目の欠損はこれらの精度を損なうリスクを高める。こうした社会状況や報告者意識の変化に加え、統計調査員の高齢化や担い手不足、業務が複雑化するなかで国・地方の統計職員の人員・専門性不足といった統計作成者側の変化も加わり、従来同様の手法での統計作成と精度維持が難しくなっている。

ここで少し統計の歴史に触れてみたい。戦後、日本の統計制度確立に尽力した一人に元首相の吉田茂がおり、国家統計の司令塔として統計委員会の設置(1946年)や統計法の施行(1947年)を行った。

終戦直後の厳しい食糧難の際、当時外相だった吉田茂は農林省(現農林水産省)の試算をもとに、450万トンの食糧支援をGHQのマッカーサー元帥に陳情した。しかし、実際にGHQから放出されたのは70万トン程だったにもかかわらず、大きな餓死者が出なかったため、後日マッカーサーから「日本の統計はデタラメだ」と机をたたいて責められたという。その際、吉田は、「当たり前だ。戦前にわが国の統計が完備していたならば、あんな無謀な戦争はやらなかったろう」と切り返したとされている。こうしたこともあって、吉田は戦後復興には正確な統計に基づく計画的な再建が必要との認識から、前述のような統計制度改革を進めた。

この吉田茂とマッカーサーのやり取りが行われたのは、筆者が執務をしている1階下の部屋(当時のGHQマッカーサー執務室)とされており、政府統計委員会の委員を務めている筆者としても浅からぬ縁を感じる。また今年と来年は、統計委員会設置と統計法施行からそれぞれ80年となる。こうした節目において、改めて「今求められる正確な統計とは」を考えることは意味があるように思う。

改めて言うまでもなく、我が国は人口減少社会に突入しており、随所で労働力不足が指摘されている。統計の調査・作成の現場も例外ではなく、専門性を有する職員の高齢化や担い手不足にも直面している。戦後長らく積み上げられてきた、対象者から正確な回答を得て、調査員・行政職員が点検・集計する従来型の仕組みの限界を踏まえ、ビッグデータや行政記録情報、さらにAIを始めとしたDXの活用等は、今まで以上に真剣かつ踏み込んだ検討が必要と思われる。さらに統計を取り巻く関係者である報告者(調査対象)、作成者、利用者、それぞれに統計の置かれた現状に対する正しい理解と、主体的な協力が求められよう(公的統計の意義、時代・目的に応じた改廃、細かい調査が必ずしも正確な結果を生まない等々)。今の時代にあった「鏡」に進化するために。

松村 圭一


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。