時評『感染拡大とデータ分析』

跡見学園女子大学マネジメント学部教授 山澤 成康

新型コロナウイルスの感染拡大で、人々がデータに触れる機会が増えた。メディアは、毎日新規感染者数のニュースを報道する。その数字の解釈の仕方は進化しており、最近は曜日による影響を除くため前週比の増減を重視している。また、7日間の移動平均をとったり、年齢別内訳やウイルスの種類などについても報告されたりしている。死亡者数や重症者数も発表されており、人々のデータリテラシーの向上に役立っているのではないか。

感染拡大は予測やデータ分析にも大きな影響を与えた。第一に、速報性が重視されるようになったことである。新型コロナウイルスの新規感染者数は毎日発表される。一方で政府統計は正確だが発表が遅い。解決法の一つにナウキャスティングがある。足の速いデータで四半期統計などを予測する手法である。7-9月期のGDPの予測作業を同じ7-9月期にやることになるので、ナウ(現在)とフォーキャスティング(予測)を合わせてナウキャスティングと呼ばれる。もともと、5分から10分先の短時間の気象予報のことで、大雨の際の防災対策に役立てられている。

緊急事態宣言発令などは、経済に急激な変化をもたらす。通常の経済指標でナウキャスティングすると、急激な変化を追いきれない場合がある。そこで、ニュースで使われた言葉がどのような「感情」を示すのかをデータ化することが試みられている。6月末の「国際予測シンポジウム(International Symposium on Forecasting)」では、新聞記事を分析してGDP統計のナウキャスティングに役立てる研究などが発表された。

第二に、オルタナティブデータが注目されるようになった。足の速いデータといっても、従来はせいぜい月次指標だったが、インターネットの発達で、週次など高頻度で入手できるオルタナティブデータ(代替データ)が増えてきた。位置データ、クレジットカード決済データ、POS(販売時点情報管理)データなどである。レストラン予約、宿泊予約、求人情報などネットの情報を収集したものもある。内閣府の「V-RESAS(地域経済分析システム)」には、さまざまなオルタティブデータが集められており、無料でダウンロードすることができる。V-RESASの「V」は脈拍や体温などの総称であるバイタルサインのVである。経済活動を反映した頻度の高いデータであることを象徴している。

たとえば、ネットの様々な求人情報を収集して作成した新規求人数をみると、飲食店関連の求人は新型コロナウイルス感染拡大当初から低迷を続けていることがわかる。一方で、IT(情報技術)関連企業や製造業の求人は増えている。

京都府の宿泊者数のデータをみると、昨年11月にはGo Toトラベルなどの影響で前年同月比約80%も宿泊客が増えたことがわかる。しかし、最近は感染者の拡大で前々年(2019年)同月に比べて約80%減少しており、厳しい状況にある。

第三に、都道府県別データが重視されるようになったことである。新規感染者は全国一律に広がるわけではない。感染拡大が深刻な地域もあれば、そうでもない地域もある。地域別に感染者を捉えることが重要なように、経済活動も地域別に捉える必要がある。

都道府県別に経済活動を捉えるには、都道府県別GDPが必要だが、各自治体から発表される県民経済計算は発表が遅く、しかも年次である。そこで、都道府県別の月次GDPの推計が重要になる。筆者は、東日本大震災の復興状況を知るために、岩手、宮城、福島の被災3県の月次GDPを作成して復興状況を推計したことがある。

東京大学の仲田泰祐准教授のグループは、新型コロナウイルスの感染者数の予測と都道府県別月次GDPの予測を毎週更新している。感染者を減らすためには経済活動を制限する必要があるが、制限が厳しすぎると経済活動に必要以上の負荷がかかる。両者を考慮して最適解を見極める必要がある。東京都であれば、累計死亡者数と経済損失が鍵となるデータだ。経済損失を計算するために、東京都の月次GDPを使っている。

跡見学園女子大学マネジメント学部教授 山澤 成康


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