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2026.09.17
Financial Well-being
人生設計
人口減少・少子化
四半期特集寄稿『ウェルビーイング視点でみるカスタマーエクスペリエンス~ライフデザインの伴走者としての企業~』
宮木 由貴子
- 目次
CXが目指すゴールとしてのウェルビーイング
近年、多くの企業がカスタマーエクスペリエンス(顧客体験:CX)の向上を経営課題として掲げている。デジタル技術の進化により、手続きの簡便化やパーソナライズされたサービスが広がり、利便性の面では多くの企業が高い水準に到達しつつある。その結果「便利であること」だけでは差別化が難しくなり、顧客が企業に求める価値は、商品やサービスそのものから、体験価値へ、さらに人生における意味や意義へと変化している。
ウェルビーイング研究では、人間の幸福は大きく二つに分類される。一つは快楽的幸福を意味する「ヘドニア」であり、便利だった・得をした・楽しかったといった、短期的な満足を指す。もう一つは「ユーダイモニア」と呼ばれる実現的幸福であり、自分らしく生きている・成長している・人生に意味を感じているといった、持続的な幸福感である。
従来の顧客満足(CS)は、どちらかといえばヘドニア的価値の向上を重視してきた。しかし、感動や驚きは時間とともに薄れ、顧客はより強い刺激を求めるようになる。一方で、人生に寄り添い、自分らしい生き方を支援してくれるような顧客体験としての価値を提供する企業への信頼は長く続く。CXが目指すべき最終的なゴールは、顧客の人生そのものに価値をもたらすことであり、顧客のウェルビーイングであるといえる。
人口減少社会と「イミ消費」
こうした変化の背景には、社会構造そのものの変化がある。日本は人口減少と高齢化が急速に進行しており、単身世帯や未婚者も増加している。多様化が進んだ社会において、人々はこれまで以上に主体的に人生を選択しなければならない時代を迎えている。
世代別に見ると、その課題はさらに明確である。高齢世代は健康や孤独への不安を抱え、ミドル世代は仕事・子育て・介護が重なる多重負担に直面する。若年世代は選択肢が増えた一方で、将来の経済的不安やキャリア形成への迷いを抱えている。人生の正解が存在しない社会において、個人は自らのライフスタイルや価値観に合わせた選択を求められるようになり、その結果「何を選ぶか」の根拠として「なぜそれを選ぶのか」というイミを求めるようになっている。
こうした変化は消費行動にも表れている。かつては所有することが価値とされる「モノ消費」だった。この時代、「価値があるもの」は社会で認識されており、人々は最先端の家電や不動産、車を当たり前のように求め、自分にとっての価値や必要性を再考する機会は多くなかった。その後、旅行やレジャーなどの体験を重視する「コト消費」が広がったが、価値の有無や高低はやはり社会で共有されていたといえる。これに対し、現在はその商品やサービスが「自分にとって」どのような意味を持つのかを重視する「イミ消費」が拡大している。
生命保険も、「大人になったので加入する」という「当たり前消費」から、家族への責任を果たしたい・自分らしい人生を送りたい・将来への安心を得たいという、人それぞれの目的を実現するための手段として、「イミ」がより追求されるようになった。保険に限らず、人々は商品やサービスそのものではなく、その先にある人生価値を求めている。企業が提供するものもまた、単なる商品機能ではなく、その商品・サービスが顧客にもたらす意味の追求へと変化しているといえる。
ウェルビーイングのインフラとなるライフデザイン
こうした変化を受け、近年はライフデザイン支援への関心が高まっている。ライフデザインとは、自らの価値観や目指す生き方を踏まえながら、キャリア、家族、健康、資産形成など人生全体を主体的に設計する考え方である。
行政でも取り組みが進む。経済産業省では、ライフデザインサービスの社会実装に向けた実証や調査が進められ、個人の自律的な意思決定を支援する仕組みづくりが行われている。これに伴い、社員のライフとキャリアの両立を支援する「ライフデザイン経営」の考え方も広がりつつある。また、こども家庭庁でも、若い世代が結婚や出産、キャリア形成などについて主体的に考えられるようなライフデザイン支援の検討を進めてきた。さらに2026年度には企業横断型コミュニティ「Life Design Junction!」が発足し、企業・行政・有識者が連携しながらライフデザイン支援の社会実装を目指している。企業が顧客や従業員のライフデザイン支援を行うことは、自社の長期顧客やファンが増加するとともに、人材不足が深刻化する中で従業員の安定確保にもつながると期待される。
大学教育においても、ライフデザインを冠した学部や学科が目立つ。こうした動きは、人生を主体的に設計する力そのものが、これからの社会において重要な価値であることを示している。
Daiichi Lifeグループもまた、30年以上前からライフデザインと生活満足度との関係に着目し、人々の人生設計を支援することの重要性を提唱してきた。現在広がりつつあるライフデザイン支援の潮流は、当グループが長年取り組んできた理念とも重なるものである。
ウェルビーイングを高めるCXとは何か
では、企業はどのようなCXを設計すべきなのだろうか。ウェルビーイングを高めるメカニズムとしての自己決定理論では、三つの要素(自律性、有能感、関係性)が幸福を支えるとされる。CXの観点から見れば、自律性とは「自分で選んだ」という納得感、有能感とは「理解できている・使いこなせている」という実感、関係性とは「支えてくれる存在がいる」という安心感である。
たとえば顧客が複雑な選択肢の中から納得感を持って選べる状態を整えることは、自律性の向上につながる。商品やサービスの内容を理解し、自らそれらをコントロールできる状態をつくることは有能感を高める。また、担当者やコミュニティとの継続的な接点を持つことは関係性の形成につながる。
このように考えると、CXとは顧客を購買へ誘導するための技術ではない。顧客が自分らしい人生を選択し、納得して生きることを支援するための設計思想である。企業が目指すべきは、一時的な満足度向上ではなく、顧客のウェルビーイングに貢献する体験設計なのである。
生命保険会社は「保障会社」から「人生支援企業」へ
生命保険会社の本質的な価値は、有事における保障の提供である。しかし人生100年時代を迎え、人口減少と単身化が進む社会では、人々が求める価値は保障だけではなくなっている。健康、働き方、資産形成、人とのつながりなど、人生全体を支えてくれる存在、いわば、ライフデザインの伴走者としての期待が高まっている。
生命保険は将来への安心や家族への責任、自分らしい人生への納得感といった長期的価値を提供する商品である。その意味で生命保険会社は、ライフデザイン支援を通じたウェルビーイング支援企業へ進化する潜在力を持っている。保障を提供するだけでなく、顧客が人生を主体的に設計し、より良く生きることを支援する存在になることが求められている。
特に、生命保険は一般的な消費財とは異なる特徴を持つ。多くの商品やサービスは購入時に価値を実感し、その後徐々に満足度が低下していく。しかし生命保険は、購入直後に大きな効用を感じる商品ではない。むしろ将来の安心や家族への責任、自分らしい人生設計への納得感といった長期的価値によって支えられている。生命保険は本質的にユーダイモニア型の価値を提供する商品であり、その価値を顧客が日常の中で実感できるCX設計が重要になる。
人口減少社会では、結婚、出産、就業、介護、資産形成など、あらゆる人生選択に唯一の正解は存在しない。だからこそ企業に求められるのは正解を提示することではなく、一人ひとりが納得できるライフデザインに伴走することである。これからのCXは、顧客のライフデザインに伴走して自 社商品・サービスがもたらす「イミ」を提案し、その価値を体感してもらう活動へと進化していく。その先にあるのが、顧客のウェルビーイングの実現であろう。
宮木 由貴子
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。