時評『危機の爪痕』

原 正英

毎年10月にノーベル賞が発表される。経済学賞は正式にはアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞といい厳密にはノーベル賞ではないが、スウェーデン王立科学アカデミーが選考し発表しており通称としてノーベル経済学賞と呼ばれている。今年は、ベン・バーナンキFRB元議長など3名が受賞者として発表された。

バーナンキ元議長は、経済学者として、1930年代の世界恐慌における金融機関の実体経済への影響について研究し、金融機関の破綻が経済危機を深刻化させ長引かせるメカニズムを明らかにした。今年、それが評価され受賞となった。2008年、リーマンブラザースの経営破綻を契機に世界的な株価暴落と金融危機が発生した際、この研究成果も背景に、ゼロ金利や量的緩和などの新たな金融政策が行われたことは記憶に新しい。

経済学賞の表彰に対してはさまざまな見方がある。社会に広く活用できると前向きにとらえるものがある一方、成果が見えづらいこともあるためか、必ずしも肯定的に捉えられないとするものもある。これまでの受賞テーマは、経済学の根幹にかかわる新たな考え方となるものや投資理論など経済学と関連する実用分野に適用されるもの、またゲーム理論や行動経済といった新たな研究として取り上げられるものもあり、多岐にわたっている。良くも悪くもその影響は世界中に広がり、しばらく経過した後世で語り継がれてゆくこともあるだろう。良い影響として後世に引き継がれ活用されることもあると想像すると、調査・分析して発信することの意義も高まってゆく。

1929年、9月にイギリスでイングランド銀行が利上げに踏み切り、10月にアメリカで株式市場が大暴落して証券バブルがはじけ大恐慌となった。資産が消失し取り付け騒ぎとなり銀行の破綻が相次ぎ4人に1人が失業する事態となった。当時は二つの世界大戦のはざまであり世界秩序が大きく変わろうとしていた。ソ連では社会主義型の計画経済が進められ、ドイツでは独裁政権が確立されつつあった。そんな時代だったこともあり、アメリカのリーダーたちはもがき苦しんだが大恐慌という長くて暗いトンネルから抜け出せずにいた。

大統領がルーズベルトに代わり政策は一変した。証券取引法が制定され証券取引委員会が設置された。そして商業銀行業務と投資銀行業務の兼業を禁ずることも法整備された。こうした投資家保護や金融基盤整備が進むとともに、ケインズなど経済学者も重用され、それまでの経済学の根幹を大きく変える理論も確立されていった。これらは、大恐慌という想像を絶する苦難やかつてないほど大きな混乱を経て創り出されたものであり、そのうちの一部は90年後の現代社会においてなくてはならないものにもなっている。今回の経済学賞は、このような当時の関連事項も包含して表彰されたものと捉えても差し支えないだろう。

暗黒の木曜日から10年経過した1939年に第二次世界大戦が勃発、戦争特需で景気が回復するとともに、この大戦の期間に核兵器が開発・実用された。核兵器もまた、大戦という歴史的な危機において創り出されたものであるが、負の側面があまりにも大きく、脅威や不安として現在も社会に大きな影響を与え続けている。

1962年のキューバ危機では、核魚雷・ミサイルが発射寸前となったが、なんとか未然に防がれた。その間、米ソ両国のトップが互いに意思疎通を計りリーダーシップを発揮して和平に漕ぎ着けたことは、記憶に焼き付けられた。危機が収束して間もなく、ケネディ大統領は、世界大戦は小さな出来事と誤った判断が重なり悲劇が加速して起きたもの、だからこそ正しい情報と確固たる意志で行動することが重要だ、と語った。危機的な状況下で支柱となる言葉として心に残る。

2022年になってロシアはウクライナ侵攻を開始し、中国は独裁体制を一層強めている。インフレが続いており世界同時不況の不安が高まっている。いま我々は歴史的な危機に直面している。そして同時に、後世から見返したときにどのような爪痕を残すのか問われている。

原 正英


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