米中摩擦と中ロ接近のなかで中国の「過剰生産問題」はどうなる

~習近平指導部が唱える「新質生産力」の下で解消は進まず、世界経済の分断は不可逆的に進むか~

西濵 徹

要旨
  • 足下の中国経済は供給サイドをけん引役に景気底入れが進む一方、需要サイドは内需が力強さを欠くなかで公的需要や外需に依存する展開が続く。中国による過剰供給が懸念されるなか、米国は中国製品に制裁関税を課し、中国も対抗措置を検討するなど米中摩擦が激化している。他方、中国の習氏は関係繋ぎ止めへ欧州を歴訪したが、国ごとの温度差が露わになる動きもみられる。こうしたなかでロシアのプーチン氏は訪中して中ロの結束強化を確認したが、欧米と中ロの分断は世界貿易の萎縮を通じて世界経済の足かせとなる懸念がある。結果、中国の生産過剰感が一段と強まり世界経済の混乱を招くリスクも高まろう。

  • 4月の経済統計をみると、鉱工業生産は前年比+6.7%と加速しており、ハイテク関連を中心に製造業で生産拡大の動きが続く。一方で小売売上高は前年比+2.3%と伸びが鈍化しており、消費行動を巡る跛行色が一段と鮮明になるとともに、家計部門の節約志向の強まりがディスインフレ圧力を招く状況も続いている。固定資産投資も年初来前年比+4.2%と伸びが鈍化しており、投資活動を巡って国進民退色が強まるとともに、需要低迷が不動産投資の足かせとなる悪循環が続いている。当局は需要喚起に向けた動きをみせるが、人口減少など構造問題が不動産市場を巡る問題となるなかでリスク要因となる展開が続くであろう。

  • 中国の過剰生産問題を機に米中摩擦が深刻化するなか、事態打開には内需喚起が不可欠であり、積極財政が望まれる。しかし、現状は需要拡大ではなく習近平指導部が唱える「新質生産力」が重視されており、米中摩擦も中国の過剰生産問題も解消の見通しは立たない。欧米などと中ロが分断の動きを強めるなか、新興国は両陣営の『いいところ』取りを目指すが、そうした流れが世界経済の足かせとなるであろう。

足下の中国経済を巡っては、供給サイドをけん引役にした景気底入れが進む一方、需要サイドは若年層を中心とする雇用回復の遅れに不動産市況の低迷が重なる形で家計消費をはじめとする内需は力強さを欠いており、公的需要や外需に支えられる展開が続いている(注1)。なお、当局は内需喚起を目的とする買い替え促進や規制緩和などに舵を切っており、政策支援の対象分野では需要が押し上げられる動きがみられるものの、全体としての家計消費は勢いを欠いて需給ギャップが意識されており、デフレ圧力が掛かりやすい状況は変わっていない(注2)。こうした中国の過剰生産による供給過剰とそれに伴う『デフレの輸出』が世界経済のかく乱要因になるリスクが高まるとともに、経済安全保障上の懸念要因となる懸念もあり、欧米などは中国製品に対する警戒感を強めている。さらに、大統領選を控えるなかで米国は中国製のEV(電気自動車)やEV用電池、鉄鋼・アルミ、太陽光パネル、半導体、黒鉛・永久磁石などを対象に制裁関税を課す方針を明らかにしており、中国も対抗措置に動く姿勢を示すなど米中摩擦が一段と激化する様相をみせている。他方、中国は欧州諸国との関係の繋ぎ止めと欧米の間にくさびを打つべく、習近平国家主席がフランスを皮切りに、セルビア、ハンガリーを歴訪するなどアピールする動きをみせたものの、欧州諸国のなかに対中関係を巡る『温度差』が顕在化する動きがみられた。こうしたなか、ロシアのプーチン大統領は3月の大統領選で再選を果たして政権は通算5期目入りしたなか、5期目初の外遊先に中国を選ぶなど、ウクライナ戦争を機に欧米などと中ロとの分断の動きが進むなかで中ロの結束をあらためて確認する動きをみせている。中ロ首脳会談の後に公表された共同声明では、「新時代の全面戦略協力パートナーシップ関係」の深化、軍事分野での協力拡大という両国の関係深化を謳った上で、米国による対欧州戦略や対アジア太平洋地域戦略を批判するなど、双方の利害が一致している様子が確認された。また、ウクライナ戦争を巡っては対話による解決が重要とした上で、中国が提案する和平協議にロシアが謝意を示したものの、当事国であるロシアが謝意を示すなど自国に都合の良い形になりかねない協議が進展するかは見通せない。さらに、中国は世界の多極化と経済のグローバル化を戦略的に推進する方針を訴えるなど、中ロ両国が参加するBRICSなど新興国を中心とする多国間枠組を通じて欧米主導による既存の国際秩序に対抗する構えをみせており、こうした姿勢はプーチン氏が就任会見においていわゆる『グローバルサウス』と称される新興国との関係深化を模索する考えを示したこととも一致する(注3)。しかし、こうした動きは世界経済のグローバル化に逆行する可能性があるほか、結果的に分断の動きが広がることにより、足下で底打ちする兆しが出ている世界貿易の重石となるとともに、そのことが世界経済の足かせとなることが懸念される。上述のように足下の中国景気は外需への依存度を強めるなか、世界貿易の萎縮は景気の足かせとなるとともに、中国の生産過剰感が一段と強まることで世界経済の混乱を招く度合いが強まることも予想される。

図1 世界貿易量(前年比)の推移
図1 世界貿易量(前年比)の推移

このように中国による過剰生産が世界経済の波乱要因となる懸念がくすぶるなか、4月の鉱工業生産は前年同月比+6.7%と前月(同+4.5%)から伸びが加速しているほか、前月比も+0.97%と前月(同▲0.08%)に底入れの動きに一服感が出た反動も重なり大きく拡大するとともに、過去1年のうちで最も拡大ペースが大きくなるなど底入れの動きを強めている様子がうかがえる。分野別では、低調な推移が続いた鉱業(前年比+2.0%)の生産に底打ちする動きが確認されているほか、工業部門を中心とするエネルギー需要の底入れを反映して電力・熱・ガス・水道供給(同+5.8%)の伸びも加速するとともに、引き続き製造業(同+7.5%)において生産拡大の動きが強まり、なかでもハイテク製造業(同+11.3%)がけん引役となっている。こうした動きを反映して、財別でもEVをはじめとする新エネルギー車(前年比+39.2%)のほか、集積回路(前年比+31.9%)、太陽光電池(同+11.1%)、マイコン(同+9.9%)など、上述した米国が中国製品に対する制裁関税を課す方針を明らかにした財で軒並み高い伸びが確認されている。一方、当局は景気下支えに向けてインフラ関連をはじめとする公共投資の拡充に動く方針を示すとともに、今月には財政部が総額1兆元規模の超長期債の発行による資金調達を開始しており、いわゆる『国土強靭化』や被災地の復興支援、防災インフラの整備などに充当されるとされる。こうした動きがみられるものの、関連財である粗鋼(前年比▲7.2%)や鋼材(同▲1.6%)、銑鉄(同▲8.0%)のほか、セメント(同▲8. 6%)などの生産は軒並み弱含みする展開が続いており、公共投資の拡充以上に不動産需要の低迷による建設需要の弱含みが生産の足かせとなっている様子がうかがえる。その意味では、足下の景気は引き続き供給サイドをけん引役にした底入れが続いているものの、跛行色が一段と強まるとともに、そうした動きが雇用回復の重石となることで家計消費の足かせとなる懸念はくすぶると捉えられる。

図2 鉱工業生産(季節調整値)の推移
図2 鉱工業生産(季節調整値)の推移

足下の企業マインドは製造業、サービス業ともに比較的堅調な推移をみせるも、いずれの分野でも雇用調整圧力がくすぶるなど家計部門は厳しい状況に直面する展開が続いているなか、家計消費の動向を示す4月の小売売上高(社会消費支出)は前年同月比+2.3%と前月(同+3.1%)から伸びが鈍化するなど、上述のように生産の伸びが加速している状況とは対照的な動きをみせている。前月比も+0.03%と拡大傾向は続いているものの、前月(同+0.15%)に久々に底入れの動きを強めた反動も影響してそのペースは鈍化して9ヶ月ぶりの伸びに留まるなど勢いの乏しい状況が続いている。4月は清明節による連休の時期が重なったことも影響してスポーツ・娯楽関連(前年比+12.7%)の消費は伸びが大きく加速したほか、最新のスマートフォン発売の動きを反映して通信機器(同+13.3%)も高い伸びとなるなど、高額品や余暇消費に対する需要が活発化する動きがみられる。また、食料品(前年比+8.5%)や飲料品(同+6.4%)など生活必需品のほか、酒・たばこ(同+8.4%)に対する需要も堅調に推移している。ただし、政策支援の効果を反映してEVなど新エネルギー車の販売は上振れしているものの、乗用車全体の伸びは抑えられているほか、商用車の販売低迷が重石となる形で自動車(前年比▲5.6%)の販売は低迷している上、不動産需要の低迷を反映して建設資材(同▲4.5%)や家具(同+1.2%)の販売は力強さを欠くなど、消費行動を巡って跛行色が鮮明になる動きがみられる。さらに、家計部門が節約志向を強めるなかで近年はEC(電子商取引)を通じた販売が拡大している。4月は年初来前年比+11.5%と前月(同+12.4%)から伸びが鈍化しているものの、小売売上全体に占めるEC比率は23.9%と前月(23.3%)から一段と上昇していることにも現れている。こうした動きは事務用品(同▲4.4%)や化粧品(同▲2.7%)、衣類(同▲2.0%)など幅広く日用品の売り上げが伸び悩む一因になっているほか、単価に下押し圧力が掛かることでディスインフレ基調が強まることに繋がっており、先行きもこうした傾向が続く可能性は高まっている。

図3 小売売上高(季節調整値)の推移
図3 小売売上高(季節調整値)の推移

また、近年の中国経済の高成長はインフラ関連をはじめとする公共投資や不動産投資など固定資産投資の拡大の動きにけん引される展開が続いてきたものの、コロナ禍を経て供給過剰が露わになるとともに、その後も雇用回復の遅れも影響した需要低迷が市況の足かせになるなど、かつてのような勢いを取り戻すことができない状況が続いている。4月の固定資産投資は年初来前年比+4.2%と前月(同+4.5%)から伸びが鈍化しており、当研究所が試算した単月ベースの前年同期比の伸びも+3.6%と前月(同+4.7%)から伸びが鈍化するなど早くも底入れの動きに一服感が出ている。前月比も▲0.03%と前月(同+0.27%)から3ヶ月ぶりの減少に転じており、2月、3月と好調な動きをみせてきた反動も影響しているとみられる。実施主体別では国有企業(年初来前年比+7.4%)で伸びが加速するなど公的部門が投資をけん引する動きが確認される一方、民間投資(同+0.3%)は伸びが鈍化する対照的な動きをみせているほか、分野別でも設備投資関連(同+17.2%)や建設関連(同+4.2%)で堅調な動きが確認されるなど、足下の投資活動はいわゆる『国進民退』色を一段と強めていると捉えられる。さらに、不動産投資は年初来前年比▲9.8%と前年を下回る伸びが続くとともに、前月(同▲9.5%)からマイナス幅が拡大しているほか、当研究所が試算した月次ベースの前年同月比でも▲10.6%と前月(同▲9.9%)からマイナス幅が拡大して4ヶ月ぶりの二桁マイナスとなるなど一段と状況が深刻化している様子がうかがえる。中銀(中国人民銀行)は1月に預金準備率の引き下げ、翌2月には住宅ローン金利に連動する5年物LPRを引き下げるなど金融緩和に動いているほか、地方政府レベルでは規制緩和など需要喚起に向けた動きが広がりをみせているものの、不動産景況感は92.02と前月(92.07)から一段と低下するなど歯止めが掛からない状況が続いている。こうした状況を反映して4月の新築住宅価格は前年同月比▲3.1%と前月(同▲2.2%)からマイナス幅が拡大して9年超ぶりの伸びとなり、前月比も▲0.6%と10ヶ月連続で下落するとともにそのペースが加速するなど歯止めが掛からず、調査対象の70都市のうち64都市で下落する事態となっている。当局が実施する買い替え促進策を巡っては、それに伴い中古住宅に対する需要が低迷して市況悪化を招くなどの『副作用』も顕在化している。一部報道では売れ残った住宅を地方政府が買い取った上で安価で販売するといった方策が検討されている模様だが、民間債務の公的部門への付け替えやモラルハザードを招くなど別のリスクが生じるほか、財政を圧迫して必要な事業への資金が回らなくなる可能性もある。先行きは人口減少による構造問題が需要の重石となることも懸念されるなか、不動産を巡る問題が中国経済の底流に流れるリスク要因となる展開が続くことは避けられない。

図4 固定資産投資(季節調整値)の推移
図4 固定資産投資(季節調整値)の推移

図5 主要70都市の新築住宅価格動向の推移
図5 主要70都市の新築住宅価格動向の推移

中国による過剰生産問題をきっかけに米中摩擦の動きが一段と深刻化することが懸念されるなか、こうした問題の解決に向けては中国当局が内需喚起に向けた取り組みを強化することが不可欠であり、その実現を後押しすべく積極的な財政政策に舵を切ることが望まれる。しかし、当局は過去数年に亘って積極的な財政政策をお題目のように唱えているものの、その内容需要拡大ではなく習近平指導部が唱える「新質生産力(新たな質の生産力)」の実現に向けて供給力拡大に資する動きが活発化しており、足下の生産拡大の動きはこうした見方に沿ったものと捉えられる。その意味では、米中摩擦も中国による過剰供給問題が解消する見通しは立たず、結果的に世界経済は不可逆的に分断の様相を一段と強めることは避けられそうにない。よって、欧米などと中ロが分断の動きを強めるなか、グローバルサウスと称される新興国は両陣営の『いいところ』取りを目指すと見込まれる一方、そうした流れが世界経済の足かせとなる可能性はこれまで以上に高まっていると言える。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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