フィリピン景気は底入れ続くも、国内・外に課題山積の状況は不変

~政府の目標達成への拘泥が中銀の政策の手足を縛るか、ペソ相場を睨みながらの難しい対応が続く~

西濵 徹

要旨
  • フィリピン経済は構造面で内需依存度が高い一方、輸出、なかでも中国経済への依存度も比較的高い。物価高と金利高の共存や中国経済を巡る不透明感が景気の足かせとなる懸念は高まったが、昨年末以降のインフレは中銀目標の域内で推移しており、移民送金の堅調さが内需を下支えしている。他方、世界経済の減速懸念は財輸出の重石となり、外国人観光客数の動きも一進一退となるなど外需には不透明感が残る。

  • こうした状況ながら1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+5.43%と3四半期連続のプラス成長となり、中期的な基調を示す前年比の伸びも加速するなど景気底入れが確認されている。政府消費の堅調さに加え、インフレ鈍化や移民送金の堅調な流入が家計消費を下支えしている。電子部品関連を中心とする輸出拡大や外国人観光客の底入れは外需を押し上げている。ただし、金利高が設備投資の足かせとなっているほか、異常気象による農林漁業の生産低迷など、先行きの景気にとって不透明要因となる動きもみられる。

  • 中銀は米FRBの利下げを前提に先行きの利下げに含みを持たせる考えをみせたが、米ドル高の再燃を受けたペソ相場の調整を受けて政策運営の見方が分かれるなど中銀は難しい状況に直面している。先行きの景気は内・外需双方に不透明要因が山積するなか、経済成長率の政府目標のハードルは高いが政府は目標達成を目指す姿勢を崩さず、中銀には政府からの「暗黙の圧力」が強まる可能性が考えられる。

フィリピン経済を巡っては、家計消費をはじめとする内需依存度が比較的高い構造を有する一方、ASEAN(東南アジア諸国連合)内ではGDPに対する輸出比率も比較的高い上、財輸出や外国人観光客に占める中国(含、香港・マカオ)の割合も高いなど中国経済の動向の影響を受けやすい特徴を有する。ここ数年は商品高や米ドル高を受けた通貨ペソ安による輸入インフレ、コロナ禍一巡による経済活動の正常化の動きも重なりインフレが大きく上振れしたほか、中銀は物価と為替の安定を目的に累計450bpの利上げに動くなど、物価高と金利高の共存が内需の重石となる懸念が高まった。さらに、外需を巡っても最大の輸出相手である中国経済を巡る不透明感の高まりに加え、一昨年に発足したマルコス政権は中国との間で領有権を争う南シナ海のスカボロー礁を巡って強硬姿勢をみせるなど、中国による『経済的威圧』の動きが顕在化するリスクもくすぶる。こうしたなか、昨年の経済成長率は+5.6%と前年(+7.6%)から鈍化して政府目標(6~7%)をも下回るなど景気は頭打ちしたものの(注1)、これは年前半の景気が下振れしたことが影響したことに留意する必要がある。事実、一昨年以降の商品高や米ドル高の一巡を受けて昨年以降のインフレは頭打ちの動きを強めるとともに、昨年末以降のインフレは中銀目標の域内で推移するなど落ち着きを取り戻している。さらに、GDPの1割に相当する海外移民送金はその半分近くを占める米国の雇用環境が底堅く推移していることに加え、このところのペソ安によるペソ建換算ベースでの押し上げの動きも重なる形で堅調な流入が続いており、家計消費など内需を下支えすることが期待される。こうした動きを追い風に年後半の景気は底入れの動きを強めている一方、中国経済を巡る不透明感がくすぶることに加え、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国景気の勢いにも陰りが出るなかで財輸出の足かせとなる動きが顕在化している。また、外国人観光客の回復の動きも一進一退の様相をみせるなど、外需には不透明感がくすぶる状況が続いてきた。

図1 インフレ率の推移
図1 インフレ率の推移

こうした状況を反映して、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+5.43%と前期(同+7.23%)からペースこそ鈍化するも3四半期連続のプラス成長で推移するなど拡大の動きが続いているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+5.7%と前期(同+5.5%)から伸びが加速するなど、足下の景気は底入れしている様子が確認されている。なお、内訳をみると今年度予算は歳出規模が過去最大を更新する拡張型予算となっている上、教育・人材開発・社会保障・福祉・雇用(社会サービス)や公共インフラ(経済サービス)、治安維持(公共サービス)を重点分野とする歳出拡大を盛り込んでおり、年度初めのタイミングが重なるなかで政府消費が大きく押し上げられているほか、インフレ鈍化による実質購買力の押し上げや海外移民送金の堅調な流入の動きが家計消費を下支えするなど、内需の底堅さが景気底入れを促す一助となっている。さらに、世界経済を取り巻く環境は厳しさを増しているものの、主力の輸出財である半導体をはじめとする電子部品に対する需要の堅調さが財輸出を押し上げる展開が続いているほか、年明け以降の外国人観光客数は底入れの動きを強めてサービス輸出も押し上げられるなど、外需も景気底入れを促す好循環がみられる。他方、公共投資の進捗の動きは固定資本投資を押し上げる動きがみられる一方、金利高が長期化するなかで企業部門による設備投資意欲は後退しており、民間部門による固定資本投資は弱含みする対象的な動きがみられるなど、資本蓄積の面では課題山積の状況は変わらない。なお、内需の堅調さを反映して輸入も拡大していることを受けて外需(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで▲1.45ptとマイナスとなる一方、在庫投資については+0.96ptと前期から2四半期連続のプラスで推移するもプラス幅が縮小していることを勘案すれば、景気のモメンタムは前期並みの状況にあると捉えられる。一方、分野別の生産動向は輸出の堅調さを反映して製造業を中心とする第2次産業の生産が大きく拡大しているほか、内需の底堅さを受けてサービス産業の生産も堅調な推移をみせる一方、エルニーニョ現象など異常気象の頻発を受けて農林漁業関連の生産は弱含みするなど対照的な動きをみせている。ただし、農林漁業の生産低迷は供給不足による物価上昇を招くことが警戒されるなど、先行きの景気に対する懸念要因となり得ることに注意する必要がある。

図2 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図2 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図3 実質GDP成長率(前期比年率)の推移
図3 実質GDP成長率(前期比年率)の推移

なお、上述のように昨年末以降のインフレは中銀目標の域内で推移するなど一見落ち着きを取り戻しているものの、足下では異常気象による供給不足を受けた食料インフレのほか、中東情勢の不透明感の高まりを受けた国際原油価格の底入れによりエネルギー価格も上昇するなど、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きがみられる。中銀はインフレが落ち着いた推移をみせていることを受けて、先月の定例会合において米FRB(連邦準備制度理事会)が年内にも利下げに動くとの見方を前提に将来的な利下げの可能性に含みを持たせる考えを示した(注2)。しかし、その後は米国のインフレの粘着度の高さがあらためて確認されるとともに、米FRBの政策運営に対する見方が変化するなかで国際金融市場では米ドル高の動きが再燃しており、ペソ相場は調整の動きを強める事態に直面している。こうした事態を受けて、中銀のレモロナ総裁はペソ安阻止に向けてあらゆる手段を排除しない姿勢をみせる一方、政策委員のひとりであるレクト財務相は通貨防衛を目的とする利上げ実施に反対する姿勢を示すなど、政策運営を巡って難しい状況に直面している様子がうかがえる(注3)。同国は穀物をはじめとする食料品のほか、原油をはじめとするエネルギー資源もともに海外からの輸入に依存しており、折からの価格上昇がインフレ圧力を招くなかでペソ安は輸入インフレを通じてインフレ圧力を一段と増幅させることが懸念される。他方、上述のように足下の景気は堅調さが確認されたものの、先行きは世界経済の減速が外需の足かせになることに加え、移民送金の低迷や生活必需品を中心とするインフレが内需の重石となり得るなど内・外需双方に不透明要因が山積するなか、中銀にとっては景気に一段の冷や水を浴びせる利上げに及び腰となることは間違いない。1-3月のGDP統計を受けて政府は今年の経済成長率の政府目標(6~7%)の達成は可能との見方を維持しているが、現実にはハードルが高いと見込まれる一方、先行きはこうした政府の見方が中銀に対する『暗黙の圧力』となる可能性に注意する必要性があると判断できる。

図4 ペソ相場(対ドル)の推移
図4 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上


西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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