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2024.04.02
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インド、総選挙を前にモディ政権に「難敵」が現れる可能性
~暑季の熱波発生による食料インフレ懸念、天候という思わぬ難敵と対峙せざるを得ない事態も~
西濵 徹
- 要旨
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- インドでは今月19日から約1ヶ月半に亘る総選挙が控えるなか、モディ政権を支える与党BJPは勝利に向け駄目押しを図る動きをみせる。先月には改正国籍法の施行に動いたほか、野党連合の一角を占めるAAP党首でモディ首相やBJP批判の急先鋒であるデリー首都圏首相のケジリワル氏が逮捕された。一連の動きを巡っては、野党のみならず欧米など西側諸国からの批判も強まるなど関係性が変化する可能性も考えられる。他方、今年は暑季の熱波発生が活発化するとの見通しが出ており、供給不足による食料インフレのほか、ルピー安による輸入インフレも重なり物価安定を目指すモディ政権に逆風となる可能性がある。モディ政権や与党BJPにとっては総選挙を前に天候という思わぬ難敵と対峙する必要に迫られている。
インドでは、今月19日から6月1日にかけて約1ヶ月半に亘る連邦議会下院(ローク・サバー)の総選挙が控えるなか、モディ政権を支える最大与党のBJP(インド人民党)は総選挙での勝利を一段と確実にすべく『駄目押し』を狙う動きをみせている。モディ政権は先月11日に突如改正国籍法(CAA)の施行を発表し(注1)、同法はヒンドゥー至上主義を党是に掲げるBJPにとっての主要な支持母体であるRSS(民族義勇団)がその制定を強力に後押しした経緯があり、2019年の前回総選挙の直前にもナショナリズムを高揚することにより地滑り的な大勝利を収めた流れの再来を目指したものと捉えられる。さらに、先月21日には野党連合(I.N.D.I.A.(インド全国発展包摂連合))の一角を占めるAAP(民衆党)党首でデリー首都圏の首相を務めるケジリワル氏が突如汚職容疑で逮捕されるなど(注2)、同氏はモディ首相や与党BJP批判の急先鋒とされてきたなかで『批判の芽』を摘んだとの見方が示されている。また、ケジリワル氏の逮捕を巡っては、モディ政権の下で2018年に導入された「選挙債」について、今年2月に最高裁判所が同制度を政治資金に関して国民の知る権利を阻害していることを理由に憲法違反とする判決を下しており、同氏がその問題追及を強めた矢先であったことも影響しているとの見方も示されている。選挙債システムでは、国有銀行が発行した選挙債を企業などが購入することにより匿名で政党に対する献金を行うことが出来るが、実際にはBJPがこの仕組みを通じて多額の裏金工作に利用されていたとされるなど、政権の『アキレス腱』となることが懸念される。こうしたこともあり、足下ではAAPが勢力を広げる首都ニューデリーや北部パンジャブ州などを中心に政権に対する抗議集会の動きが広がっているほか、CAA施行を巡ってイスラム教徒が多く居住する東部の西ベンガル州や北東部のアッサム州、南部のケララ州などで抗議運動が発生する動きもみられるなど、モディ政権や与党BJPに対する反発の動きが広がりをみせている。また、モディ政権発足後の同国においてはイスラム教徒やシーク教徒など宗教的少数派のほか、野党に対する締め付けが強まっているとして国内外で批判が高まる動きがみられたものの、ここに来て上述のようにそうした動きが一段と強まっていることに対して欧米諸国が疑問を呈するなど、関係性に変化の兆しが出る動きもみられる。ここ数年の世界経済においては、欧米をはじめとする西側諸国と中国やロシアの間で分断の動きが広がりをみせるなか、『中間派』を自任するインドに対して両陣営が秋波を送る動きが活発化しており、インドにとってはそうした環境の下で国内問題に対する批判を事実上無視してきた。しかし、モディ政権が今後も強権姿勢を強めるなかで少数派や野党に対する締め付けの動きを強めれば、欧米など西側諸国との関係性の雲行きが一気に怪しくなる可能性に留意する必要があろう。他方、ここ数年の同国では暑季(4~6月)の熱波発生を理由に穀物生産が下振れするとともに、電力需要の拡大が需給ひっ迫を招くなど幅広い経済活動の足かせとなる状況に直面しているが、政府気象局(IMD)に拠れば今年も例年を上回る熱波が発生する公算が高まっているとの見通しを示している。仮に熱波が頻発すれば3年連続のこととなる上、供給不足を理由に高止まりしている穀物価格が一段と上振れするなど、食料価格の抑制に向けたモディ政権の取り組みに冷や水を浴びせることも懸念される。足下では中銀(インド準備銀行)による為替介入を追い風に他の新興国に比べて落ち着いた推移をみせてきた通貨ルピー相場は頭打ちの動きを強めており、中東情勢を巡る不透明感の高まりを理由に国際原油価格が底入れの動きを強めていることも相俟ってインフレ圧力を増幅させる懸念も高まっている。モディ政権や与党BJPにとっては総選挙を前に天候という『新たな難敵』に見舞われる可能性も高まっていると捉えられる。
以 上
注1 3月12日付レポート「インド・モディ政権、総選挙を前に再び「ナショナリズムの高揚」に訴える」
注2 3月25日付レポート「インド、総選挙を前に野党指導者が逮捕、「締め付け」の動きが一段と強まる」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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