フィリピン中銀、物価及び為替安定へ引き締め加速を迫られる可能性も

~中銀は2会合連続の25bpの利上げ決定も、今後は利上げペースの加速に動く可能性~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は欧米など先進国を中心にコロナ禍からの回復が続くなか、ウクライナ情勢の悪化で幅広き国際商品市況は上振れするなど全世界的にインフレが顕在化している。米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜は経済のファンダメンタルズが悪化するフィリピンにとり資金流出を招いており、通貨ペソ安を通じたインフレ昂進リスクに直面している。中銀は5月の定例会合で3年半ぶりの利上げ実施を決定したが、その後もペソ安が一段と進むなど難しい状況にあるなか、23日の定例会合でも2会合連続の利上げ実施を決定した。声明文では、物価の上振れリスクを強く意識するとともに、インフレ見通しを上方修正したほか、追加利上げに含みを持たせる姿勢を示した。他方、前回会合で示した引き締め判断は「データ次第」とする文章は削除されており、今後は引き締めペースを加速させるなど難しい対応を迫られることも予想される。

足下の世界経済を巡っては、欧米など先進国を中心にコロナ禍からの回復が続く一方、中国の『ゼロ・コロナ』戦略は中国経済との連動性が高い新興国景気の足かせとなる対照的な動きがみられるものの、全体としては緩やかな拡大が続くなどコロナ禍の克服が進んでいる。昨年以降は世界経済の回復も追い風に原油をはじめとする国際商品市況は底入れしてきたほか、年明け以降はウクライナ情勢の悪化も重なり幅広い国際商品市況は上振れしており、全世界的に食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレが顕在化している。こうした事態を受けて、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀は軒並みインフレ抑制を目的にタカ派傾斜を強めており、国際金融市場においてはコロナ禍を経た全世界的な金融緩和に伴う『カネ余り』の手仕舞いが進むとともに、新興国を取り巻く環境は変化している。なかでも経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国は資金流出に直面しやすい状況にあるなか、足下のフィリピンは国際商品市況の上振れを受けた輸入増に伴い経常収支の赤字幅が拡大している上、コロナ禍を経た財政出動を受けて財政赤字も拡大するなど『双子の赤字』は深刻化している。さらに、同国は主食のコメをはじめとする食料品のほか、原油も輸入に依存するなかで足下の国際商品市況の上振れを受けてインフレは昂進して中銀の定めるインフレ目標を大きく上回っている。こうしたなかで上述のように外部環境が大きく変化するなか、金融市場においては通貨ペソ相場が大きく調整するなど資金流出が加速する動きが確認されるなど、ペソ安に伴う輸入物価の押し上げが一段のインフレ昂進を招く懸念が高まっている。アジアについては他の新興国及び地域に比べてインフレが低位で推移してきたものの、ウクライナ情勢の悪化は幅広い商品高を通じてインフレを招いており、インフレ抑制を目的とする『利上げドミノ』とも呼べる動きが広がりをみせるなか、フィリピン中銀も先月の定例会合で2018年11月以来の利上げ実施を決定するなどその流れに追随する動きをみせている(注1)。なお、同国においては先月の大統領選においてフェルディナンド・マルコス・ジュニア氏が、副大統領選においてサラ・ドゥテルテ=カルピオ氏が勝利し、今月末に新政権が発足するなど政権以降期を迎えており、マルコス氏は選挙戦においてコメ価格の半減を主張するなど物価対策を訴えたこともあり、次期政権では農相を兼務するなど異例の対応で政策運営の主導権を狙う動きもみられる(注2)。他方、次期政権下では中銀総裁に現在は政策委員のメダリャ氏が就任予定であるなど引き続きテクノクラートが据えられており、現ジョクノ総裁と同様にスタンスの政策運営が行われると見込まれる。こうしたなか、中銀は23日に開催した定例会合において政策金利である翌日物借入金利を2会合連続で25bp引き上げて2.50%とする決定を行った。会合後に公表された声明文では、先行きの物価動向について「来年にかけて上振れリスクが続く」とした上で、「今年のインフレ見通しは+5.0%、来年も+4.2%になる」と前月時点(それぞれ+4.0%、+3.9%)から上方修正している。その上で、先行きの政策運営について「インフレ率を目標域に収めるべくすべての必要な措置を講じる準備は出来ている」など一段の金融引き締めに動く可能性に含みを持たせる一方、前回会合ではその時期及びペースについて「データ次第」としていたが、今回はそうした文言は削除されるなど引き締めペースを加速化させる可能性が高まっていると判断出来る。

図 1 経常収支の推移
図 1 経常収支の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

図 3 ペソ相場(対ドル)の推移
図 3 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ