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英総選挙の前哨戦は野党・労働党が圧勝

~近づく政権交代~

田中 理

要旨
  • 連休中に行われた英国の地方選挙では、労働党が世論調査通りの集票能力を持つことが確認され、年内に予定される総選挙でも、保守党から政権を奪還する公算が大きい。地方選の大敗を受け、保守党内でスナク首相降ろしが表面化するとの見方も一部にあったが、ポスト・スナクを狙う勢力は総選挙後の党首交代と次の総選挙での政権奪還に射程を切り替えた模様。スナク首相は、景気回復や利下げ開始、不法移民の移送計画の始動などで支持率が回復するのを待って、秋から冬に総選挙に踏み切るとみられるが、政権交代は避けられそうにない。

5月2日に英国のイングランドとウェールズで行われた統一地方選挙では、与党・保守党が地方議会の現有議席を500近くも失った一方、最大野党・労働党が改選前に比べて200近く増やして圧勝し、第三勢力の自由民主党も約100議席を積み増し、保守党に代わって地方議会で二番手に踊り出た(図表1)。この結果、保守党は10の地方議会で多数党の座を失い、労働党は8の地方議会で新たに多数党の座に就いた。ロンドンや広域マンチェスターなど11ヶ所で行われた首長選のうち、10ヶ所を労働党の候補が制した。また、同日行われたイングランド北部の下院補欠選挙でも、保守党が労働党に議席を奪われた。2019年の前回総選挙以来、保守党が労働党に補選で議席を奪われたのはこれで7回目となる。

図表1
図表1

国政レベルでは、来年1月の議会任期満了を前に、各種の世論調査では労働党が保守党を大きくリードする(図表2)。今回の地方選の結果からは、労働党が世論調査通りの集票能力を持つことが確認された。過去数年の景気低迷と高インフレによる経済苦と生活困窮、政権与党の相次ぐスキャンダル発覚などを受け、有権者の間には2010年から続く保守党政権からの変化を求める声が多い。地方選での保守党(約25%)と労働党(約35%)の総得票率の差は10%ポイント程度にとどまるが、保守党が英国改革党と保守票を、自由民主党と中道票を分け合ったことも、労働党を利する結果となった。4月に労働党のレイナー副党首による税逃れ(別邸を税金の安い自宅として売却)が発覚。クリーンな政治を訴えてきた労働党にとって逆風となる筈だったが、大きなダメージとはならなかった模様。

図表2
図表2

総選挙で労働党が同様の結果を得るには、2019年の総選挙で保守党に奪われた選挙区(かつて労働党が地盤だったイングランド北部の選挙区で通称“赤い壁の議席“と呼ばれる)を奪還することに加えて、保守党が長年議席を保持してきた幾つかの選挙区でも勝利する必要がある。今回の地方選が行われなかったスコットランドでは先月、党幹部でスタージョン前第一首相の夫が党資金の不正利用で逮捕されたほか、緑の党との連立を解消し、ユーサフ第一首相が辞任の意向を固めるなど、政権を率いるスコットランド国民党(SNP)にかつての勢いはない(4月30日付けレポート「スコットランド首相辞任、英国政局への影響は?」を参照されたい)。6日にSNPの後継党首となったスウィニー氏は、スタージョン前第一首相を副首相として支えた腹心で、党首経験もある党重鎮。スコットランドは伝統的に左派寄りの有権者が多い。新党首の下で党勢回復を目指すが、SNPが失った支持の多くは労働党に流れるとみられ、この点も総選挙で労働党の追い風となりそうだ。他方で、今回の地方選ではイスラエル=ガザ情勢の即時停戦を当初求めなかった労働党の姿勢に反対し、イスラム教徒(ムスリム)の有権者の多くが無所属候補や緑の党支持に回ったことが伝えられている。

保守党内の強硬右派勢力は、地方選の大敗を受けて、穏健派のスナク首相に対して抜本的な政策転換などを要求している。地方選で大敗した場合、党内でスナク首相降ろしが本格化することや、夏季休暇前の総選挙実施を模索する動きが活発化するとの見方も一部で浮上していた。だが、党首をすげ替えたところで保守党が政権を維持する望みは薄く、ポスト・スナクを窺う勢力は総選挙後の党首交代と次の総選挙での政権奪還に射程を切り替えた模様だ。英国メディアの報道によれば、地方選の大敗後もスナク降ろしの動きは表面化していない。議会任期固定法が2022年に廃案となった後、総選挙の実施時期は5年の議会任期が満了するまでの間で政権が自由に決定できる。労働党と自由民主党は何れも、早期の総選挙実施を求めている。劣勢の保守党としては、更なる景気回復や物価沈静化、イングランド銀行(BOE)による利下げ開始、秋季予算での追加減税の発表、不法移民のルワンダ移送計画の開始などを通じて、支持率が少なからず回復するのを待って総選挙に臨む意向とみられる。クリスマス休暇前の10〜12月期中の総選挙実施の可能性が高い。最新の世論調査では、保守党が歴史的な大敗を喫し、労働党が過半数を遥かに上回る地滑り的な勝利を遂げることが予想される(図表3)。今回の地方選の結果からは、こうした世論調査の結果を覆すのが困難なことが示唆される。

図表3
図表3

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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