インフレ課税と闘う! インフレ課税と闘う!

エネルギー価格補助の見直し

~ガソリン・灯油の補助は延長~

熊野 英生

要旨

ガソリンなどに対する価格補助は、4月末が終了期限となる。政府はこれを当面現状維持とし、もう一方で電気・ガス代の補助は6月までに廃止する方針だ。そのため、電気・ガス代は上がる。そこには、5月から再生可能エネルギー賦課金が引き上がる部分も加わる。

目次

段階的な終了

政府は、①ガソリンなど4油種に対する補助と、②電気ガス代に対する補助のうち、後者の②電気ガス代の補助について2024年5・6月に分けて見直す方針のようである。前者の①ガソリンなどの補助は、現状のまま2024年5月以降も継続される扱いのようだ。

理由は、補助率の大きさから考えて、ガソリンなどの補助の方が相対的に支援幅が大きいからだろう。ガソリンや灯油は、過去の価格のピークを大幅に更新してしまうことになりかねない(図表)。だから、それらを一気に止めることはハードルが高かったと推察される。

これまでの価格補助を簡単にまとめると、まず、電気ガス代の支援は、2023年1月から始まった。2023年10月から2024年4月までは1kwh当たり▲3.5円の引き下げが行われている。これが5月に半減(▲1.8円に縮減)されて、6月は完全になくなる見通しだ。2023年平均の電気料金(1kwh)が約29円だったから、割引率にすると▲12.0%になる。6月(支払いは7月)にはそれが完全になくなると、今よりも+12.1%の上昇率になる。

都市ガス代の支援も、2024年4月までは1平方m当たり▲15.0円、割引率で▲7.9%になる。こちらも6月からなくなる。

少し注意を要するのは、価格補助の廃止だけではなく、電気代には5月から再生可能エネルギー賦課金の引き上げが加わることだ。そのインパクトは1kwh当たり+2.09%ポイントになる。上昇率にすると、+7.2%になる。この要因を合算すると、電気ガス代は累計+16.8%ポイントのアップ(消費者物価のウエイトで加重平均)にもなる。これを消費者物価(コアCPI)に引き直すと+0.76%ポイントものインパクトになる。

(図表)エネルギー関連価格の跳ね上がり
(図表)エネルギー関連価格の跳ね上がり

ガソリン灯油の補助率

もう一方のガソリンなどの補助についてもまとめておこう。4月9日~15日にかけて、レギュラーガソリン1リットルの全国平均価格は、本来203.5円の市況を補助金で引き下げて174.9円に抑えている(▲28.6円分)。もしも、補助がなければ16.4%も値上がりしていたはずである。

灯油は、補助金がなければ117.0円→145.5円に+24.4%の値上がりになっていたはずだ。この値上がり幅は、再生可能エネルギー賦課金がないときの電気代の値上がり幅12.1%よりもやや大きい。おそらく、電気ガス代と同時に廃止すると家計負担が大きくなりすぎるとの判断が働いたと考えられる。

消費者物価のベースに引き直したときのガソリン灯油の値上がり幅は、前年比+0.41%ポイントにもなる。もしも、電気ガス代とガソリン灯油の補助を同時になくした場合に比べて、電気代の補助だけをなくすときのインパクは、約35%(=0.41÷(0.41+0.76)=0.35)ほど減らす効果があると見積もることができる。

こうした考え方はよくわかるが、裏側では多額の財政出動が行われているという事実も踏まえなくてはいけない。ガソリンや灯油などへの補助は、2022年1月以降に7回も延長される。累計63,665億円の財政支出が行われている。ガソリンなどの補助率についても、どこかで引き下げることが適切だ。

ところで、なぜ電気ガス代は廃止されて、ガソリンなどの補助が残ったのであろうか。ガソリン消費は、所得が高くなるほど消費割合が増えるので、それを支援することは本来的には逆進的である。電気ガス代は、所得階層にはあまり関係なく負担が生じている。1つの理由は、電気代の支払いが口座引き落としであり、その場で頻繁に支払いをするガソリンの方が負担増の心理的痛みが大きいことが挙げられる。消費者の感じる痛みの大きさを警戒して、政府はガソリンなどの補助を残したと考えられる。

賃上げと各種正常化

2024年度の春闘交渉では、定期昇給を含めて5%を超える賃上げ率が実現しそうだ。そうなると、家計はある程度の負担力をつけることになる。日銀が3月に決めたマイナス金利解除も、そうした背景があったと考えられる。

しかし、賃上げの恩恵は、すべての世帯に行き渡るかどうかはまだ不確実である。年金受給者は、2024年度の支給額が前年よりも2.7%ほど増える。世帯ベースでは、総世帯のうち37.2%(2023年)が年金生活者の世帯である。その他に個人事業主の世帯が9.5%あるが、平均年齢が65歳と高く、年金生活者を多く含んでいる。勤労者世帯の53.3%についても、賃上げの恩恵を受ける世帯とそうではない世帯に分かれる。賃上げの恩恵が乏しい世帯は、物価上昇によって実質消費を切り下げる圧力が働く。勤労者世帯の中で、そうした格差が生じることは悩ましい問題と言える。

もっとも、2024年については、6月に所得税減税が行われる。総世帯の平均世帯人員数は2.19人だから、そこで1人40,000円支給されると世帯では平均8.76万円が支給される計算だ。総世帯ベースでは、電気ガス代にCPIベースで+0.76%ポイントの上昇があるとして、実額で年間+2.68万円の支出増になる。これは、所得税減税の3割でカバーできる。一応、家計負担は減税で吸収される格好だ。

筆者は、ばらまき的な所得税減税では好ましくないと見ているが、敢えて好意的に捉えると、1世帯8.76万円を配るような大規模減税は、コロナ対策などの各種支援策を廃止するための「手切れ金」になると考えている。

脱炭素化の要請

ガソリンなどの補助をいずれ早い段階で打ち切る必要性がある理由は、脱炭素化に逆行するからだ。家計には、ガソリン価格が割安になれば、ガソリン消費量を減らしにくいということがある。ガソリン価格が割高だから、家計はハイブリッド車やEV車などに買い替えようとする動機付けが働く。2022年1月から始まって、2年超に亘っているガソリンなどの価格補助は、いつかは廃止しなくてはいけない課題である。

すでに、各自動車メーカーは、2030年を1つの目標の期限として、EV・FCV車への大胆な販売シフトを計画している。それを進捗させるのに、政府が行っているガソリンなどの支援は逆行してしまいはしないだろうか。自動車業界では、EU・英国が2035年にもガソリンの販売を原則禁止しようとする規制強化に対応しようとしている。EU・英国以外の各国でも、そうしたガソリン車販売への制限は、世界的潮流として進もうとしている。日本もパリ協定に準じて、温室効果ガスを2030年度に2013年度比で▲46%削減(温室効果ガス14.08億トン→7.60億トン)する計画を立てている。2022年度(11.35億トン)から2030年度まであと8年間で▲33%(=(7.60-11.35)÷11.35=0.33)の温室効果ガスを追加的に減らすことが必要になる計算である。ガソリンなどの補助を長く受けると、国内自動車メーカーに対しては、国内市場を足枷にすることになりかねない。

原発効果

電気代について、脱炭素化を進める「切り札」は、原発再稼働である。原発稼働によって、電気代は下がり、同時に脱炭素化も進むので一石二鳥と言われている。また、間接的な効果として、原発再稼働によって化石燃料輸入を大幅に減らすことができれば、それが貿易赤字を縮小させる。つまり、円安防止策になる。円安防止を通じて、それがなかった場合に比べて、輸入物価を引き下げられる。

2024年中には、3か所(4基)の原発再稼働が予定されている。すでに、九州では4基、関西では7基が稼働しており、これらの地域での電気代は相対的に安くなっている(四国でも1基稼働し、全国合計で12基の稼働)。

その他では、全国で審査中が10か所、工事中が1か所ある。これらがすべてが稼働できれば、33基中の27基を動かすことになり、各地域での電気代の引き下げと脱炭素に貢献できる。無論、安全性対策とそれに対する説明責任を果たさなくてはいけない。

この原発利用に関しては、最近は海外で新しい潮流がある。最近、生成AIの普及や暗号資産の採掘で、各国のデータセンターは加速度的にニーズが高まっている。このデータセンターが電力消費の化け物のようになっている。IEAの予測では、データセンターの電力消費量は、2022から2026年に2.2倍になると推計している。これを天候や時間帯で制約される風力・太陽光発電で賄うのは限界がある。米国では、巨大IT企業が原発直結でデータセンターの電力消費を賄おうという計画がある。これは、例外的な構想ではなく、現実的な構想として語られている。日本は、このデータセンター問題にどう取り組もうとしているのか、まだ議論はほとんど深まっていない。それ以前に岸田政権には、東日本大震災以来の原発停止を段階的に解除していくことが大きな課題となっているのが実情だ。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。