“デジタル寡占”新法で何が変わる?

~デジタル市場で加速する競争政策~

大柴 千智

要旨
  • 4月15日に、公正取引委員会が「スマホ特定ソフトウェア競争促進法案(スマホ新法)」と呼ばれる新しい法案を取りまとめたことが報道された。先月3月7日には、EUでも「デジタル市場法(Digital Market Act)」の運用が本格化した。巨大IT企業を巡る法規制が各国で推し進められているが、その背景には急速に拡大するデジタルサービス分野での公正な市場競争を促す目的がある。
  • デジタルサービス分野で代表的なビジネスモデルである「デジタルプラットフォーム」は、利用者にとって時間や場所に制約がなく、マッチングできるユーザーや商品の種類が膨大であるというメリットを有する。一方で、規模の経済性やスイッチングコスト、ネットワーク効果などの経済学的な特徴を有することから、既存サービスに競争優位性が高まりやすく、結果として市場競争が阻害されやすいことが指摘できる(デジタル寡占)。
  • 今回取りまとめられた新法では、2021年に施行された「DPF透明化法」に比較してより具体的な競争阻害行為に踏み込んだ内容と言え、健全な競争環境を促す一層の効果が期待される。デジタル分野での技術進歩のスピードに対して、経済・法律など社会的な仕組みが追い付いていないのが現状といえる中、今後もデジタル分野での競争環境の在り方について議論を加速させる必要があるだろう。

デジタルサービス分野の競争政策強化が進む

デジタルサービス分野を巡る競争政策の整備が進んでいる。4月15日には、公正取引委員会が「スマホ特定ソフトウェア競争促進法案(スマホ新法)」と呼ばれる新しい法案を取りまとめたことが報道された。巨大IT企業に対する新しい規制法案として、4月中にも閣議決定を得て国会提出を目指している。今回の法案では、アプリストアやブラウザといったスマートフォン上の基本ソフトウェアについて、不当に競合他社のアプリやサービスの利用を妨げるような行為を禁止し、違反した場合には課徴金を科すという内容だ。

こうした巨大IT企業に対する法規制の整備は日本だけでなく、海外でも急速に推し進められている。先月3月7日には、EUでも「デジタル市場法(Digital Market Act)」の運用が本格化した。こうしたデジタル市場の法規制の背景には、急速に拡大しているデジタルサービスの分野で、公正な市場競争を促す目的がある。

拡大するデジタルサービス市場と経済学的特徴

インターネットやスマートフォンが普及した現代において、ネット通販を利用したり、動画や音楽をオンラインで視聴したりすることは日常生活となった。これに併せて、経済活動の場もインターネットを介して大きく変化している。経済産業省の「電子商取引(以下EC)に関する市場調査」によると、日本の消費者向けEC(受発注がオンライン上で行われる財・サービスの販売額)市場の規模は、21年には20兆円を超え、年々拡大している(図1)。

図1
図1

こうしたデジタルサービス市場で急速に台頭してきたのは、GAFAM等に代表されるようなIT企業である。それぞれが異なるビジネスモデルを有するものの、検索エンジンやSNS、オンラインショッピングモールといった「デジタルプラットフォーム」と呼ばれる新たなビジネスモデルを展開している点で、同じ類型に属する企業と捉えることができる。

「プラットフォーム」自体は百貨店などのように古くから存在しているビジネスモデルだが、「デジタルプラットフォーム」は時間や場所に制約がなく、マッチングできるユーザーや商品の種類が膨大であるという点が異なる。利用者にとっては好きな時に買い物や検索ができることで利便性が高いことに加えて、企業にとっても収集できる情報量が膨大であり、利用者の行動履歴や興味に合わせて広告やサービスを提供できるというメリットがある。

その一方で、デジタルプラットフォームは以下のような経済学的な特徴を持つことが指摘される。

  1. 規模の経済性が働きやすい:システムやUIの構築など固定費用はかかるものの、サービスの複製などに掛かる追加的な費用(限界費用)はほぼゼロに近く、ユーザーを獲得すればするほど平均費用を低下させやすいこと

  2. ネットワーク効果が働きやすい:利用者が多ければ多いほど、さらに利用者を呼び込みやすい構造であること。例えば、オンラインショッピングモールでは、より多くの消費者に利用されているサイトの方が、商品が購入される機会が増える可能性が高いため多くの出品者を引き寄せることとなる。

  3. スイッチングコストが高い:様々なサービスと連動していること等で、たとえ他に質の高い代替的なサービスがあったとしても、利用者が乗り換えを躊躇うこと

以上のような特徴を有することから、デジタルサービス分野では既存サービスの競争優位性が高くなりやすく、市場の集中化(寡占化)が進みやすい点が指摘できる。

もっとも、上記のような特徴を有しているだけなら、企業や市場の効率化が促される側面もあり、競争政策上の問題とはなりえない。競争政策上の問題となるのは、こうした特徴を利用して不当に競合他社を排除しようと行動する可能性があることにあるといえる。仮にそうした事態が生じた場合、競争が阻害されることで、ユーザーにとって不当に価格がつり上げられたり、良質なサービスが生まれなくなったり等の社会的損失が生じることとなる。

デジタルプラットフォームの法整備

国内のデジタルサービス分野における法整備の第一歩としては、「デジタルプラットフォーム取引透明化法(DPF透明化法)」が2021年2月に施行されたが、DPF透明化法ではIT企業に対して取引条件などの情報の開示と変更の事前通知を義務付け、自主的な体制整備を求めることに留まっていた。今回まとめられた冒頭の「スマホ特定ソフトウェア競争促進法案」では、報道によればアプリストアや決済システムで他社の参入を阻害する行為(例えば、スマホ端末購入時に初期搭載されたアプリを消去しにくい仕様にする、検索で自社のサービスを優先表示する等の行為)を規制するとあり、より具体的な競争阻害行為に踏み込んだ内容と言え、健全な競争環境を促す一層の効果が期待される。

米国や欧州でも、デジタルサービス分野の競争市場の取組みが本格化してから歴史は浅く(図2)、国内外で多くの課題を残している分野といえる。SNSや検索エンジンなどは、消費者サイドには無料で提供されることが少なくなく(注1)、価格被害がみられないことから一見問題がないという判断につながってしまう可能性もあるなど、従来の競争法では捉えきれない部分も大きい。情報通信やデジタル分野での技術進歩のスピードに対して、経済・法律など社会的な仕組みが追い付いていないのが現状といえる中、今後もデジタル分野での競争環境の在り方について議論を加速させる必要があるだろう。

図 2
図 2

(注1)これは、消費者サイドへの価格を相対的に抑えることでユーザー数を増やし、それによって広告主等企業サイドがプラットフォームへ参加するメリット(ネットワーク効果)を高めることを狙いとしている。

(参考文献)

  • 鈴木絢子(2020年)「デジタル・プラットフォーマーと競争政策」国立国会図書館
  • 大橋弘(2021年)「競争政策の経済学」日本経済新聞出版
  • 経済産業省HP「デジタルプラットフォーム取引透明化法
  • 日本経済新聞(4月16日)報道記事「巨大IT規制新法、課徴金は売上高の20%以上 欧州型に」

大柴 千智


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