インド、総選挙を前に野党指導者が逮捕、「締め付け」の動きが一段と強まる

~モディ政権やBJPの勝利を盤石にする狙いか、最終盤に向けた動きに注意を払う必要性は高い~

西濵 徹

要旨
  • インドでは来月19日からの総選挙まで1ヶ月を切るなど政治の季節は佳境を迎えている。世論調査では一貫してモディ政権を支える与党連合の勝利が示唆される一方、最終盤にかけて総選挙を意識した動きを強める動きがみられる。モディ政権は今月11日に改正国籍法を施行するなど、最大与党BJPの支持層を強く意識した動きをみせた。さらに、21日にはモディ首相やBJP批判の急先鋒で、野党連合の一角を占めるAAP党首でデリー首都圏首相を務めるケジリワル氏が逮捕された。当局は逮捕理由に汚職を上げる一方、政府の意向を疑う向きもあるなか、これらの動きをきっかけに政府への反発が強まる動きもみられる。当局による為替介入を受けて比較的安定してきたルピー相場は足下で一転頭打ちして最安値を更新し、総選挙を前にインフレ要因となる可能性も出ており、総選挙への動きに注意を払う必要性は高まっている。

インドにおいては、4月19日から6月1日にかけて約1ヶ月半に亘って実施される連邦議員下院(ローク・サバー)総選挙を前に『政治の季節』は佳境を迎えている。世論調査では、一貫してモディ政権を支える最大与党BJP(インド人民党)を中心とする与党連合(NDA(国民民主連合))が半数を上回る議席を獲得するとの見方が示されており、総選挙後の政権3期目入りが意識される状況が続いてきた。2019年の前回総選挙前には、隣国パキスタンと領有権を争うカシミール地方を巡る緊張状態が高まったことを理由に、48年ぶりとなるパキスタンへの空爆実施に舵を切るなど『強い指導者像』のアピールを通じてナショナリズムの高揚を図る動きをみせた。こうしたことから、今回の総選挙を前に何らかの形でナショナリズムの高揚に訴える動きが出る可能性が考えられたなか、モディ政権は今月11日に改正国籍法(CAA)の施行を発表するなど、最大与党BJPが党是に抱える『ヒンドゥー至上主義』の動きを後押しするなど支持層を強く意識した行動に出た(注1)。政府による決定を受けて野党は反発の動きを強めており、イスラム教徒が多く居住する東部の西ベンガル州や北東部のアッサム州、南部のケララ州などでは抗議運動が発生しているほか、宗教を軸にした国民の分断を警戒して知識人や学生などの間では同法に対する疑念もくすぶるなかで今回の決定が政権や与党にとって追い風となるかは見通しが立たない。足下の同国景気を巡っては、政府が公表する統計においては前年同期比ベースで高い経済成長率を実現しているものの、供給サイドと需要サイドの統計の間で異なる方向感が示されるなど実態がつかみにくい状況にある(注2)。さらに、物価高と金利高の共存状態が長期化するなかで家計部門を取り巻く環境は厳しさを増しており、経済成長のけん引役となってきた家計消費は勢いを欠くなど数字と実態との乖離が懸念される状況にある。しかし、上述のように世論調査では一貫して与党の勝利が示されるとともに、足下では与党連合が議席数を積み増すことが示されるなど勢いを増しているとされる。こうしたなか、21日に野党連合(I.N.D.I.A.(インド全国発展包摂連合))の一角を占めるAAP(民衆党)の党首でデリー首都圏首相を務めるケジリワル氏が当局により汚職容疑で逮捕されたことが明らかになった。同氏が率いるAAPは、2011年に社会活動家であるアンナ・ハザレ氏の呼び掛けを機に全土に広がった反汚職運動をきっかけに翌12年にケジリワル氏が結党し、13年のデリー首都圏の選挙で大躍進を果たすとともに、ケジリワル氏が同政府首相に就任するなど存在感を示してきた。こうした経緯から、AAPはデリー首都圏や北部パンジャブ州で強い勢力を有する地方政党として存在感を示してきたものの、昨年に選挙管理委員会が全国政党として認定されたことを受けて、今回の総選挙では勢力拡大を目指してきた。他方、同党を巡っては昨年、デリー首都圏政府が管理する酒類販売に関連して、規制緩和の見返りとして業者からの収賄疑惑で幹部が逮捕され、その後に規制緩和が撤回された経緯がある。その後に当局はケジリワル氏に捜査の照準を合わせる動きをみせたものの、同氏は捜査が政治的動機に基づいているとして聴取を拒否していたとされるなか、強硬手段に訴えたものと捉えられる。当局は逮捕容疑について不正資金が選挙活動資金に流用されていることを挙げる一方、こうした強硬手段に訴えた背景には、ケジリワル氏がモディ首相やBJPに対して厳しい批判を展開するなど『目の上のたんこぶ』と見做されており、総選挙での与党勝利を一層盤石なものにしたいとの政権の意向が反映されているとの見方もある。よって、ケジリワル氏の自宅前やデリー首都圏では同氏やAAP支持者による政府への抗議デモの動きも出ており、上述したCAA施行の影響も相俟って最終盤にきて総選挙に向けた流れが変わる可能性もある。なお、同国の通貨ルピーを巡っては一昨年以降、当局による積極的な為替介入が意識される展開が続いており、IMF(国際通貨基金)は昨年実施した4条協議において事実上の安定化制度に移行したとの認識を示すなど(注3)、様々な政策運営で『自国中心主義』姿勢を強めているとみられる。こうした動きを反映してルピー相場は比較的安定した推移をみせてきたものの、足下では一転して頭打ちの動きを強めて最安値を更新しており、総選挙を前にインフレ要因となる懸念が高まる動きがみられる。総選挙まで1ヶ月を切るなか、最終盤に向けての動きに注意を払う必要性は高まっていると判断出来る。

図1 ルピー相場(対ドル)の推移
図1 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ