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マイナス金利解除を決定

~黒田緩和レジームの大幅な変更へ~

熊野 英生

要旨

3月会合で日銀は、17年ぶりの利上げを決めた。マイナス金利を解除し、YCCなどを一気に廃止した。一応、長期金利の急上昇には、指値オペなどで牽制すると表明しているが、従来の数値基準はない。各種の黒田緩和のレジームを一気に変えたところは、植田総裁の意外な勝負士的な側面を垣間見ることになった。

目次

緩和解除を予定通りに

日銀は、3月18・19日の決定会合で、マイナス金利解除を決めた。短期金利の誘導目標を▲0.10%から0~0.10%へと引き上げた。日銀の説明では、0.1%程度の上昇幅とある。これで、2016年以来のマイナス金利政策が終了される。前回の政策金利の引き上げを決めたのは、2006年7月の福井総裁の時代だったから、そこから実に17年ぶりのことになる。

同時に、YCCも撤廃する。今後は「短期金利の操作を主たる政策手段」と変える。長期金利に対しては、「長期金利が急激に上昇する場合」に機動的に買い入れ額の増額や指値オペ、共通担保オペを打つという。従来の1%を目途とする数値基準もなくなった訳だ。これは、長期金利変動を市場実勢に任せるという意味だろう。筆者は少しばかり驚いた。指値オペは残すから、いつでも金利コントロールはできるのだが、数値基準が消えたので、指値オペは原則は使わないという理解だろう。

もっと驚くのは、オーバーシュート・コミットメントとフォワードガイダンスが同時に消滅したことだ。日銀は総合判断で追加利上げを決められる。先行きへの言及は、「現時点での経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続する」という言葉があるだけだ。それも、内田副総裁の説明では、物価上昇率を下回って、実質金利がマイナスならば緩和的とみなすので、相当に大きな幅がある。今後は、植田総裁の発言などを逐次手掛かりにして、先行きの政策金利を予想するほかなくなるのだ。

政策委員の意見は割れる

9名の票決は割れている。中村委員は、マイナス金利解除に反対した。野口委員は、YCC撤廃とマイナス金利解除の同時撤廃は避けるべきと反対した。植田総裁は、全員一致を目指したと思うが、それは叶わなかった。

2人が問題視したのは、中小企業の業績回復の遅れと、賃金と物価の好循環の強さである。これは、同じことを言っていると筆者には思える。2人の反対者は、3月13日の春闘集中回答日に5.28%という歴史的に高い賃上げ率が実現したことに満足しない見方なのである。

その点、日銀の説明資料では、「本支店における企業からのヒアリング情報でも、幅広い企業で賃上げの動きが続いている」と記述されている。執行部は、中小企業問題に関して、ヒアリング情報を使って、時間をかけて見極める必要があるという意見を封じている。つまり、執行部は、この春闘の結果を千載一遇のチャンスとみて、今が解除のタイミングだと判断したのだ。満を持して動くというよりも、世の中からの反論を押し切れる材料が用意できたというのが実際のところだと考えられる。

デフレ・レジームからの脱却

今回の決定は、2013年の黒田緩和のレジームを一気に捨て去ったという印象が強い。植田総裁は、やるときは一気呵成に攻めて、無用に時間をかけないという勝負士的な顔を覗かせている。

繰り返しになる点もあるが、黒田レジームからの決別を列挙すると、

(1)YCC廃止

(2)長期金利の数値コントロールはしない

(3)フォワード・ガイダンス廃止

(4)オーバーシュート・コミットメント廃止

(5)ETF・J-REIT新規購入終了

(6)CP・社債の買い入れも1年後を目途に終了。

という内容になろう。2013年以前の金融政策に戻っていく方針である。しかし、問題は枠組み自体を2013年以前に戻しても、黒田緩和の遺産(レガシー)が残ることだ。巨大な当座預金残高は、そう簡単には削減できない。3月10日の毎旬報告からは、日銀の当座預金残高が530兆円もあることがわかる。仮に、超過準備に0.1%の付利が行われると大雑把に計算すると、日銀は年間5,000億円の支払利息が発生する。量的緩和のレジームはすぐには解消できず、欧米中銀のようにいつかは量的引き締めに動かざるを得ない。日銀は、当分の間、量的拡大をどう手仕舞っていくかに頭を悩ませることになる。

オーバーシュート・コミットメントの問題点

以前は、日銀の出口戦略では長期金利上昇が波乱になると警戒されていた。その点、日銀は上手にこの問題をこなしてきた。2023年7月に長期金利の上限を1%に上げて、10月には1%以上と曖昧化した。現在の長期金利は、1%まで到達せずに、まだ余裕のある水準で推移している(図表)。

図表
図表

しかし、今後の長期金利動向に懸念がない訳ではない。従来、オーバーシュート・コミットメントがあって、物価目標2%を上回っても、政策金利を上げずに済んできた。それが今後はなくなる。論理的に言えば、オーバーシュート・コミットメントがなくなると、日銀は物価上昇率が2%を超過していれば、追加利上げにいつでも動ける訳だから、追加利上げの時間軸は相当に前倒しされるはずだ。時間軸効果があった状態から、時間軸効果がない状態にスイッチするときの帰結は、中長期金利の上昇になる。

今、長期金利が上昇していないのは、オーバーシュート・コミットメントがなくても、植田総裁は緩和的な環境を維持するだろうという思惑が強いからに過ぎない。そこは未来永劫、現状のままとは行かないだろう。

例えば、政府のガソリン補助金が4月末で切れて、さらに電気ガス代支援が6月で終わると、コアCPIは現時点では+1.4%ポイントほど跳ね上がる計算だ。1月のコアCPIの前年比2.0%が、3.4%前後になるということだ。コアコアCPIは、前年比3.5%である。日銀は、コアCPIが2024年央にかけて上昇するとき、我慢強く政策の緩和的な見通しを維持できるのだろうか。そこも、長期金利の居所を考える上でポイントになるだろう。

熊野 英生


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