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秒読みに入ったマイナス金解除

~1月のCPIが前年比2.0%でも断行~

熊野 英生

要旨

3月18・19日の決定会合を前に、高田創審議委員が講演を行い、マイナス金利解除に向けた地ならしをした。「2%の『物価安定の目標』実現が漸く見通せる」ことに言及し、3月解除に前向きな印象を与えた。3月か、4月か、という見方は分かれるが、いずれにしてもマイナス金利解除は秒読みだと理解できる。

目次

高田発言の後押し

3月になり、日銀がいよいよ3月18・19日の会合でマイナス金利解除に動く準備に入った。それを実感させるのは、2月29日に地方講演を行った高田創審議委員の発言である。「2%の『物価安定の目標』実現が漸く見通せる状態になってきた」と、講演では説明している。この発言は、2%目標の達成を先取りした言及として注目される。高田創氏と言えば、民間エコノミスト時代に提唱していた「日銀版OKルール」を思い出す。この発言はそれとオーバーラップする。OKルールとは、ゴルフボールが完全に穴に落ちていなくても、同伴者がそれは事実上カップインしたのと同じと同意すれば、最後の1パットを省略できるというルールだ。高田委員は、事実上、カップインしたとシグナルを送り、市場関係者への地ならしを進めようとしている。2月8日に内田真一副総裁が「緩和的な金融環境は継続する」ことへの念入りな説明をしたのに続き、高田委員も市場に織り込ませる役割を担っているのである。

解除の根拠

では、高田委員が2%達成の論拠をどう説明しているのか。それを説明するのは2つの論理だ。1つは、企業部門が健全化していて「金融政策の出口における金利上昇に対して、マクロ的にみて従前と比べて耐性を持った状況である」ことだと説明されている。

もう1つは、ノルム(規範)の転換だ。デフレ下で定着していた企業の保守的な賃金・価格設定行動が変わり、好循環が始まること。また、人々の賃金・物価は上がらないものという固定観念の変化、を挙げている。それを踏まえて、「昨春に続いて高めの賃上げ率が実現すれば、継続的な所得増加期待も高まりやすい」と述べている。昨春の賃上げ率(連合によると3.58%)が、3月13日の集中回答日に明らかになる集計で4%前後の高い賃上げ率が実現すれば、2%達成に至るのだろう。高田委員は、そのときには「YCCの枠組みの解除、マイナス金利の解除、オーバーシュート型コミットメントの在り方」などの検討を必要とするとしている。この範囲は、筆者が思っているよりも広く、高田委員が大枠の変更を意識していることがわかる。「緩和的な金融環境は変えない」が、「従来の枠組みは大幅に変える」ということならば、何かパラドックスを感じさせる。これは、金融政策の機動性を奪ってきた黒田時代の枠組みが、すでに時代遅れになったので、政策委員の間で修正しなくてはいけないという合意形成が進んでいることを窺わせる。

1月のCPIはネックにならないか?

しかし、多くのエコノミストには、疑問があるはずだ。2024年1月の消費者物価・除く生鮮食品の前年比が2.0%まで鈍化していることだ。2023年までの2%を大きく上回る物価上昇率が2.0%まで鈍化すると、「安定的に2%を上回る」という条件に引っかかるのではないかと感じられる。

しかし、筆者は、その点を日銀政策委員たちはことさらに問題視していないと考える。より重要なのは、2%を上回ることへの展望であり、物価の背後にある循環メカニズムの作用だという認識に傾いている。筆者も、ヘッドラインの物価指標だけにこだわる感覚よりも、政策委員たちの発想の方が正しいとみる。

こうしたロジックの重視は、植田総裁になってからの変化と言える。就任後の植田総裁は、常に賃金・物価をセットにして捉えて、物価上昇圧力を「第一の力」(輸入物価上昇)と、「第二の力」(循環メカニズム)の2種類に分けて考えてきた。従来は「第二の力」がまだ十分に作動していなかったが、今春闘でそれが動き出すとみている。高田委員の発言もその考え方と完全に一致している。

中小企業の不確実性

しかし、日銀のコンセンサスに異論を唱えることもできる。賃金上昇は本当に、ノルムを変えたと言い切れるのか、という点である。7割を占めている中小企業の賃上げは、昨春の春闘では不発であった。今春もその図式が劇的に変わることは難しいと筆者はみている。そう言うと、日銀サイドからは、中小企業の不確実性は構造問題でもあるので、それにこだわるとビハインド・ザ・カーブに陥るという批判が出るだろう。マイナス金利の副作用を是正して、イールドカーブの自然な形成を徐々に回復していく方が、金融仲介機能にとって好ましいと反論されるだろう。確かに、緩和的な金融環境を維持するのならば、賃上げが遅れている中小企業の活動を縛ることは小さい。

おそらく、日銀が従来よりも中小企業の不確実性を重視しなくなっている背景には、政府全体の考え方がある。それと軌を一にしているのだろう。2024年4月まではゼロゼロ融資の返済開始が集中する。しかし、政府はどこまでも低利融資でそうした資金ニーズを救済しようとは考えず、早晩、適正な金利水準を負担してもらおうと考えているようだ。もう一方で、ゾンビ企業を温存したままで健全な中小企業が人手不足に苦しみ続けるのはおかしいという意見もある。2024年は、そうしたレジーム転換が求められるタイミングと多くの人が考えているので、日銀政策委員たちもまた中小企業の不確実性に拘泥することがなくなっているのだろう。

3月か、4月か?

日銀ウォッチャーと呼ばれる人の間では、4月解除が有力視される。植田総裁は、3月解除もありだという見方が存在することを承知の上で、敢えて4月解除を選ぶことでハト派の印象を演出しようと考えられているからだ。

しかし、筆者は3月解除も十分にあると考える。やはり賃上げの機運が最高に盛り上がるのは、3月13日の集中回答日である。そのマインド高揚を逸するのは、もったいないと政策委員たちは考えるだろう。敢えて4月まで機が熟すのを待って、温かいピザを冷やすということはしない可能性がある。現在、岸田首相をはじめ政治状況は流動化していて、日銀の緩和解除に待ったをかける力は弱い。むしろ、賃上げによって求心力を高めたいというのが岸田政権の主眼になっている。日銀はそうした上げ潮のムードを利用して、前向きにデフレ脱却の機運を強調するつもりだろう。筆者は、3月と4月のいずれであってもおかしくないとみるが、現時点で3月の可能性が十分にあることに注目したい。

熊野 英生


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