CPIを攪乱する「外国パック旅行費」

~作成再開で24年のCPI前年比に歪み。求められる事前情報提供の拡充~

新家 義貴

要旨
  • 24年1月のCPI上振れの主因は、「外国パック旅行費」である。新型コロナウイルスによる海外旅行激減によって21年1月から指数作成が中断され、前年比ゼロ%で横置きされていたが、24年1月から作成が再開され、指数に反映されたことが影響した。

  • 24年1月の外国パック旅行費の前年比の値は、実勢を正しく反映したものではない。24年1月の前年比での比較対象となる23年1月の値には、20年1月の値と同じものが使用されている。そのため、今回公表された24年1月の前年比は、正確には20年1月比であり、4年分の変化を一気に24年1月に集中させた形になる。結果として前年比の伸びが過大になっており、CPIもその分押し上げられている。この押し上げは24年12月まで続くため、CPIの基調を把握するためには除いて考えることが望ましい。

  • 反映再開によって歪みが生じることにはやむを得ない面もあるが、今回の変更について総務省から事前にアナウンスがなかった点や、説明が不十分である点は大きな問題。消費者物価指数は日本銀行の金融政策にも大きく影響するほか、年金額の算定等にも利用されるなど、注目度・重要度が非常に大きい。無用の混乱を避けるためにも、総務省には事前アナウンスの徹底や説明の拡充など、丁寧な情報発信を強く求めたい。

上昇率が過大となる「外国パック旅行費」。CPIにも歪み

2月27日に総務省より公表された24年1月の全国消費者物価指数は(生鮮食品除く)は前年比+2.0%(23年12月:+2.3%)となった。事前には+2%を割り込むとの見方がほとんどだったため、+2%台を維持したことはちょっとしたサプライズとなった(市場予想:+1.8%、筆者予想:+1.9%)。

この上振れには「外国パック旅行費」の指数への反映が24年1月から再開されたことが影響している。新型コロナウイルス感染拡大の影響で外国旅行がほぼ消滅するなか、価格取集が困難になったことで、外国パック旅行は2021年1月より価格調査が中断されていた。そのため、2021年1月から2023年12月までの外国パック旅行費については、調査価格が存在する2020年の同月分の「外国パック旅行費」指数を代入して補完する対応を行っていた1。結果的に、2021年1月から2023年12月まで、外国パック旅行を前年比ゼロ%で横置きにしていたということになる。

もっとも、足元では経済活動の再開に伴って外国パック旅行の催行も順次再開され、安定的な価格取集を継続して行えるようになってきた。そうした状況を受け、今回の2024年1月全国CPIより外国パック旅行費の指数作成が再開されることになった。その結果、24年1月の外国パック旅行費は前年比+62.9%、CPIコアへの寄与度は+0.15%Ptと、CPIを押し上げている。仮にこの要因がなければCPIコアは前年比+1.9%と、事前に想定されていたとおり+2%割れになっていた。

外国パック旅行費(前年比)
外国パック旅行費(前年比)

ここで注意したいのは、この24年1月の外国パック旅行費の前年比の値には歪みが生じており、実勢を正しく反映したものではないという点である。24年1月の「前年比」とは、24年1月と23年1月との比較になるが、前述のとおり21年1月から23年12月までは横置きとなっており、23年1月の値は20年1月の値と同じものが使用されている。結果として、今回公表された24年1月の前年比は、正確には「4年前比(20年1月比)」ということになる。4年分の変化を一気に24年1月に集中させたことで「前年比」の伸びは過大となり、指数水準は23年12月と24年1月の間で断層が生じている。

なお、公表は24年1月分からとなったが、総務省は23年3月分より内部で試算値の作成を行っていた。この23年3月の試算値は168.4と、既に20年3月の97.1を大きく上回っていた(23年3月~12月の平均でも前年比、つまり20年3月~12月比で+64.0%)。23年1月から23年3月の2ヶ月間で価格が急上昇したのでなければ、23年1月時点で既に価格はある程度上昇していたことになる。23年1月の値が試算されていない以上、正確なことは分からないが、実勢としての24年1月の前年比は小幅マイナス程度にとどまっていたのではないだろうか。

このように、24年1月の外国パック旅行費の前年比は実態と比べてかなり上振れている可能性が高く、その分CPIコアにも歪みが生じていると考えられる。なお、総務省に問い合わせたところ、24年2月以降の外国パック旅行費についても、前年比を計算する際には23年以降の公表値(つまり20年同月の公表値)と比較するとのことである(23年3月~12月の試算値は使用しない)。結果として、24年1月から24年12月の外国パック旅行費の前年比は非常に高い伸びとなり、CPIコアは+0.1~0.2%Pt程度押し上げられることになる。そして、25年1月になれば、実際に調査された24年1月との比較になるため前年比の値も正常に戻る。これは単に、歪んでいたものが正常化するだけなのだが、前年比でみれば25年1月に急に鈍化したように感じるだろう。

このように、24年1月以降の外国パック旅行費の前年比の値は実勢を反映したものとは言い難い。前述のとおりCPIコアへの寄与度も+0.15%とそれなりにあり、現在注目されているサービス価格に対する寄与度は+0.32%Ptとさらに大きい。物価の基調を把握する上では除いて考える方が望ましいだろう。

なお、外国パック旅行費の指数水準に断層が生じたことで、GDPデフレーターや実質GDPにも多少影響が及ぶ可能性がある。24年1-3月期のQE推計にあたって、断層を除去するためのなんらかの対応が内閣府で行われる可能性があるだろう。

外国パック旅行費(指数水準)
外国パック旅行費(指数水準)

求められる丁寧な情報発信

このように、指数作成再開により外国パック旅行費に由来する混乱が生じてしまった。もっとも、新型コロナウイルスコロナ感染拡大により海外旅行がほぼ消滅し、21年1月以降に指数が作成できなくなったことは仕方のないことである。21年1月以降、前年比で横置きの取り扱いとしたことも、国際機関の指針に沿ったものであり問題とは言えないだろう。また、作成再開による指数の断層もやむを得ない面がある。長期間にわたって調査ができなかった以上、再開に際してどう接続するかは非常に難しい問題である。

接続の方法は大きく分けて二つ考えられた。一つ目は、今回の処理のように、作成再開により計算された24年1月の指数を、横置きしていた23年12月までの数字に直接接続する方法である。この場合、再開後の指数水準が外国パック旅行費の実勢価格を反映したものとなる一方、本稿でみたように過大な前年比という歪みや指数水準の断層が生じるというデメリットがある。二つ目は、試算値(23年3月から作成)との前年比作成が可能になる24年3月分の公表を待ち、その後は前年比で指数を延長していく方法である。この場合、前年比が正しく算出されるというメリットがあるものの、指数の水準が実態と比べて低くなってしまうというデメリットがある。ユーザーによく用いられる前年比が歪まないという点は非常に魅力的だが、指数水準が実勢から今後乖離し続けることも無視できない問題だ。また、CPIは基準時からの価格の動きを示したものであり、前年比はあくまで作成された指数から算出されるものに過ぎないと考えることもでき、必ずしも前年比で延長する方法が正しいとも言い切れない。いずれにしても、長期間にわたって欠測が生じてしまった以上、作成再開に際してなんらかの歪みが生じることは避けられなかったと言えるだろう。

筆者が問題視しているのはそこではない。今回の外国パック旅行費の指数への反映再開にあたっての最大の問題は、①24年1月の全国CPIから反映が再開されることについて事前のアナウンスが一切なかったこと、②反映再開の経緯、その影響等に関する説明が極めて不十分であること2にある。要は、ユーザーへの情報提供姿勢の問題だ。実際、外国パック旅行費の反映再開が予期せぬ上昇要因となり、事前予想上振れというサプライズを生み出してしまった。また、経緯や影響度合い、留意事項等についても総務省からの説明は不十分と言わざるを得ず、現状、筆者が本稿で述べた内容についても一般に正しく理解されているとは言い難い状況にあると思われる。こうした不十分な情報提供が、避けることが可能だったはずの混乱をもたらしてしまった。

事前アナウンスや不十分な説明の問題は今回に限った話ではない。これまでも、電気代における自由料金分の反映(22年4月)といった計算方法変更や、携帯電話通信料のモデル式変更(22年1月)など、大きな変更が突然実施され、その意味するところについての説明も不十分といったことは多くみられたことに加え、政策要因が指数に反映されるのかどうかといったことについても事前アナウンスがないことが多い。携帯電話通信料における新料金プラン導入で21年4月以降のCPIが押し下げられるのかどうか、GoToトラベルや全国旅行支援はCPIに反映されるのか、電気・ガス代補助金は何月分からCPIに反映されるのか等、注目度が非常に高かった事柄についてもHPでの事前の正式なアナウンスがなく、最後まで影響が読めなかった。これらも、事前説明を行っていればそれで済んでいた話だ。

消費者物価指数は日本銀行の金融政策にも大きく影響するほか、年金額の算定等にも利用されるなど、注目度・重要度は他の経済指標とはケタ違いである。求められる情報提供の度合いもその分大きくなると考えるべきだろう。たとえば、消費者物価指数と並んで重要視されている国民経済計算では、推計方法の変更については事前アナウンスが徹底していることに加え、内容についても丁寧に説明するなど情報提供の拡充が進んでいる。消費者物価指数でもこうした取り組みを進めるべきと思われる。

今回のCPIについては、日銀のマイナス金利解除が規定路線となるなか、CPIが+2%を割るか割らないかといったことは特段大きな問題にならなかったが、今後、追加利上げが話題になるタイミングでは、物価の小さな動きにも注目が集まる可能性がある。無用の混乱を避けるためにも、総務省には事前アナウンスの徹底や説明の拡充など、丁寧な情報発信を強く求めたい。

(参考文献)

  • 総務省統計局「物価指数研究会」第23回(令和5年11月6日)
  • 総務省統計局「物価指数研究会」第24回(令和6年2月6日)
  • 斎藤太郎(2023)「消費者物価(全国23 年11 月)-海外旅行再開後も外国パック旅行費の価格は反映されず」(ニッセイ基礎研究所 経済・金融フラッシュ)

1 たとえば12月であれば、20年12月、21年12月、22年12月、23年12月がすべて同じ数字(価格取集ができていた20年12月分の値)になる。

2 総務省の「物価指数研究会」https://www.stat.go.jp/info/kenkyu/cpi/index.html で説明がされているが、普通の人はこのページの存在を知らない。

新家 義貴


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新家 義貴

しんけ よしき

経済調査部・シニアエグゼクティブエコノミスト
担当: 日本経済短期予測

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